親に愛された思い出がなくて自分が親になる事がこわい②

①の続き

☆結果として、今は親に愛されてたと思えるようなってます。うつ病やパニック障害に関連するストレスを受けやすい性格の原因が、子供の頃からの考え方にあると思い振り返っています。

中学2年生。本当に、この年齢って思春期なんだ!と思うほど、思春期でした。

うつ病になっていたのは、当時、自分も親も友達もわかりませんでした。
振り返って、典型的なうつ病だと感じます。

よくある?いじめとか、不良の友達とつるんでしまって成績が、落ちるとかの延長線だったと思います。

☆中学不登校だったときの特徴

不登校、引きこもり、外に出るのがこわい
人はみんな自分の悪口を言っている
何か怖いことをされる
自分は醜い

夜中は起きていて、朝寝る
ずっと泣いてる
部屋は片付けられない

☆今思う、原因

自己肯定感がなかった。
自分がなかった。
人からの評価が全てそのまま自分の価値だと思っていた。
世の中は広い、色んな人がいることを知らなかった。

女の子グループの、仲間はずれとか
色気づいていて誰は可愛い、太ってるとか
そんなことに怯えてました。

私は、太っていて
他の子に比べると、男の子からチヤホヤされずデブとか言われるタイプでした。

そんな、マイナスな発言だけがこの世の私の評価だと思いこみ自信がなくなりました。
なぜか、その人たちに逆らってはいけないと思いこみ、彼らの世界の中で見つからないように嫌なことも嫌と言えず逃げたいと思うようになりました。

そんなことから、学校にも行けないし
誰にも相談できないし
引きこもってる毎日。
ずっと怯えてました。

勉強だけは、自信があったのに
学校に行けないから勉強もわからなくなり
なんの自信もなくなりました。

人間がこわくて、誰も信じられないというのはこの時からです。
親とコミュニケーションが取れておらず
何でも話せる状況でもなく
学校に行けないことを、ドアの外からどなられて(うつ病だったので、そう見えていただけかもしれません)余計に、親とは話せませんでした。

このときの、夜中ずっと泣いていて
ドア越しに食事がおいてあって
食べたことだけが生存確認だった子供側の記憶と大人になってから、自分の子供が私みたいになったらどうしようという気持ちがずっとあって
親になることがこわいです。

高校生になり、東京に行きたいと
誰も知ってる人がいないところへ行きたかった私は
ただ、東京の高校に行きたいとだけ親へ話して
実家を離れることになり
そこから、自分を取り戻しました。

③へ続く。

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