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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇46) 〜イスラエル王国のまとめと、預言者サムエル

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


さて、今回からは「やっとイスラエル民族の王国ができまっせ」という話だ。

何度か書いているように、旧約聖書とはイスラエル民族の歴史書だ。
ずぅっっっと彼らの歴史上の出来事が書いてある。

そういう意味でいうと、イスラエル民族の王国ができるという話は、ある種の到達点ではある。

だって、引越をくり返し、放浪をくり返し、ようやくイスラエル民族全員で「約束の地カナン」に定住し、12部族に土地を分配して地方分権してたんだけど、ついに天下統一されるのだ。

各家ごとの地方分権から、天下統一へ。

日本の戦国時代と図式は一緒だな。

そして、天下統一の主要登場人物をざっくり乱暴に言い切っちゃうと、

初代王 サウル ・・・織田信長
二代王 ダビデ ・・・豊臣秀吉
三代王 ソロモン・・・徳川家康


乱暴すぎだけどw
でも、躁鬱で破滅型なサウルが天下統一をし、羊飼いから出世しみんなに好かれた女好きダビデが実質的にそれを達成し、慎重派のソロモンがじっくり国を整える。。。

まぁ、わりと信長〜秀吉〜家康の要素はあると思う。

とはいえ、ソロモン以降あっという間に王国は崩れるんだけどねw
統一王国はわずか80年の栄華に終わる。でも、その栄華は、ある種の「到達点」に変わりはないだろう。


今回は、そこらへんの頭の整理をした上で、預言者サムエルについて見てみたいと思う。


まず、俯瞰の俯瞰。
旧約聖書全体を超乱暴に俯瞰すると、ざっとこうなる。

【旧約聖書、超おおざっぱなストーリー全貌】

天地創造の時代
  神が人間つくったでー。
アブラハム一族の時代
  イスラエル民族の始祖たちが現れたでー。
モーセの時代
  住むべき地「カナン」へ戻って定住やでー。
志師の時代
  カナンで12部族の地方分権やでー。
イスラエル王国の時代(←←←イマココ)
  他国の侵略に対抗するために王を作って天下統一したでー。
預言者たちの時代
  すぐに北と南に分裂しちゃって他国にボロ負けするでー。
イエスの時代(ここから新約聖書)
  救世主が生まれたでー。


笑。
乱暴すぎて誰かに怒られそうだけど、でも、ざっくりした「流れ」をアタマに入れると、この複雑な旧約聖書もわりとシンプルに見えてくる。そこ大事。

ということで、「他国の侵略に対するために王を作って天下統一したでー」なお話をざっと予習していこう。


大切な登場人物は4人。

サムエル(預言者)
サウル(初代の王)
ダビデ(二代目の王)
ソロモン(三代目の王)

この4人だけ知っていればいいかと。

超簡単に箇条書きでまとめよう。
面倒くさいと思うけど、これが最低限の流れなので読んでみて。

●モーセの導きで「約束の地カナン」を目指して移動してきたイスラエル民族が、なんとかカナンの先住民たちを破って、12部族に分かれて定住したんだけど、沿岸部の新たな敵「ペリシテ人」が侵略してきてごっつい苦労している。

●宿敵ペリシテ人たちの侵略に対抗するためには12部族が一致団結したほうがいい、と、預言者サムエルが、サウルを初代の王に任命し、ペリシテ人に対抗していくことにする。

●初代の王を迎え、意気軒昂となったイスラエル軍は連戦連勝。ただ、サウル王は調子に乗って神との約束を守らず、神からもサムエルからも見捨てられてしまう。サウル王はノイローゼになる。

●ある戦いで羊飼いのダビデが敵将ゴリアテを倒し、一躍スーパーアイドル的存在になる。それはもう大人気!

