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私が、母になっていく。〜35歳の誕生日に〜

明日・・あと10分で、3月2日。私の35回目の誕生日です。

去年は確か、直前の外出で娘の扱いに苦労し、その疲労感を引きずっていたためにどこにも行く気になれず、結局、時々買っている100円くらいのナシ・クニン(ターメリックで色を付け、ココナッツミルクで炊いたご飯)を買って食べたような・・。


さて、今年は。

お金をかけずに好きなものを食べたい

実は、何も検討していません。今の今まで。

先週末、娘が幼稚園のお友達の誕生日会に招かれました。

それが引き金になって娘の「誕生日はまだか圧」が高まり、「今日!いま!5歳の誕生日っ!!!」と騒ぐ4歳9か月に手を焼いて、ご機嫌取りに2日間を費やす羽目に。それで今(火曜日深夜)まで、何をする気も起きていないのです。

そもそも・・前掲の、去年のnoteに書いたこの文に尽きます。

最大の壁は、「お金をかけて、自分しか望まないものを買うことへの抵抗」かもしれません。

食べたいものはいくらでもありますよ。お寿司。小籠包。エスニック料理とか、海鮮料理とか・・アフタヌーンティーだって、シフォンパンケーキだって。

でも、どれもだめなんです。お寿司も小籠包も、好きなのは私だけだし、肉や魚は食事制限のある夫には酷だし、スイーツだって特に興味がない夫を付き合わせ、座っていられない娘に頭を抱えながら、しかも9か月の赤ちゃんを抱えて、3人分の飲食費を支払うほどの経済的・精神的余裕が、私にはありません。


外食がそんなにストレスなら、お金を使うのがそんなに嫌なら、大したものでなくても、家で好きなものを作って好きなだけ食べたい。

今日カレーを作ったから、残りでカレーコロッケとかにしようかな・・うどんもいいな・・時間をもらってパンでも焼こうかな・・。

あ。

私が、母になっていく。

そこまで考えて頭をよぎったのは、母のことです。

「今日くらいは好きなものを食べたいもん」

と言って、湯豆腐を作る母。

私が結婚して、インドネシアに移住する直前のことだったと思います。誕生日か、母の日か・・。

母は外食や買い食いをあまり好まず、毎日ほぼ休まず料理してきた主婦です。スーパーで買ってそのまま食卓に出すのは、刺身くらいではないでしょうか。パンだってケーキだって自分で焼くし、お祝いの時にはちょっといい肉を買って自分で焼きます。

でもやはり、普段は父の好みを考慮して献立を考えているんですよね。子どもの頃、「今日はお父さんがいないから」と、父が出張などでいない日に決まって出てくるメニューがいくつかあった覚えがあります。

あまり感情を表に出さない、穏やかというか、浮き沈みの少ない母ですが、色々とストレスがたまっていたのだと思います。でも、甘いものを食べるとかカラオケに行くとかという趣味はなく、たどり着いた自分へのご褒美が「湯豆腐」。

今なら、母の気持ちがちょっとわかります。

みんなが好きじゃないものだって、上等な豆腐を買うくらいの贅沢は許されるだろう。誕生日だから、今夜のメインが肉や魚でなくたって、お父さんも文句は言うまい。

母の考えていることは娘である私にもおよそ想像がつきませんが、もしかすると、そう思ったのかもしれません。

この頃、何かを考えている時、「あ、これ、お母さんだ」と思うことが時々あります。

こうして私も、母になっていくのでしょうか。

35歳の母は、何を考えていたんだろう。

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