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私が売っていたもの

三輪車でプリンを売り歩いていたころの話です。

木曜の売り場はパン屋さんの前で、通りをへだてた反対側に大きな総合病院が建っていました。

11時から13時までそこに立ちました。オレンジ色のパラソルを三輪車にくくりつけメニューをぶら下げます。白いのぼりに手書きした“プリン“の文字が風におどる中、保冷ボックスに入った50個ほどのプリンとともにお客様を待ちます。パン屋さんが大人気だったため、パンとプリンを両方買ってくれるお客様が多くて木曜日はほとんど売り切れました。完売した後もさっさと帰ることはせず、13時を過ぎるまでいるようにしました。中にはプリン目当てというより私目当てで来てくれる人もいるからです。そのほとんどが女性で、たいていは私と同世代です。「ブログを読みました。本当にいた!」と嬉しそうに。宝探しのように。常連の方はプリンがなくても少しのおしゃべりを楽しみに。

ある木曜日、一人のお客様が嬉しそうにいらっしゃいました。

プリンを買うと「じつは」と切り出されました。

「ずっとあそこから見てたんです」

そう言うと向かいの病院の上の方を指さします。

長く入院されていた方でした。「いつも来るプリン屋さんの姿を見て、絶対退院してプリンを買いに行く」と決めていたそうです。実現してとても嬉しそうでした。

病院の職員の皆さんも予約してたくさん買ってくださいました。過酷なお仕事のつかのまの喜びになるのならこんなに幸せなことはない、本当にお店やってよかったと思いました。

お客様はどうしてか、プリンを手渡すと例外なく子供みたいに笑います。スイーツの力でしょうか。うそのないその顔はとても魅力的で、安っぽい歌詞のようですけど笑顔が私に力を与えてくれました。

私はだれかを励まそうとしてプリンの店を始めたわけではありません。自己流で失敗だらけの金銭的には失敗に終わった商売。みっともなくても頑張って生きている、それだけで励まされる人がたくさんいるのだということを知りました。かっこよくないけどがむしゃらな私に同世代の主婦の方たちは自らを投影しているのかなとも思いました。

後から同じようなことに挑戦する人のためにも成功させたかったのに失敗例に終わってしまったのは残念です。その教訓を生かすためにも時々はこのnoteに当時の商売のことを書いていきたいと思います。

みたかの小さなプリン屋でした。
ではまた明日。

あなたのサポート、愛をこめて受け取ります。