●ノイローゼなサウル王はダビデに嫉妬し、ダビデの命を狙って追い回す。ダビデは逃亡し、イスラエル中を逃げ回る。

●サウル王はペリシテ人との戦いで破れ、自害する。ダビデは民の声に推されて王になる。そして宿敵ペリシテ人を封圧し、イスラエル統一国家を完成させる。

●ダビデは名君だったが、人妻バト・シェバと姦淫して神の怒りを買ったり、息子たちに謀反を起こされたり、意外と大変な人生終盤だった。そして死ぬ前にソロモンに王位を譲る

●賢王ソロモンは知性的な政治を行い、巨大神殿も完成させる。ただ、異国からの妻をたくさん娶り、妻たちの異教に染まり、神の怒りを買う

●ソロモンの死後、神の怒りは下り、王国はイスラエル王国(北)とユダ王国(南)に分裂してしまう。


ざっと言うとこんなストーリーだ。

で、このあと、イスラエル王国(北)とユダ王国(南)に分断し、それぞれに大混乱し、数々の預言者たちがそれを正して歩く、という時代に入っていく。


系譜で見るとこうなる。
赤い枠で囲ったのが、これから8回に渡って名画を追っていく「イスラエル王国の物語」だ。

おお、イエスまで(新約聖書まで)あと少し! 
つまり、旧約聖書ももうすぐ終わる!

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さてと。

では、預言者サムエルの話から。

12部族の地方分権における最後の志師(英雄)サムエルは、当時イスラエル民族全体に信頼された最初の預言者でもあった。

預言者。
この回でも説明したけどもう一度。ノストラダムス的な「予言者」じゃないからねw

☆ 預言=キリスト教などで、神の霊感を受けて、神託として述べること。その神託。
☆ 預言者=自己の思想やおもわくによらず,霊感により啓示された神意 (託宣)を伝達し,あるいは解釈して神と人とを仲介する者。祭司が預言者となる場合もあり、しばしば共同体の指導的役割を果す。(ブリタニカ国際大百科事典)

つまり、古くはアブラハムも預言者だったし、ヤコブもモーセも預言者だったということだ。

今回の主役サムエルの最大の預言は、サウルとダビデを王として見出したことだろう。


絵とともに、彼の人生を追ってみよう。


サムエルの母ハンナは子供に恵まれなかったので、神に祈った。
そうしたら見事に授かったので、この子は神に仕えさせようと誓い、祭司エリ(男)のところに預けるのである。


レンブラント

弟子が大半を描き、レンブラントが仕上げをしたと言われている絵。
母ハンナが息子サムエルを教育している。場所は聖堂の中。
背景の壁に書かれている文字は「十戒」の言葉だそうだ。お、十戒の言葉のところに大きく「青銅の蛇」が描かれているね。

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お馴染みマルク・シャガールさんは、母ハンナがサムエルのために祈っている場面を描いている。

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で、母の熱い思いを受け、サムエルは祭司エリに預けられる。
ヘルブラント・ファン・デン・エークハウト
いや、祭司としても贅沢すぎやろ、王侯貴族かよ、って突っ込みたくなるようなエリ。
ハンナは「この子は生涯、神に仕えさせます。よろしくお願いします」って言ってる感じ。

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で、祭司エリの元で暮らすようになるのだけど、ある夜、寝ているとき、サムエルは神の言葉を聞く。

「んー(眠い)・・・エリ様、お呼びですか?」
「いや、呼んどらんよ」
「あ、すいません、なんか声がしたので・・・」

というのをひと晩に3回くり返す。

エリは「それってひょっとして、神ちゃう?」って気づく。

こうしてサムエルは神の声が聞こえる預言者として人々に知られるようになっていくのだけど、この初めての夜の神の言葉がかなりシビアw

「サムエルよ、サムエル。目をこすってよーく聞け。
エリの家は息子たちが『やばいこと』をしてしまうために将来滅びるだろう。
そしたらサムエル、おまえがエリの代わりに祭司の職を引き継ぐのだぞよ」


