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まさに自分の感受性を守るそれだった。映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』


『男はつらいよ』シリーズ50作目にして最新作、『男はつらいよ お帰り寅さん』を観てきた。

絶対に公開初日(2019.12.27)に観ようと思ったんだけど、2日ほど遅れてしまった。

公開初日に観よう、とまで思ったのは、ちょうど2ヶ月前、映画館で『男はつらいよ』の第1作目(4Kデジタル修復版)を久しぶりに観て感動したばかりだったから。

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いや、ほんと、第1作、素晴らしかった(たぶん観たのは2回目だ)。
スクリーンで観られて良かった。

結果的に、1969年に撮られたこの第1作目を観てから今回の第50作目を観たのは大正解で、かなり多くのシーンが50作目に使われていたから、理解度も思い入れ度も上がる上がる。

先に第1作目を観ていったことで、50年の月日がより鮮明に、より劇的に印象づけられた。

※ これから観る人は、DVDとかNETFLIXとかHuluとかU-NEXTとかで『男はつらいよ』の第1作を観てから観ることをオススメします(いや、観て行かなくても内容は充分わかるし楽しめるけど、観て行った方がより楽しめます)。


それにしても良かったなぁ、最新作。

もうほんと泣いた。

いや、笑うの。
笑うんです。
有名なメロンの場面もあるしね。
笑うわけ。
笑うんだけど、必ずその次の瞬間に嗚咽に近い「泣き」が来る

なんだろう、この感情の起伏。
なんだろう、なんだろう、なんだろう。

それをずっと考えながら、目はひたすらスクリーンを追っていた。


たぶん、激しくボクの琴線に触れたのは、台詞とか演技そのものではなくて、そこにリアルな50年の流れを感じたからだと思う。

特に目が釘付けになったのが倍賞千恵子。

第1作の、それはそれは可憐で初々しい彼女から、50年経った姿へ変化する感慨とかももちろんあるんだけど、なにより今年82歳になる母の所作と酷似していて怖いくらいだったこと。

もう、動作や言葉遣い、テンポ、ちょっとした受け答え、そういうものが(倍賞千恵子の老け演技が素晴らしいということだとは思うけど)、母のそれとほぼいっしょだった。

もう、ボクはそこに母を見て、そして何度もフラッシュバックされる倍賞千恵子の若いときと見比べて、母の若いときと今の人生の流れを感じ、その中で生きてきた自分、いままでの母に対する思いの変遷、後悔している自分の態度、年老いてしまった事実に対するせつなさや哀しさ、遠くから見るその後ろ姿・・・そういうものが心の破れ目から一気に吹き出してくる感覚だった。

その感覚がこの映画を観ている間のベースにあった。

だから、ちょっと刺激されるだけで涙腺崩壊した。

母の人生がそのままゴツゴツと削り出されてそこに置いてある感じだった。

もちろん演技なんだけど、でもリアルで。
もちろんフィクションなんだけど、でもノンフィクションで。

せつないんだけど、尊厳も感じて。
寂しいんだけど、温かさも感じて。

なんだろう。
なんかひたすら心が揺れた。

同じことは、浅丘ルリ子にも夏木マリにも感じた(今の姿をそのまま見せてくれてありがとうございます)。

あんな絶世の美女たちが、決して幸福でなく、令和時代を生きている(映画の中で、だけど)。

なんか、その辺でもう泣きそうになっている心が、寅さんの名演技から引き出される笑いで刺激され、すぐ崩壊してしまう。

この涙腺崩壊は、山田洋次監督がそれぞれの家族たちの「いま」を容赦なく描いてくれたのも大きいと思う。

変に昭和に寄せなかった。
変に「古き良き世界」にしなかった。
だからこそ、それが際立った。


一般的には、日本が失ってしまった古き良き価値観とかつながりについて言及される映画なのかもしれない。

でも、ボクはとにかく、50年撮り続けてきた映画にしか出来ないこの組み立てに、終始泣かされた感じであった。



先週、こんなことをnoteに書いた。


この映画を見終わって、いまボクが思うのは、『男はつらいよ』シリーズほど、いまのボクの「感受性」を守ってくれるものはないのではないか、ということ。

時代の流れの速さ、ビジネスの現場での移り変わりの速さ、次々変わるバズワード、表層的な志と薄っぺらい誠意な人たちの跋扈、どんどん刹那的になる人間同士のつながり。
そこにボクの個人的なネガな状況があり、毎年老いが加速していく両親との難しい関係性がある。

そういう中での、数少ない「かけがえのないこと」を、くっきりと、そしてちょっとウェットに思い出させてくれるこの映画は、心の水やりにどうしても必要なものだ。

寅さんの映画は、ちょうど50本ある。
来年1年間、毎週日曜に(NETFLIXとかで)1本ずつ観れば、ほぼ1年で全部観られる勘定になる。

それを習慣にしたら、きっと感受性は枯れない。
そのくらい、この寅さんシリーズは、ボクに水分を与えてくれる。


若いときは「寅さんシリーズ」に対してそんなことは思わなかった。
ただのぬるいお笑い人情映画と思っていた。

最近ようやく、このかけがえのなさに気がついた。
歳を取って良かったと思う瞬間だ。

ありがとう。寅さん。

そして。
ボクの心に、ようこそお帰り。

急にプイッと出ていくとかやめておくれよ、寅さん。



映画が終わった瞬間、映画館が拍手で包まれた。
こんな体験、久しぶりだ。


※※
山田洋次監督へのインタビューとして、以下は必読。
あえて引用しないけど、深くて大切なことがたくさん書いてある。
この映画を観たあとに、ぜひ味読してほしい。


※※※
上記リンク先に、山田洋次監督のこんな言葉がある。

私が大事にしたいことは、自分の書く脚本、自分の演出についてつねに疑問を投げかけていく、ほんとうにこれでいいのか、間違っていないのかと疑いを持ち続ける精神です。

この精神は、ボクがとても大事にしていることに近い。
すごく共感した。


※※※※
ディスりではないのだけど、ボク、個人的に、熟年になってからの吉岡秀隆がわりと苦手で、表情や演技にいちいち引っかかってしまう。
唯一この映画で居心地悪いところはそこ。
まぁ、これは好みの問題ですけどね。



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