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空襲の記憶②

 (天乃原 智志)
  
  昭和51年(1976年)の夏。
  神明社の隣の道。神明社の木々から蝉時雨が聞こえてくる。
  中学一年生の安原智史、伊佐治町子、大森美奈、鷲見(すみ)吉人が
  歩いてくる。四人とも制服。
智史   メモを見ながら「この辺りだよな。内田、内田……」
町子   「あった。ほら、ここ」
美奈   「じゃあ、安原君から入って」
智史   「俺?」
吉人   「そりゃ、リーダーから行かなくちゃ」
町子   「怖いなら私が行こうか?」
智史   「いいよ、俺から入る。」咳ばらいをして、「ええ、
     ごめんく──」
  突然、玄関の引き違い戸が勢いよく開き、智史は かず恵と鉢合わせ!
智史   「わああっっっ!!!」
かず恵  「ごめん、驚かせちゃった? あなたたち、南先生の生徒さん
     ね。」
町子・美奈・吉人 「はい。」
かず恵  「お待ちしてました。暑かったでしょう。さあ、中に入って。」
  町子・美奈・吉人が玄関に入る。智史、びっくりしたあとのドキドキが
  まだ止まらず、外に留まっている。
町子   玄関から顔を出し「安原君、大丈夫?」
智史   「う、うん。」
  八畳の和室。中央に大きな“御膳”が縦につなげて2つ置いてある(生徒
  4人が並んで座れるように)。 “御膳”の一つの上に大きな地球儀が載っ
  ている。部屋のすみで扇風機が回っている。
  風鈴の音。
  かず恵が四人を案内してやって来る。
かず恵  「そっか。四人で自由研究か。」
智史   「グループごとにテーマを決めて自由研究やって、二学期に発表
     するんです。」
かず恵  「テーマを「戦時中の生活」にしたのは、どうして?」
美奈   「先生が黒板にテーマの例を十ばかり書いて、町子が「あれが
    いい」って言ったら安原君が、「うん、わかった」って言って、
    それで決まったんです」
かず恵  「ふうん。」
  かず恵がニヨッとすると美奈がニッとする。ほかの三人は気づかない。
かず恵  「そして、担任の南先生がうちの母を紹介したと。さあ、そちらに
     座って。脚は楽にしてね。」
  美奈、町子、智史、吉人の順に座る。
  かず恵、四人に氷を浮かべた麦茶を出す。
中学生一同 「ありがとうございます。」
かず恵  「もうすぐ母が来るから、待っててね。」
  智史、部屋の中を珍しそうに見ている。
美奈   「あのう、どうしてここに地球儀があるんですか?」
かず恵  「そりゃあ、地球が丸いからよ。」
中学生一同 「??」
かず恵  「もし世界が平らだったら、世界地図を広げてお待ちして
    ました。」
美奈   イラッとして「そりゃ、地球は丸いですけどっ!」
かず恵  「うちの母はね、戦時中に女学校に通ってたの。」
美奈   「はあ。」
かず恵  「卒業してから、教員免許をとって先生になったんだ。授業をして
     いるうちに、世界の話をするときは地図より地球儀を使うほうが
     いいと気づいたんだって。ねえ、よく見て。ソ連*のこの辺り
     からアメリカへ行くには、どう行くのがいちばん近い?」町子を
     見る。
町子   「こう、北極を通り抜けるのがいちばん近いです。」
かず恵  「じゃあ、君。東京の羽田空港からニューヨークへ行くときは?」
吉人   東京から真東へ指でなぞりながら「こう、じゃなくて──」次に
    北回りのコースが近いことに気づき、指でなぞりながら「こう?」
かず恵  「そうよね。こういうことは世界地図じゃわからないけど、地球儀
    を見るとすぐわかるでしょう。」
智史   「なあるほど。」
かず恵  「ほかにもね──」

  五人でワイワイやっているところに、よし恵がやって来る。
  よし恵は背筋が伸びて品がある。
かず恵  「あ、母さん」
よし恵  「みなさん、いらっしゃい」

*ソビエト社会主義共和国連邦。のちにロシアその他の国に分離した。

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