「エリ様、神様にこんなことを言われたよ〜」ってサムエルから言われたときのエリはどんな気持ちだったかw


お馴染みマルク・シャガールさんは、神がエリを起こすところを2枚描いている。
奥に寝ているのがサムエルだね。手前がエリ。
一般的には幼児のときに聞いた、となっているけど、この絵だともう大きな子供になっている。

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こっちのサムエルはもっと大きい。青年と言ってもいい。
まぁ幼児説が確定ということではないのだろう。もしくは長じたサムエルになにか別のことを預言している場面かもしれないけど定かではない。

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ジョシュア・レイノルズ
 は幼いときに神の言葉を受けたという解釈の絵。
これは有名な絵。
いろんな宗教教育系の本の表紙なんかになっている。ちょいファンシーだけどいい絵だ。

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ジョン・シングルトン・コプリー
幼きサムエルが老エリに、「神にこんなことを言われたよ〜」って報告しているところを描いている。美しい絵だけど、エリ、ちょい悲しそう。
背景の鳥みたいな影は、手前のカップの飾りが映っているのかな。エリの暗い未来を予感させる不気味な感じ。

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少し横道にそれるけど、祭司エリのふたりの息子がどんな「やばいこと」をするかというと。

ある時、ペリシテ人との戦闘に勝つために、エリのふたりの息子がエリコの戦いで勝ったみたいに、契約の箱を戦いに持っていこう! きっと勝てるぞ!」ってみんなに持ちかけるんだな。

で、意気揚々と戦場に運んでいったら、あっけなく戦いに敗れて、なんと!ペリシテ人たちに大切な民族の宝である「モーセの十戒の石板が入った契約の箱」を取られてしまうわけ。

そしてエリの息子たちも戦死してしまう。

その知らせを聞いた祭司エリはショックのあまり椅子から転げ落ちて死んでしまうわけ。お気の毒〜。

まぁ息子たちの戦死もショックだけど、なんと契約の箱を奪われてしまうとは・・・まぁものすごいショックだよね。

で、その後日談。

ペリシテ人たちは、アシドドの街の異教の神殿にその「契約の箱」を安置したんだけど、神が怒り、異教の神像が砕かれ、街は疫病(ペスト)に襲われる

これが巨匠ニコラ・プッサンの代表作のひとつ『アシドドのペスト』として描かれている。
(パンデミックの時節柄、身につまされる絵だな)

この絵は臨場感と奥行きがあるいい絵。
アシドドの情景なので、サムエルがここにいるわけはないけれど、右端の幼児は象徴的な意味でサムエルなのではないかと思う。

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ちなみに、ペリシテ人はこの「契約の箱」をまた移動させるんだけど、移動した先でまた疫病が起こり、始末に困ってイスラエルに送り返してくる

送り返される途中も、好奇心強い人が「中身を見ちゃおうぜ」って契約の箱を開けて覗き見をしようとするんだけど、神の雷撃に打たれて即死したりする。

これはあれだ、あれ。
映画『レイダース 失われたアーク』のラストで、契約の箱を開けるとき、インディ・ジョーンズが「目を閉じろ! 絶対見るんじゃない!」ってマリオンに叫んだけど、あれだ。

中身を見たら死ぬってインディは知ってたんだ。


さて、ちょっと脇にそれたけど、話を進めよう。

サムエルは成人したのちも、みなに信頼され、ペリシテ人との戦いを率いるようになる。

ペリシテ人はこの回で説明したけど、もう一度。

「ペリシテ人」とは新たなイスラエル民族の宿敵。
イスラエル民族がカナンの山側に定住して農耕生活を始めたのと同じ時期に、カナン沿岸部を拠点として勢力を拡大した強敵であり強力な海の民である。
現在のパレスチナ(Palestina)という地名は、このペリシテ(Philistines)の名に由来する
また、現在のヨーロッパでは、ペリシテ人とは「芸術や文学などに関心のない無趣味な人」の比喩として使用される。


