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賭博黙示録ジャンク 復活のF2

あれっ…巻上げレバーが動かない。
えっ?ちょっと待って!

なんで?なんで?
そんな・・急に・・・どういうことだよ?

考えろっ!考えるんだっ!

!?

故障・・・圧倒的な整備不良、ジャンクカメラだからか。
それしかない!

ざわ・・・ ざわ・・・

我が家のF2

伝説の「F」の後継機にして、機械式一眼レフの最高峰。
ニコンが誇る名機「Nikon F2」

そのF2を手に入れるべく男が飛び込んだのは〝ヤフオク〟欲望渦巻く地下のマーケットである。

そこでは素性のわからぬ数多のカメラを奪い合う、生き馬の目を抜くような壮絶な駆け引きが繰り広げられていた。
鉄火場にただよう熱気と悪鬼羅刹どもの放つ殺気に気圧されつつも、ジャンク「沼」を圧倒的な閃きと称する思いつきで攻略。わずかな「使用感」を手がかりに選んだ”動作未確認”完全ジャンク扱いのF2。

末端価格1万4000円也。
ビギナーズラックで引き当てたのは、まさかの完全動作品だった!

しかし、悪魔的なF2の魅力と勝利の美酒に酔いしれるなか、突然の悲劇が彼を襲う。
地獄の門の扉の如く閉ざされた鋼鉄のシャッター幕、そしてびくともしない巻上げレバーは、うすら笑いを浮かべる鬼と腕相撲でもしているかのようであった。

一体どこで天国への階段を踏み外してしまったのか。奈落の底へと突き落とされ、彼はすっかり途方に暮れていたのだった。

びくともしない巻上げレバー

地獄の門をくぐり、鬼と遭遇したことは幸いにもまだありません。
実際の経緯はこうです。

モルトの貼り替え作業がおわり、さっそく外に持ち出しスナップ撮影を楽しんでいました。動作は快調。何の問題もなく使えていました。ところが1ヶ月ほど経過したある日のことです。
自宅で何気なくF2を手にとり、ニヤけた表情でファインダーを覗いたり、空シャッターを切っていたその時。突然ガチっと何かが引っかかったように、巻上げレバーが動かなくなってしまったのです。

じつは前にもF-1を使っている時に、レバーが固く動かなくなったことがありました。その時はフィルム装填の失敗が原因でした。巻き取りスプールにフィルムの先端がちゃんと入っていない状態で巻き上げてしまったのです。うまく巻き取りできずにフィルム室内がぐちゃぐちゃになっていました。

またやったのかな?とも一瞬考えましたが、この時は現像を終えたばかりでフィルム室は空の状態です。
裏蓋を開けるとやはりフイルムは入っておらず、巻き取りスプールにも異常は見られません。ただシャッター幕は中途半端な位置で止まっていました。

これ以上動かない状態に
シャッター幕も中途半端な位置で止まっていた

精密機械であるカメラは大変デリケートです。

ビクともしないレバーに対して「大先輩にエーイ!」をくらわせようかとも思いましたが、すぐに考え直しました。こういう時に力づくで動かしたりすると「壊れる」と聞いたことがあったからです。

おとなしく修理に持ち込めばよかったのですが「自分を救えるのは、自分だけっ・・!」と極端な考えに凝り固まっていた僕は、自分でカメラを直すべく足掻きもがき、泥沼にハマっていく事になります。

「カメラの構造に興味があった」ので、分解してみたというのが実際のところですが、悪戦苦闘することになったのは事実です。

答えは簡単に見つからない

直すと言っても、迂闊にイジれば壊してしまいます。
まずは情報を集めなくてはなりません。

とりあえずGoogleにて「ニコン」「F2」「 巻上げレバー」「動かない」などのキーワードを打ち込み検索を始めたのですが、「こうすれば直る」というような簡単な修理方法は出てきません。

カメラの構造は大変複雑です。そこでニコンF2のシャッターの構造(横走フォーカルプレーン)そのものについて勉強していると、内部で様々な機構が連動して動いているため「巻上げレバーが動かない」という症状は同じでも、原因はいくつも考えられることがわかってきました。

人間が病気になった時と同じで、たとえば「腹痛」という症状は同じでも、お腹を冷やしたのか、食べ過ぎによる消化不良か、何かウイルスによるものなのか、さまざまな原因が考えられます。

僕たちは便利さに慣れすぎているので、科学は万能でどんな問題でも簡単に解決できると思い込んだり、Aの原因はB、そして対処法はCと簡単に断定できると思いがちです。
しかし、世界の複雑さというのは人知の及ばない領域にあります。だから必ず人間は間違えます。複雑なものはどこまでいっても複雑なのです。予測を立てて地道に検証していくしかありません。それこそ科学的な態度です。

過剰な報道にのせられて、疑いもせずに安易に飛びつくのは危険です。

かつて毛沢東は穀物を食べるからという理由で「スズメは害鳥だ」と決めつけ、1億羽を処分しました。すると巨大な雲のようなイナゴの群れが大発生し、当時の中国は大飢饉に見舞われたそうです。

