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【いま何が一番したいの?】

2020年3月。

コロナ禍に突入し、ありとあらゆるものがストップしました。

不要不急の外出は制限され、エンタメ業界はモロに煽りを受けました。

地震でも台風でも休むことのなかったなんばグランド花月が、4ヶ月間休館することになりました。

それまで全力で走り続けてきた日常が突然ストップモーションのように止まってしまい、これまで走っていたからこそ見えなかった景色や、見えないフリをしていた現実と向き合わなければならなくなりました。

役者というのは、つくづく人に必要とされなければ、存在することのできない仕事だと痛感しました。

呼吸をしているのに息ができない。

そんな息苦しさを感じていました。

コロナ禍で一番辛かったのは、何もこの世に生み出していないという焦燥感でした。

自分自身が、表現することで生かされていたことを、痛いほど再認識させられました。

舞台に立てない代わりに、何か表現できることはないかと考え、ライブ配信をするようになりました。

収入のプラスにはなりましたが、カラカラと回し車の中を走っているような、必死に足を動かしているのに、前に進んでいないような感覚がありました。

そんなある日、映画『ニワトリ☆スター』のかなた狼監督から連絡がありました。

『ニワトリ☆スター』は、井浦新さんと成田凌さんが主演の映画で、僕も出演させてもらっていました。

かなた狼監督の作品は、自分の内臓を引き摺り出して、それを口の中に押し込まれるような、目を背けたくなるような一面もありながら、奥底にとてつもなくピュアな愛を感じる、そんな不思議な世界観でした。

直感的に、「この人は世界で活躍する人や」と思いました。

かなた狼監督とたわいもない会話をしている最中に、突然聞かれました。

「太一郎はいま何が一番したいの?」

心臓を掴まれたような一言でした。

コロナ禍で浮き彫りになった、見えないフリをしていた自分の立ち位置や、存在意義。

一瞬で消えてしまう現実。

僕の答えは、「役者としてこの世に生きた証を残したい」でした。

父は66歳で他界しました。
自分が父親と同じ歳でこの世を去るなら、残された人生はもう半分もありません。

佐藤太一郎という役者がいたことを、この世に残したい。

そんな話をしました。

少し黙った後、かなた狼監督は、静かに、でも力強く言いました。

「よし、太一郎を主演で映画を撮ろう」

ここから、映画『ありがとうモンスター』は始まりました。

つづく

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