ただ、12部族バラバラに戦っているので、民衆たちが口々にこう言うようになる。

「もっと絶対的な命令権をもつ王さまを作って、みんなで『せーの』で戦わないと、どーにもこーにもペリシテ人に勝てへんて」

サムエルは、「いやいや、神こそが王だろう」「つか、王と持つとその王が絶対権力をもつようになり、結局苦しむのはお前らだぞよ」とかなだめるけど、民衆はぜんぜん聞かない。

仕方ないから神に聞いてみたら、神、予想に反して反対しない。「ま、やってみなはれ」

で、サムエルは王を探す旅に出て、ある日、一目で「この人こそが王」という人を見出すのだ。

群衆の中でひときわ目立って背が高く、だんとつに美貌な男。それがサウルだ。(神は基本的に面食いで、旧約聖書のスターたちは全員超ハンサム)

近所の青年サムエルは、逃げたロバを探しに来たところでいきなり「ちょっと話がある」と言われ、こう告げられる。

「サウルよ、この老人に残された仕事は、おまえをイスラエルの王として立てることなのじゃ」


サウルにしてみれば「え、オレ? なんで?」だ。

でも、説得され、同時に近隣に宣言されてしまい、なし崩しに王にされてしまう。

で、サムエルは彼に油を注いで王に任命する

「油を注ぐ」とは、オリーブオイルを頭に注ぎ、神に仕えるものとして聖別する儀式のこと。
ヘブライ語で「油を注がれた者」を「メシヤ」と言う。
ちなみに、キリストも本来は「油を注がれた者」を意味するギリシャ語。

そう、最初からサウルにはまったく自覚がないし、やる気があるわけでもない。

このことはわりと重要かもしれない。


オランダの画家、Claes Moeyaert
これはサムエルがサウルを見出したところを描いている。
右にいる羽根帽子がサムエル。左にいて羊の横にいる上半身ハダカな青年がサウルだろう。

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お馴染みジェームズ・ティソさんは、街なかで出会った、という解釈。

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で、サムエルはサウルを口説き、王の印として油を注ぐ。

その場面から、「今日の1枚」。

シャガールさん。
サウルのほうが背が高いからサムエルはちょっと背伸びして苦労して油を注いでいるね。
で、秀逸なのはサウルがあまりうれしそうじゃないところ。
「え? おれ?」ってなってる。
彼は背が高くハンサムなんだけど、腺病質系で、そんなに王に向いていない。神からの任命とはいえ、戸惑っているわけだ。

そしてその後ミスをしでかして、サムエルに無視されるようになる。
んー、そんな将来も考えながら見ると味わい深いぞ。

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Anton Robert Leinweber
これもオリーブオイルを注いでいるところ。
ねぇサムエルぅ、いっつもオリーブオイルを持ち歩いているの?

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ファン・ヘームスケルク
これも注いでいるところ。
左端のふたりとか、真ん中のピラミッドみたいのとか、いろいろきっと意味があるんだろうけど、いまのボクにはわからない。

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聖書の挿絵から3つ。
1つ目は背が高いサウルに油を注ぐのに、サムエルが石に乗っているのが可愛いw
というか、わりとドボドボかけてるね。ベタベタヌルヌルになるなw

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さて、今日はいったんここで終わる。
サウルが王になってからは、また波乱万丈なので。

最後の一枚。
ギュスターヴ・ドレさん。
油をかけ終わったあとに祝福している感じだろうか。

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この後、サウル王はペリシテ人との戦いで連戦連勝して、みんなに讃えられる。

そして調子に乗ってしまい、神の言いつけを守らず、サムエルと神に怒られ、見捨てられることになるわけだ。

そして、サウル王は苦悩の後半生を送ることになるのだけど、それは次回「サウル王とダビデの竪琴」から、何回かに分けて書いていこう。


ちなみに、預言者サムエル、リアルにお墓がある。


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ということで、また次回。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。


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