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なぜ器具を使った練習をするのか? ―A.ジェイコブスのコンセプトと器具使用のねらいを理解する―

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ここでは、なぜ呼吸の練習を器具を用いて行うのか、その理由やその背後にある重要なコンセプトについてご紹介したいと思います。

ブレスビルダーをはじめとする呼吸練習器具は、日本でも少しずつ広まりをみせ、日本国内でも販売されるようになってきていますが、非常に残念ながら、その販売サイトの多くに書かれた使用法の説明文でさえ、必ずしもその練習の意味とコンセプトを正しく伝えていない状況にあると私は思います。

私は、ブレスビルダー、ブリジーングバッグ、スピロメーターなどの、アーノルド・ジェイコブスが推奨したことから管楽器練習に取り入れ始められた器具(元は医療器具)は、ジェイコブスの呼吸に関するコンセプトと、それに基づく使用法・練習法の理解がなければ、練習はほぼ無意味になると考えていますし、正しく背景にあるコンセプトを知らなければ、意味がないどころか逆効果になることさえあると思います。
薬を、効能と使用法を知らずに使ってはいけませんし、それは危険であるのと同じです。

器具を使用する2つの大きな目的とねらい

詳しくはアーノルド・ジェイコブスの本や、またはその教えを引き継いでいるクリスティアン・スティーンストラプ(Kristian Steenstrup)氏の本などをお読み頂けると良いのですが(サイト内「書籍」のページでご紹介してあります)、ここにはできるだけ簡潔に、ジェイコブスの教えの中から、なぜ器具を使った呼吸練習に意味があるのか、そして何をねらいとして器具を使った練習を行うのか、をご紹介します。

大きな目的とねらいは、2つあります。

1.身体の「外の」空気の動きを、視覚化し、コントロールする

一つめの目的とねらいは、身体の「外の」空気の動きを、実際に目で見て動きがわかるようにし、感じ取れるようにすることです。

管楽器奏者にとって重要である「息の流れ」は、目に見えないため、自分がどんな質の息を自分が出しているのか、つかむことが初めは容易ではありません。
息のコントロールの重要性を頭で理解して、意識して息を出していても、実際に自分が出している息の質がどうであるかを実はきちんと捉えられていない、そしてコントロールできていない、ということが起こります。

しかし、ブリージング・バックやブレスビルダー、スピロメーターのような器具を用いることで、実際にどのような質の息が出ているのかを、器具の動きを通じて目で確かめることができ、息というものが、たしかに実体として存在し、そしてその質をコントロールできるものである、ということが理解されるようになります。

それまで息の流れやその質を把握する感覚が乏しかった奏者にとって、まず息を視覚化して目で捉えて確認するという作業は、息のコントロールのための非常に大きな手助けとなる、重要なステップとなります。

まず、「息の流れ」を視覚化し、実体としてとらえる、という目的です。


さらに、ジェイコブスは、身体の「内部」の空気を意識あるいはコントロールするのではなくて、身体の「外」の空気の流れを意識しコントロールする事の重要性を説きました。

ジェイコブスの指導法は、初期には、彼の持つ膨大な解剖学的知識をもとにして、その知識を生徒にも教え、身体自体を詳細にコントロールしようとするものだったようですが、それは後に変化していき、むしろ身体自体を直接コントロールする事を避け、身体の「外」の空気の流れをコントロールし、それによって身体は結果的に間接的にコントロールされる、というものへと移行していきました。

なぜなら、人間の身体には、その脳や神経の作りからして、そもそも、自分で意識的にコントロールできる部分(感覚フィードバックがある部分)と、意識的にはほとんどコントロールできない部分(感覚フィードバックがほとんどない、つまり感じ取る事ができない部分)とがあり、呼吸に関する胴体部分の筋肉や身体の内側での空気の動きは、元々の人体のつくりからして、感覚が非常に乏しく、意識的に直接コントロールする事がほとんどできないからです。

したがって、ジェイコブスは、身体の「内部の」空気を意識してコントロールしたり、胴体の筋肉を直接的に意識的に動かしたりする事は、実際にはコントロール不可能なものをコントロールしようとすることであり、それは、演奏者にとって、余分な緊張やストレス、混乱を生む結果に陥り、マイナスに働くと考えるに至ました。
本来、直接的な感覚がなく意識的にコントロールできない部分を操作しようとすることは、かえって身体の自然な動きを妨げる結果に陥る、というわけです。身体そのものには、基本的には操作的な意図を与えず、自然な動きを妨げないように固めずに放任しておけばよい、ということになります。

身体の「内部」を意識的コントロールから外し、身体の「外部」の空気の流れ(唇から外に流れ出ていく空気の流れ)をコントロールする事によって、身体は結果的に適切に間接的にコントロールされるとの考え方です。


このように、器具を使用して呼吸の練習をする事には、
・空気の動きを視覚化してその実体と質を確認できるようにし、
  かつ、
・実際はほぼ不可能で緊張と混乱を招く、身体の「内部」の息のコントロールから脱却して、身体の「外の」空気の流れに意識を向けコントロールする
という非常に重要なねらいがあります。


言い換えれば、実際の器具を使っての呼吸練習においては、
・器具の動き(バッグの膨らみや収縮、あるいは中のボールの動き)を目で確かめながら、身体の外側の空気の動きや質を捉えること、
  かつ、
・身体そのものの動き方は自分で意図せず、動くがままに任せる。意図するのは、身体の外側の空気の動きと質
という事が、器具を使った練習の効果を生むために必要な観点となります。


2.古い習慣から離れ、新たな良い習慣を作りやすくする

2つめの目的とねらいは、特にこれまでにあまり良くない呼吸習慣で演奏を続けてきた奏者が新たな良い呼吸の習慣を獲得しようとする時に、良い習慣を作りやすくするために、器具という「新しい刺激」を利用する事です。

いくらか金管楽器を演奏してきた経験のある奏者にとって、「楽器を持って構えること」や「楽器で音を出すこと」は、それまでに自分が作ってきた(染み付いた)習慣や癖を、無意識的・条件反射的に思い出させる「引き金」となります。
楽器を持つ事や楽器で音を出す事が、それまでに身体に染み付けてきた癖を、無意識的に誘発させるのです。

良くない呼吸の習慣を続けてきた奏者は、楽器で音を出す、という動作をした瞬間、いくら頭で良い呼吸を意識しても、楽器というそれまでと同じ刺激によって、それまでに作ってきた癖(それまでの良くない呼吸の仕方)が誘発されやすくなります。
「楽器(を持つ)→良くない習慣(が自動的に発動する)」という、「刺激→反応」の関係が出来上がってしまっているのです。

このような悪い鎖を断ち切るために、「新たな刺激」を導入することが役立ちます。
悪い習慣を誘発する材料をいったん取り払い、それまでにない新しい刺激を使って、良い習慣を作り上げていくわけです。

その「新たな刺激」にあたるのが、ブリージングバック、ブレスビルダー、スピロメーターのような器具です。
良くない習慣を誘発する楽器からいったん離れ、これらの器具での練習によって新たな良い習慣を作ります。

これらの器具では、上記のとおり、空気の流れや質が一目瞭然ですから、楽器ではわかりづらかった良い息のコントロールがわかりやすく、良い習慣を作ることに大いに手助けとなります。

これが、器具を導入する第2のねらいです。

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トランペット奏者。インディアナ大学ジェイコブス音楽院演奏家ディプロマ修了。慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。著書『パワーアップ吹奏楽!からだの使い方』(ヤマハミュージックメディア)。www.satoshitakagaki.com