第11回六枚道場感想
グループA
「ワルハラ探題」田中目八さん
俳句のことは全くわかりませんが、「夜を間切るボーイソプラノ三日の月」と「おほかみを率ゐて夜を開国す」の二句が好きです。ロマンを感じました。「夜を孕みあへぐ鯛焼なま殺し」という一句も良かったです。
「ピンクちゃんのだいぼうけん」夏川大空さん
とても好きな作品です。ちょっとプライドの高そうな語り手の性格がよかったと思います。こういう文章を書ける夏川さんがうらやましいです。
「それにしてもよるのおそとってなんておほしがきれいなの、きらきらぴかぴか、おそらにもおはな、おんなのこは、これをわたしにみせたかったのね」という一文が特に良かったです。うつくしさと健気さがいいですよね。「おんなのこは、これをわたしにみせたかったのね」という部分は読むたびに感動してしまいます。
この作品に投票しました。
こういう童話や児童文学的な作品は今までの六枚道場ではあまり見ませんでしたが、もっと増えてほしいなと個人的には思います。
「迎春奉祝能「清経」」元阿弥さん
語りのテンポが楽しかったです。時事的な話題を取り込んだいい意味での軽さが魅力的でした。僕に知識が無いせいで仕掛けのすべてを理解することができなかったのが悲しいですが、それでも作者さんの高い技量を感じられました。
グループB
「ふたり」草野理恵子さん
詩のことはよくわからないのですが、(洞窟)は二人だけの空間の親密さと生々しさを感じた気がしました。(双子の日の翌日)は残酷さと生臭さが良かったです。
使うたびに違う虫になる消しゴムは小説のアイデアにもなりそうだなと思いました。
草野さんらしい安定感と完成度に感動し、この作品に投票しました。
「肺とミステリアス」白金麩水さん
ミステリアスさの中に、リズム感やポップな雰囲気がある詩だと思いました。出だしの「腐ったバナナのニオイがしてる 黄色いliquid 押し込め!喉へ」というのがなんだか好きです。
「歴史眼」人造茉莉花さん
難しい作品でちゃんと読めた自信はないですが、「無い風に揺れていた洗濯物の余白」という表現がいいなと思いました。「来る明日の化石が我らに与えられたひかり」というのもかっこよかったです。
グループC
「ミナコちゃんの不倫」椎名雁子さん
まず出だしがとても魅力的でした。
手当たり次第にビデオやDVDを投げるシーンや、大量の料理を一心不乱に食べるシーン、そしてラストシーンと、作品全体にエネルギーや過剰さが満ちていた気がします。同時に、そのエネルギーがしっかりと作品の中でコントロールされていたところが良かったです。
この作品に投票しました。
「秋月国小伝妙『最後で最初の1日』」今村広樹さん
今村さんの作品の中では珍しく普通に物語だなと思いました。完成度は高かったと思います。「ここの連中はみな豚犬に等しく、猿が冠つけたり、馬子が衣装をつけたようなものだ」と部分に中国古典のような響きがあっておもしろいと個人的には思っています。
「太閤黄金伝」乙野二郎さん
六枚道場では実在の人物が登場する歴史小説は珍しいですよね。六枚に収めるには盛りだくさんな内容な気もしましたが、逆に言えば密度が合って楽しかったです。
最終決戦前の十郎の「駿府殿がなんぼのもんじゃ」からはじまるセリフが特に良かったです。興奮しました。
グループD
「wives」坂崎かおるさん
坂崎さんらしく文章が巧みでした。もっと正直に言えば、僕は坂崎さんの文章が好きなんだと思います。例えば「アジャイル」を、「口の中で噛み締めた。味はしない」というさりげないユーモアが好きです。結末付近では「だんだん味がわかるようになってきた」というのも良かったです。
作品全体を通して、少しずつ違和感が増していく構成も効果的だったと思います。
この作品に投票しました。
「中毒症状」USIKさん
作品全体を貫く独特の焦燥感が楽しかったです。「俺は悪くない。そんな言葉が男の関節という関節に挟まった」という表現が独特で面白かったです。
薬の正体も謎ですが、主人公は何者だったんでしょうか。すごい戦闘能力でしたね。
「一月十四日」閏現人さん
いい話でした。語り手はまっとうな人なんだろうなと思いました。
「社会において望まれる成長とは、視野を余分に広げないまま理不尽に対処することができるようになる事である」という一文は、最近思い当たる出来事があり僕の心に刺さりました。
僕は成人式に行かなかったのですけど、行っとけばよかったなとかくだらないことを考えました。
グループE
「見知らぬ獣」佐藤相平
読んでいただきありがとうございます。カフカの「雑種」とシャーリイ・ジャクスンの「背教者」を参考にしました。
「カルラ様」海棠咲さん
今回はこういうストレートな幻想文学(?)が少なくて残念だったので、楽しかったです。「今にも炎を出すんじゃないかというほどの赤ら顔でフゥッとため息を吐くと」という表現が好きでした。僕は比喩が下手なんで参考にしたいです。
カラル様に関する描写も面白かったです。ラストシーンにも余韻がありました。
「いたことだけはおぼえてて」宮月中さん
まず、今回の六枚道場で一番素敵なタイトルだと思います。
他の方も指摘しているように記憶の不確かさを扱った作品のようですね。語り手の記憶が正しいのか、それとも語り手の記憶も間違っているのか、そもそも正しい記憶なんて無いと言われたらまあそうなんですが。
