自我の育成方法・クレオパトラに逢った①
美しい人と会った時の対応法
ここでは僕の頭の中をごちゃごちゃと書きました。
アイルランドの作家ジョイスが書いた、「ユリシーズ」という小説では登場人物の考えていることがやたらめったらと出てくるので、いったい誰が何を誰に対して話してるのか複雑すぎて難解な読み物として知られていますが。僕はまだ読んでないのでなんともいえませんが、その「ユリシーズ」的な文章になるかと思います。
これはしばらくたったら、「別にこんなこと書かなくてもいいじゃん」と思って書かないで終わってしまうので、勢いで描きたい思いを書きました。
そこでただ僕の頭の中を書くだけでなくて、なにが発見されて、なにが自分に良かったか、そして皆さんにもプラスになる何かを伝えられたらいいなと思い、できる限り、、、わかりやすく、読んで価値のある文章にしようと頑張ってみます。
ここではある女性の事を書いていますが、ユングの言うIndivuation (インディヴィジュエーション)について話しているのではなかろうか?と思ったのでそこもなぞって書こうかと思います。
Individuationとは>「個性化」(individuation)とは、ユング心理学の概念であり、その人が「本来そうなるであろう究極の自分」になっていくことである。「個性化」は生涯を通して成される心の成長。その道のりをユングは「個性化の過程」(individuation process)といった。
となんか難しそうですが、ようは、涅槃にいたる。 悟るってことだと思います。
僕の理想の世界はすべてのひとが「悟り」、新しい人間として進化しない限り、世の中どんな主義(資本主義や社会主義など)で構成されていても世界や人類を破壊する傾向にむかうと思います。
ということで、どうやってその、個性化をめざすか、日々考えているわけですが。 今回の話はそこに関係してるかなと思います。
以下昨日にあった出来事。
美しい女性に会った。彼女の腕は細くて褐色できらきらと輝いていた。 黒のノースリーブがとても似合っていて、ジーンズにベルトをしていた。
「ベルトをしてる女性なんて…信じられん!」
なんていつも僕はそういった 言い訳で遮るのだ。 彼女はエジプト人だろうか 北アフリカというイメージがあったが どうも アフリカ人っぽくもない。
最初はインド人系かと思ったけどそうでもない。髪の毛はライオンのようで、小さくWaveがかかっていた。
結構 切れ長の目をしている人は 東洋系と思う人がいるけど意外とアフリカ系だったりする。
しかし彼女の目はどちらかというとやっぱり東洋の切れ長の目 であった。
アラブ系である可能性も無きにしも非ず。
帰りの方向が一緒で彼女は10mくらい先に歩いていた。
西ロンドンの高級住宅地は真っ白で彼女の黒い服が目立った。 灰色の毛皮の服が暑すぎたのだろう、バックの上に引っ掛けて彼女を歩いていた。 本物の毛皮ではないのだろうけど高級感をみせていた。 いや高級感と言うか、彼女の質を表していた。 モップみたいな毛の毛皮である。
「あんな服を着る人なんて… 信じられない!」
などと 勝手に考えてしまう。大通りを左に曲がるとやはり彼女は地下鉄に向かっていた。 地下鉄からホームへはエレベーターしかなかった。 すでに先のエレベーターで彼女が下に行っていた。
僕は急いで別のエレベーターに乗ってすぐに降りようとボタンを押したが、こちらにかけてくる男性がいたために乗っていた男性は僕に、何かモゴモゴ いってきた。どちらにしても ロンドンのエレベーターである、押してもすぐ閉まらない。 乗ってきた男性はありがとうと言ってドアが閉まる。 階段をおりつお、東行きか西行きか二手にホームが分かれたいた。僕は東ロンドン行きである。 東 ロンドン行きなんて…と彼女はバカにするだろうか。
すると彼女は同じ プラットフォームのベンチに座って白いイヤホンをしながら 音楽でも聞いていた。 今なら 珍しいBluetooth イヤホンではなかった。 彼女は こっちを見て にっこりとして、僕に話しかけられると思って、彼女はイヤホンを外したが僕はベンチにはむかわなかった。
さて どうしたものだろうか。
あいかわらず汚らしいロンドンの電車がつく。
ここで 同じドアに入るのは気まずいかと思い、僕は別のドアに入る。
彼女が座ったところを見て、僕はそちらの方に行く。
今更 話しかけるなんて。
そう思い 僕は彼女の近くにあるドア付近で突っ立った。 座っている彼女の方を見ていたら、見られたら、おかしいと思ったので、 僕は彼女に見られないような場所にいた。 僕はオックスフォードサーカス駅で彼女も一緒に降りる気がした。
一緒に降りる時に話しかけられると思った。 彼女は天然パーなのか パーマをかけているのか。わからない。 あの彼女がパーマをしていた時に僕と今は ファッションデザイナーのあの彼と一緒に直接不平不満を言ったわけではないが、あまり気に入ってないようなことをあの彼女に話したら、
「そっか 伊達さんとEさんは私の新しい髪型好きじゃないのね」
と残念そうに言っていた。
昔から僕は ストレートでない髪の女性は好きではなかった。
ところがこの綺麗な女性は関係ない気がした。
別に僕は恋に落ちたわけでもないし
衝撃を受けたわけでもないし
ここで話しかけなきゃいけないこともないと思った。
こんな状況が僕の過去に何度も何度もあったのにまたここで 何も繰り返すのがばかばかしかった。
よく男性が綺麗な女性に話しかけるような、めんどくさいこともしたくなかった。
いやそれはまた考えすぎでないだろうか、そしてそう考えている自分もまた考えすぎの 考えすぎではないだろうか?
話したいなら話せばいいのではないか。
しかしこの日はなんて言うか 話す気にならなかった。
時に過去の自分が現れて 「東洋人のくせに! 何をしている?」 というような声がきこえる。
もちろん日本にいた時は 「東洋人のくせに」 なんて思ってはいないが内気であった僕はロンドンに来てさらに内気になった部分もある。
さて、それは彼女が美しいからだろうか?だから逆に自分を追い込むのだろうか、彼女が一般的に美しくなければこういった問題は起きないのだろうか? それを考えたら、彼女の方はどうか? 自分が「一般的に」美しいがために、こういっためんどうな男性や女性から遠ざかれ、話す機会をうしなっているのだろうか?
逆に美しいがゆえに面倒な女性男性がやってくるのだろうか?
いやもしかしたら、彼女は世界で一番美しくない女性コンテストに昨日選ばられて、僕が勝手に「美しい人」だと勘違いしているだけかもしれない。
自分自身を常に映し出す仮想の鏡なんか見ずに僕はただ話しかければいいのである。 意外と彼女はシンガーかもしれない。 僕が絵を描いたいた時に彼女は何も興味がなかったっぽかった。というよりも興味があったけど話しかけなかったかもしれないし見ていなかったのかもしれない。
全くもって 僕らの考えというものは勝手な憶測で全ての世界が構築されている。
自分の妄想だけで、世界がなりたっているのだ。
相手が考えたことなんて私たち個人の行動に関係ないのだ。
またその行動によって彼らが考えていた憶測さえも破壊、改正することができるのだ。
続く…
Drawing by Satoshi Dáte
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