一国の指導者であってもこんな思考なのです。そもそも人間の頭は世界の複雑さに耐えられないのかもしれません。

そんな事をぼんやり考えながら、情報収集を続けました。

結論だけ先にお伝えすると、故障は幕軸の油切れが原因でした。F2の底蓋を外して後幕の幕軸(下図だと右側の幕軸)に注油すると調子が良くなりました。
これだけ聞くと「なんだそんな事か」という感じですが、ネットで調べただけでは僕のF2の故障箇所は特定できず、実際にカメラを分解しないと原因はわからなかったのです。

F2図解


分解方法をYouTubeで学ぶ

外からでは何が起きているのかわからないので、まずはカメラを分解してみることにしました。

分解方法に関しては、カメラ修理店のブログなどネット上に貴重な情報を公開されている方々が沢山いらっしゃいます。このnote内にも分解方法を紹介されている方がいらしたので、そちらも大いに参考にさせて頂きました。

とくに参考になったのはYouTubeで見つけた動画です。

クロネコ写真機研究所さんという方が、クラシックカメラを中心に分解手順の紹介や修理の様子などを公開されています。
その中にNikon F2の分解動画があり、実機を触っていてもよくわからない箇所など、何度も繰り返し再生し、食い入るように画面を見つめて勉強させて頂きました。

作業する手元が見えるように、上から俯瞰で撮影されているので大変わかりやすいです。作業時のコツや注意も盛り込まれています。
また分解に使用している工具もとても参考になりました。
なかには自作したと思われる治具も・・・。

ご本人に許可を得た上で紹介させて頂いているのですが、動画の概要欄に注意書きがございましたので、参考になさる方はご一読くださいませ。

素人による分解修理は飽くまで自己責任で!もし自分で直せなくなってから修理屋に持ち込んでも、素人分解履歴品はプロは受け付けてくれません。或いは通常の数倍の料金を請求されることもあります。

YouTube「クロネコ写真機研究所」より

コチラの3本の動画になります。

僕のF2と同じく巻上げレバーがロックしている個体を分解修理されているのですが、動画のF2のケースでは原因は幕軸の動作不良ではありませんでした。
何が問題だったのかは、ぜひ動画を再生してたしかめてみてください。
#2にて原因が判明します。


開始早々にネジをなめる

これから分解に挑戦してみようと思う方には、まずは道具をそろえることを強くおすすめします。それは僕がこんな失敗をしたからです。

ファインダーを外し、両側のトップカバーを外そうとすると、さっそくトラブルが発生しました。

フィルムクランク側のカバーのネジをなめてしまったのです。その後、底蓋のネジも1箇所なめることになります。原因はズバリ工具です。カメラを分解する際は、100円ショップの精密ドライバーは絶対に使わないでください。

頭をなめて潰してしまったネジ

精密ドライバーは特によく使う工具です。100円均一の精密ドライバーは工作精度が悪く、これを使うと高確率でネジをなめます。

というわけで精密ドライバーを4本揃えました。近所のホームセンターに行くと、ベッセル(VESSEL)というメーカーのものが、値段も手頃で評判も良さそうだったので、これに決めました。
F2はほぼプラスネジ(初期型はマイナスネジ)なので、ベッセルのP00-75をメインに使用します。
ホビージャパンのドライバーはブレードの交換ができるようになっていて便利です。直径1.1ミリのブレードを購入し、シャッタースピードダイアルと巻き戻しノブの小さなマイナスネジを回すのに使用しました。これはヨドバシカメラで購入しました。

分解に使う精密ドライバーたち
ホビージャパンの精密ドライバー

ドライバーを使う際に重要なのが回し方です。ネジに対して真っ直ぐに押し当てるようにしっかりと固定します。こうするとキチンと力が伝わりネジの頭をなめにくいです。「押す力7割、回す力3割」が目安です。
固着が疑われる場合は、無水エタノールを垂らしてかるく清掃するとネジを痛めにくいです。


100円ショップで買える便利グッズ

ドライバーは使い物になりませんが、100円ショップにはカメラの分解・整備に役立つものがたくさん売られています。下に紹介したもの以外にもマスキングテープや作業用のマットなども購入できます。

ネジを入れるマグネット付きの皿
ネジや部品を小分けにするケース
注射器型のスポイト
清掃に使える化粧筆


なめたネジは・・・

ちなみになめたネジは、ネジの頭をつまめるように変形させました。
隙間に要らなくなった100円均一のマイナスドライバーを差し込み、テコのようにしてネジの頭をおこして、ネジザウルスというペンチのような工具でつかんで回しました。
使用したのはPZ-57という先端のくわえ部が一番小さいモデルです。ラジオペンチは滑ってダメでしたが、このネジザウルスは変形させたネジ頭にしっかりと食いついたので回すことができました。

サラッと書いてますが、実際はネジをとるために作業が中断し、ボンドでドライバーを固定してみたり、電動ドリルの購入を検討したりと、あれこれと格闘し、すったもんだあった挙句、今回はこの工具のおかげで解決できました。


