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小説「モモコ」【31話】第7章:5日目〜午前10時30分,45分〜

午前10時30分

 ドアをノックする音が聞こえた。モモコはソファに腰掛けながら「はーい」と答える。入ってきたのは坂田だった。

「モモコちゃん、おはよう。今日は久しぶりの外出の日だよ」

 藍色の和服姿の坂田を見ると、3日前に誘拐され連れてこられたときのことを思い出す。今日が何の日なのか、ボディガードの男から全て聞いてはいたが、モモコは知らないふりをしなければならない。

「本当に和服が好きね。その格好で外出するの?」

「もちろん。今日行く場所は、君にもぜひ来てもらいたくてね」

 坂田はえらく上機嫌だった。今日は碧玉会の定期セミナーの日。前回のセミナーから3日しか経っていないが、今回のセミナーは全国の会員のなかでもサファイア会員だけ参加できる特別な場だそうだ。「サファイア会員って何?」と尋ねると「碧玉会により貢献している人たちだ」とボディガードの元格闘家は答えた。「要するに、たくさんのお金を払っている人たちってことね」というモモコの台詞には、元格闘家は無反応だった。

「今日は何があるの?」とモモコは無知なふりをしてみせる。

「今日はね、特別なサファイア会員限定の集会なんだよ」と坂田は嬉々として答える。

「君は碧玉会に対して疑惑を持っているようだからね。その疑念を晴らす絶好の機会になると思ってね。サファイア会員の方々と話せば、きっと君も考えを改めるはずだ」

「それは楽しみね」とモモコは笑顔をつくる。「私の考えが変わるとは思えないけど」

「その強情な反応もいつまで続くかな」と坂田は余裕そうに笑った。「もっと素直になってくれたら、私も君をもっと自由に外に出してあげられるんだよ」

「10歳の少女を3日間も軟禁してる自分の犯罪は棚にあげて、ずいぶんといい人を気取るのね」とモモコも笑って返す。

 坂田は一瞬表情を曇らせると、すぐに元の笑顔に戻り、「会場まで連れてきなさい」と隣のボディーガードの男に言った。男は返事をして頭を下げた。

午前10時45分

 ルンバは走っていた。

 公園には、何人かまばらに人影があった。ルンバと同じくランニングコースで汗を流す人、ベンチで水筒を飲む子供と母親、中央の広場でジャグリングの練習をしている人。

 モモコから電話で伝えられた今日の碧玉会のセミナー。会場は3日前と同じ場所だった。この公園はその会場の建物に隣接しているため、準備運動にはもってこいだった。

 公園を何周かしたところで、走りを歩きに変更する。本番前に疲れすぎてもいけない。ストレッチと体慣らしがこの時間の目的だ。

 ルンバは今から攻略する会場の建物に目をやった。14階建てで、この付近では一番と言えるとほど大きなビルだ。自分が今からやろうしていることをイメージすれはするほど、その無茶苦茶加減に嫌気が差してくる。

「モモコも、頭いいくせに無茶苦茶言うよな」とため息を漏らした。

 だが、モモコを担いで港から中洲まで走ったときのことを思い返してみても、自分の身体能力が人並み以上であることをルンバは自覚していた。記憶がない以上その理由はわからないが、右も左もわからずモモコや雉谷、リリカに頼りきりの今の自分が発揮できる価値があるとしたら、この体力と身体能力だけだろう。

「まあ、やるしかないよな」

 ルンバは目線を前方に戻し、また歩みをランニングに切り替えた。

〜つづく〜

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