親に愛された思い出がなくて自分が親になる事がこわい③

②の続きです。

☆結果として、今は親に愛されてたと思えるようなってます。うつ病やパニック障害に関連するストレスを受けやすい性格の原因が、子供の頃からの考え方にあると思い振り返っています。

中学2年生から引きこもりになった私。
高校受験はどうする??

私は、高校にはいきたくないと先生にも親にも言いました。
高校に行きたいとか行きたくないとかの前に
外にすら出れないのに
そんな事、選択できる訳ないのです。

ずっと引きこもって、テレビを見てたときに
当時でいう、昼のワイドショーでメイクで大変身!みたいなコーナーがあって
その時は、ピュアだったので
ボロボロな人が、メイクでキラキラ変身して笑顔になって自信を取り戻してるように見えました。
演出上なんですけどね。

すごく、それに惹かれて
私はヘアメイクになって自信を取り戻したり
私のような人に自信をあたえたい!と思って
ヘアメイクになりたいと先生に伝えたら
美容専門学校という存在を知り、そこに行きたいと思いました。

ただ、ちょうど高卒じゃないと美容専門学校に入れないという規則が出来た頃で
中卒だと行けないということがわかりました。
その頃には、公立の高校受験は終わっていて私立の高校受験に無理やり行かされたような感じで行きました。

その高校が受かり、小学生の頃から英語を習っていたこともあり英語メインの進学コースに入りました。

もちろん、みんな大学進学をめざします。
英語だ留学だと、話していました。

私は、初日の進路希望に美容専門学校と書きました。先生に呼び出され、大学進学じゃないのはお前だけだ、どういうつもりだ?と言われました。

またアウェイか、大人は私を困った目で見てくる。私は、どこでも厄介者だ。と思いました。
せっかく高校からは、知ってる人もいないし頑張ってみるか。と思えたのに
また、朝起きれないうつ病が出てきて
高校にも行けなくなりました。

すぐに、先生から親と一緒に呼び出されて
辞めるか来るかどっちかにしてくれ
俺の担当のクラスに、お前みたいなやつがいるのは困る。怠けてるなど、めちゃくちゃダメなヤツだと言われてはじめて心から親に叫びました
「もういいよ!こんな人がいるところには行きたくない!」めちゃくちゃ泣きながら、大声で「もういい」と泣きまくりました。

そして、私は高校なんてどうでもよかったのですが親からしたら留年する事なく卒業してほしいと思っていたでしょう。
そんな時、私はここから出て東京の高校なら通いたいと思っていました。
まわりに、私を知ってる人がいない場所に逃げたかったからです。
でもまだ15歳だし、一人暮らしするわけにはいかないだろうな…ともわかっていました。

その頃、パソコンやケータイで検索ができるようになりました。

そこで、ひたすら東京の高校のパンフレットをみてました。
そして、美容が学べる高校を見つけました。これしかない!!と思いました。

そして、はじめて親にここに行きたいと相談しました。あまり、覚えていないのですが
編入で東京の高校へ実家から通うことになりました。東京の高校ということからか、毎日が楽しくて勉強できるのも楽しくて3時間かけて通っていましたが、嘘みたいに明るくなりました。

友達もいっぱいできて、昔の自分みたいに
周りからの目を気にしないで
いまの自分が大好き!と、思えるようになりました。
中学生の頃のこわい人たちと、近所で会ってしまうんじゃないかという気持ちが怖かったのですが
それから解放されたことが、自分を取り戻していく
ことに繋がったと思います。

高校3年生から、学生寮に入りました。
学校の友達とバイトもはじめて
バイトを通して幅広い年齢層の知り合いが出来て
めちゃくちゃ楽しく過ごしました。

ただ、東京が楽しすぎて
就職とか一人で稼いで生きていくとか考えてないし
大学進学も興味ないし、専門学校に行くお金もなく
社会人になれずフリーターになりました。

フリーター1年目18歳ではじめて出来た彼氏に浮気され、フラレて、最後のセリフは「地獄に落ちろ」と言われてうつ病再発。

④に続く…

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