ようやくわかった故障箇所

分解作業中のF2
ネジや部品は小分けにしておくと便利

作業の進行にあわせて次々と道具を買いそろえつつ、やり方がわからず何度も行き詰まり、そのつど調べたりしながら分解していきました。

平日は日中仕事で作業の時間がとれないので、おもに休みの日を使って1か月くらい悪戦苦闘していました。写真のようにミラーボックスを外した状態まで分解したところで、やっと故障の原因がわかりました。

後幕ドラムのシャッター幕を動かしてみたところ・・・

左側にある後幕ドラムのロールをくるくると指で巻上げていくと、スプリングの勢いで元に戻り、シャッター幕が正しい位置に戻りました。
すると巻上げレバーも動くようになったのです。つまりシャッターを切ったあと、幕軸の動きに不具合があり、シャッター幕が元の位置に戻っていなかったというわけです。

ミラーボックスを外したF2

こうして幕軸のスプリングの動きが渋くなっていたことが、故障の原因であることが判明しました。と、なれば後は幕軸に油を差せば修理完了です。

幕軸への注油

注油を行うだけなら、ここまで分解する必要はありません。
底蓋を外せば幕軸にアクセスできます。

底蓋のプラスネジは4ヶ所
カニ目かプライヤーで回す
この部品は固定されていないので、ボディを傾けると取れる
幕軸へ注油(写真で注しているのは後幕側)

上側が後幕、下が先幕の巻き軸です。中にスプリング入っていて、シャッターレリーズするとバネが戻り、シャッター幕を引き込む構造になっています。

注油するのは精密機器用の「スピンドルオイル」という油です。
しかし、種類がいろいろあってよくわからなかったので、ヨドバシでラウナ潤滑油#40というオイルを購入しました。ラウナ油を5、ベンジンを95の割合で希釈して使用します。
ベンジンは薬局で購入しました。200円くらいだったと思います。

ラウナ油とベンジン(5:95の割合で希釈)

整備済みのカメラを買った方が安い

部品取り用に購入したジャンクボディ

こうしてシャッター幕の故障は直ったものの、なめたネジをそのままというのはいきません。しかし、そのネジがなくともトップカバーや底蓋を固定することはできるので、そのまま我慢しようかと思っていると、こんな声が聞こえてきました。

「心はゴム毬だよ、押さえつけられれば必ず跳ね返そうとする。禁欲の反動でまた豪遊してしまうんだ、そういうもんなんだよ」

禁欲はよくないんだ、またお金を貯めればいいじゃないか・・・気づくと僕は部品取り用に2台目のジャンクを落札していました。
さらに外装のスワッピング用にと、3台目となるシルバーボディのジャンクも入手。どちらも外装が凹んでいたり、一部が破損しているなど完全なジャンク品だったので、2台あわせても1万2000円ほどでした。

しかし、3台分のカメラボディだけでも合計2万6000円。さらに買いそろえた工具の代金などを合計すると、もはや中古カメラ店で売られている整備済みのF2の価格(だいたい3万円〜)を大きく上回っています。
こうして「ジャンク品でも簡単には故障しないはず」という当初の予想は打ち砕かれました。それはもう一つの予想「ジャンクカメラ個々の状態は千差万別」を裏付ける結果にもなりました。

あまり手間やお金をかけずに楽しみたいという方は、やはり中古カメラ店で整備済みのものを購入される方が低リスクでよろしいかと思います。
僕自身、今回はたまたま上手くいっただけに過ぎません。大切なカメラを壊してしまっては元も子もありませんし、素人が分解したカメラは修理業者が受け付けてくれないということもあるようです。

カメラの分解はくれぐれも自己責任で行ってください。

カメラの楽しみ方

ジャンクカメラはやはり「沼」です。

当たりハズレに悪魔的なギャンブル要素がある一方で、自分で整備したカメラを使う楽しさというのは格別なものがあります。まるで使い慣れた道具のように、愛着と信頼感が半端なく湧いてきます。そう、工具に対して・・・

万が一、大切なカメラを壊してしまっては元も子もないので、どの程度まで自分の手で整備できるものなのか、その辺りの線引きがとても難しいとも感じました。

さて、カメラは写真を撮るための道具です。自分の要望に応えてくれたり、紡ぐ思い出の数が増えるほど、信頼や愛着は増していくでしょう。これが「使う楽しさ」です。
そしてカメラには工芸品のような魅力もあります。ボディのデザインや塗装、細かな数字の彫られたダイアルなどの装飾、削り出された金属部品の加工精度。そしてこれらが組み合わさって精密に動く様子は機能的な美しさにあふれています。
飾って眺めてみたり、空シャッターを切って感触を確かめてみたり、カメラには「所有する楽しさ」とでも言うべきものもあります。

そして車やバイクのように自分で整備したり、改造する「イジる楽しさ」もあります。現在の僕のF2は、巻上げレバーの化粧ネジと底蓋はシルバーのものに交換してあります。分解整備してから半年ほどが経過しましたが、現在のところ各部の動作は良好です。

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カメラのたのしみ方

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