縁の下の力持ちを評価する

私はかつてホームセンターでレジ打ちのアルバイトをしていた。先輩のAさんは新人である私が早く仕事が覚えられるように、優しく丁寧にレジの打ち方を教えてくれた一方、他の先輩であるBさんはいくら自分が仕事のやり方を尋ねても適当にあしらうだけ、自分に割り当てられた仕事しか絶対にしない!という人だった。

不思議なのは、AさんもBさんも同じだけの給料をもらっているということだ。明らかに、Aさんの方が組織に貢献している(忙しい人を手伝ったり、不満を言わず、無駄話もせず、トイレの清掃なども行っていた)のに、その貢献に対して、会社側は報酬を与えることはない。Aさんは労働時間に対して報酬を与えられているのであって、Aさんの組織に対する貢献については一切評価されないのである。

ここで、私が気になるのは、仕事において、どうして従業員の目に見えない(あるいは、見えづらい)貢献を評価して報酬を与えないのか?ということである。


仕事において、Aさんが行っていたように、直接的にあるいは明確に報酬と結びついているわけではないが、組織のためになるような自発的な行動のことを「組織市民行動」という。

この組織市民行動は一般的に自分以外の人間、特に従業員の評価を行う管理者にとっては観察しづらいものである。そして、観察が難しいものを人事評価に組み込むことはできない。なぜなら、観察が難しいものを評価に組み込むと、各従業員に対して公正な評価を行うことができないからである。

従業員は組織市民行動を頑張っているつもりでも、管理者がたまたま組織市民行動に気づいたか否かで、従業員の評価が決まるため、ある従業員の組織市民行動はきちんと評価されたが、別の従業員の組織市民行動はたまたま評価されなかったということになりかねないのだ。

また、組織市民行動を評価しようとすると、観察されやすい組織市民行動ばかりが行われるようになり、観察が難しい組織市民行動は行われなくなってしまう。ゆえに、組織市民行動を評価しようとしても、その評価制度をきちんと機能させるのは難しいと言えるだろう。

しかし、ピアボーナス(ある従業員が別の従業員に対して、感謝の言葉と共に、社内で使えるようなポイントを付与できる制度)といったシステムを使うと、こういった縁の下の力持ち的な行動である組織市民行動を適切に評価することができるかもしれない。

そもそも、組織市民行動が評価できなかったのは、組織市民行動すべてを観察することが難しかったからである。そしてそれは評価を行うのが管理者のみであったことが原因である。だが、評価を行うのが管理者だけではなく、一緒に働く従業員も加わると、それだけ組織市民行動を観察しやすくなるはずだ(もちろん、それでも組織市民行動をすべて把握できるわけではないが)。

ピアボーナスを導入することで、従業員の目に見えない貢献に対して評価を与えることができると考えられるだろう。また、そういった目に見えない貢献が評価されることで、組織内の雰囲気も良くなり、働きやすくなったり、人材の定着を見込むことができるだろう。


ただ、立ち止まってよく考えておきたいのが、組織市民行動が評価されるようになることで、本当に組織市民行動が促進されるのか?ということである。

組織市民行動は金銭的な報酬とは普通結びついていないため、組織市民行動は内発的なモチベーションによって行われる行動といえる。だがそういった組織市民行動が評価されるようになると、組織市民行動を行っていた人の認知が書き換えられてしまう。どういうことかというと、組織市民行動が評価される前は、他の人の役に立ちたいといった内発的なモチベーションで組織市民行動を行っているとその人の中で認知されていたのに対し、組織市民行動が評価されるようになった後は、その評価を得るために、組織市民行動を行っているのだと、という認識に変わってしまう。

その結果、組織市民行動に対する内発的なモチベーションは失われてしまい、評価のためだけに組織市民行動を行うようになる。そして、もし、組織市民行動を評価する制度がなくなったり、自分が組織市民行動をしても評価に繋がらないかもしれないと感じると、組織市民行動は結局行われなくなることが考えられる。このことは、オーガンらの「組織市民行動」という本でも指摘されている。


ただ、ピアボーナスといった組織市民行動を評価できる制度を導入したからといって、組織市民行動が減ってしまうとは考えにくいとも私は思う。ピアボーナスで組織市民行動が評価される際、金銭的報酬に繋がるポイントが付与されるのは間違いないが、それに加えて、他の従業員からの称賛の言葉や感謝の言葉もともに送られるのが一般的だ。

こうした前向きな言葉は、お金やポイントよりも、組織市民行動を行った者の自己肯定感や有能感を高めることが期待できる。こういった自己肯定感や有能感は内発的なモチベーションに繋がると言われている。そのため、ピアボーナスといった組織市民行動を評価する制度はやはり組織市民行動を促進するのではないか。

まとめると、ピアボーナスといった組織市民行動を評価できる制度を導入すると、組織市民行動が評価されることによって、従業員のモチベーションが内発的なものから外発的なものへと変動してしまう恐れがあるが、一方で、組織市民行動を行った従業員に対する感謝の言葉は、従業員の自己肯定感、有能感を媒介して組織市民行動に対する内発的なモチベーションを喚起することに繋がる。そのため、ピアボーナスといった組織市民行動を評価する制度はやはり組織市民行動を促進するのではないかというのが私の考えである。

実際、組織市民行動は評価制度だけではなく、仕事の特性や、従業員ひとりひとりのパーソナリティ、組織文化に依存するものなので、実際に評価制度を導入すると組織市民行動がどうなるのかはぶっちゃけなんとも言えない。。。

参考文献
デニス・オーガン、フィリップ・ポザコフ、スコット・マッケンジー(上田泰訳)「組織市民行動」2007白桃書房


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?