引っかかったのは、語り手が「佐原チエはもらったお年玉の使いどころを考えあぐねた挙句」と述べている部分でした。この心理は本人以外分かりえないような気がします。両親が考えあぐねている様子を見た可能性(でも内面なんて確実にはわかりませんよね)や、事故の詳細を語るときに校長が想像で話をふくらませたという可能性もありますが、それよりも語り手が勝手に「佐原チエ」心情を述べてしまったという可能性が高いのかなと思います。そうすると、主人公の記憶の信用できなさは作品の前半から仕組まれていたのだと分かります。
宮月さんの実力を感じられる名作だったと思います。
グループF
「冬列車」化野夕陽さん
文章力が圧倒的でした。美しいけれど感傷的にはなりすぎず、硬質さの中に柔らかさがあった気がします。僕もこういう文章が書けるようになりたいです。って、以前の化野さんの作品の感想でも同じようなことを書いた気がするな。
雪国で「県北の山間部」で「県境の辺鄙な土地」にあるスイッチバック方式の駅を探してはみたのですが、結局わからなかったです。秋田県の十和田南駅は県北にあってスイッチバック式だけど、山岳部じゃないみたいだし。化野さんがつくった架空の駅なのでしょうか、それとも僕の調べ方が下手なだけでモデルがあるのでしょうか。もちろん、どちらにしても素晴らしい作品だと思います。
時代設定も気になりましたし、化野さんから作品に関する裏話を聞きたくなりました。
(追記)作者の化野さんから作品についてコメントを頂いただきました。
「スイッチバックのある駅に関しては、架空のものです。ただ、場所と駅、逸話に関してはモデルがあります。雪国、というのは、例えば東北とか、山陰とかという大きな地方のことではなく、小さな地域でのことです。
これは私が実際に2、3歳の頃住んでいた、岡山県の県北の辺りが、場所としてのモデルです。県北は今でも冬はしっかり雪が降るところです。
近くに広島から島根にかけて通る木次線という鉄道があり、そこにスイッチバックで有名な駅があります。ただ、今ではそれが観光名所のようになっているので、鄙びた山間部という感じではないので、それは(言及していませんが)岡山県北部の神郷町あたりのつもりで書きました。スイッチバックは奈良県五條市にあった(現在はなくなりました)ものをモデルにしています。
運転士が移動して切り替えるのが普通ですが、一人で後ろを見ながら後退をした結果、脱線事故が相次いだため、廃止となったそうです。
スイッチバックの話は子供の頃から聞いていて(母が奈良県の出身)自分が知っていたような気がするくらいの刷り込みがあり、それは神郷町にあったのかと思っていました。そんな感じの色々を捏ね合わせて架空の場所を作った次第です。探して貰えたりして、何だか嬉しかったです」
岡山でしたか!雪がたくさん降るというだけで勝手に舞台を東北や北海道だと思い込んでいました。岡山だと思って読むとちょっと印象が変わってきますね(どう違うのかと聞かれたら困りますが……)
木次線のスイッチバックが有名な駅は出雲坂根駅で、五條市の駅は北宇智駅のようですね。化野さんの中にある様々な風景を重ね合わせながら作品世界が作り上げられたことで、奥行きのある作品になったのかなと思いました。
「然り、揺らぎ」Takemanさん
宗教のことはよくわからないので難しかったというのが正直な感想です。しかしTakemanさんが熱意を持って書かれた作品だというのは伝わってきました。
「Soup.」こい瀬 伊音さん
すごい作品だと直感的に思いましたが、言葉で論理的にどうすごいのか説明できる自信がありません。というより、言葉で書かれているのにかかわらず、言葉にならない感覚を読者に与えるのがこの作品のすごさなのかもしれません。
「何も聞かない」という一文からはじまる段落が特に迫力がありました。
「駿さん」が何をしたこと、指の正体などいろいろな謎があり、いろいろな解釈の可能性があると思いますが、そういった可能性の広がりがかたまりになって襲いかかってくるような作品でした。
この作品に投票しました。
「青空に分身の憤死」苦草堅一さん
好きなタイプの小説です。奇想をしっかりと作品にする作者さんの高い技量を感じました。「巨象の唸りに似た」からはじまる分身の登場シーンや、人事との面談シーンが特に面白かったです。
グループG
「形而上学としての野球」小林猫太さん
小林さんらしい野球小説でした。バカらしさの中に不思議な崇高性を感じました。文章も小林さんのこれまでの作品よりも引き締まっていたような気がします。もちろん、引き締まっている方がいいというわけでもないと思いますが。
「喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ」という作品を思い出しました。
この作品に投票しました。
「信太山」元実さん
実話のようなリアリティーを感じました。「身体を売るのを辞めたければ、身体を売るしかないのだ」という最後の一文が良かったです。
「オーバーフロー/B」至乙矢さん
六枚で書ききるのは難しい内容に挑戦して、ちゃんと成立している作品だなと思いました。「オーバーフロー/A」も思わず読み返してしまいましたが、やっぱり最後はかなしくなりました。
「新年あけ迷路」一徳元就さん
こういう作品を思いつける発想がうらやましいです。楽しめました。
この作品が新年最初の六枚道場の最後にきたところに、抽選神の意志を感じました。
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英語を教えながら小説を書いています/第二回かめさま文学賞受賞/第5回私立古賀裕人文学賞🐸賞/第3回フルオブブックス文学賞エッセイ部門佳作