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言語習得と文字/タイ語とスペイン語

もう長いことタイに住んでいるのに、タイ文字があまり読めない。
なぜか?それは勉強していないからだ。

というより、あえて勉強しないと決めていた。
文字が読めない国に住んで、どのような過程を辿って文字が読めるようになるのか、どんなストラテジーを使っているのか、自分の身をもって知りたかった。
ひらがなもカタカナも漢字もわからずに日本に来た人の気持ちを知りたかった。
いわば、壮大な人体実験である。

一番はじめに読めるようになったタイ語、それはบาทだ。
いつも乗るバスに「7บาท」「13บาท」と書いてあり、私はそれぞれ7バーツ、13バーツを払っていた。
ああ、なるほど!บาท=バーツね!ここまで気付くのに1週間。
文字の習得は経験やコンテクストと紐づいているのだと体感し、ちょっと感動を覚えた。

その後、学校の名前や普段使うバスの行き先が少しずつ理解できるようになったが、それは文字として1文字ずつ読んでいるわけではなく、文字の形や並びを、意味のあるかたまりとして認識しているだけだ。
โรงเรียนはこの文字の並びを見て「学校」という意味だと認識できるのだが、
例えばโรงだけ書かれても、文字として読むことができない。
漢字熟語を見て、読めないけど、意味はわかるという感覚に近いのかな。

それでも、タイ生活が長くなるにつれ、少しずつ認識できる文字が増えてきた。
読めない文字は、文脈や、前後の文字から推測して読むようにもなった。

なるほど。こうやって人間は文字を覚えていくのね。

それでもやっぱり読めない!

それでもやっぱりタイ語が読めるようにはならない。

まずは例外が多すぎることが挙げられる。
本当に全く文字を勉強していないので、例えすらあげられないのだが、
とにかくタイ文字は例外が多く、一筋縄ではいかないのだそうだ。

それに、タイ語は分かち書きをする言語ではない。
せっかくいくつか読めるようになったのに、単語の区切りがわからないので、文章になるとアウト。

さらに残念なことに、フォントによっては読めていた文字も全く読めなくなってしまう。
ดとค、มとนのように、タイ文字はこの「マル」の位置や向きが似ている文字がとても多く、(老眼の人は読めてるのかな?)フォントによってはこの「マル」がつぶれている。そうなったらもうお手上げだ。

きっと日本に住む外国人もフォントで苦労しているんだろうなぁ、と思う。

字が読めないと語彙が増えない

メキシコに住みはじめた時、町全体がスペイン語の教科書だった。
ケーキ屋の看板にはpastelería 、肉屋の看板にはcarnicería。
読めるし、発音もできる。散歩をするたびに語彙が増えた。
視覚情報がスペイン語の上達に大きく役立っていた。

見てもわからない単語は、辞書を引いた。
当時はスマホもGoogle翻訳もなかった。

大学ではフランス語を取っていたし、若さもあったのだろう。3ヶ月後にはただの音が、急に意味をもって聞こえるようになった。階段を1段ぐんっと登ったような実感があった。
6ヶ月には2段目、9ヶ月には3段目、と1段ずつ登っていく感覚を今でもよく覚えている。今でもタイ語よりスペイン語の方がずっと自由に操れる。

さて、タイ語はどうか。

残念ながら、階段を1段登るような実感はいまだに全くない。それは、語彙が増えないことに大いに原因があると思っている。だって文字が読めないんだもん。
発音もわからないし、辞書も引きようがない。ものすごいストレスだった。
視覚情報は文字が読めてはじめて利用できる。

私のタイ語サバイバルは耳だけが頼りだった。

タイ語は声調があるため、発音によって全く意味が異なる。
学生に笑われたことも一度や二度ではない。

「先生、昼ご飯は何を食べましたか?」
「ガパオを食べました」
学生爆笑ののち
「先生はかばんを食べますか!?」

私の発音は、タイ語で「かばん」だったらしい。
ガパオライスの「ガパオ」とかばんの「ガパオ」は発音が違う。
こんなことは日常茶飯事。

それでも、こうして日々タイ語を使うことで、話すことと聞くことに関しては
坂道をじわじわ登っているような、少しずつ上達している感覚はある。

まだまだ伸び代しかない私のタイ語。
しかし、おそらくこれからもこの人体実験は続く。(いや、勉強しろ!)

読んでくださってありがとうございます!いただいたサポートは、ありがたく使わせていただきます。100円=約30バーツ。学校の食堂で昼ごはんが食べられます。ありがとうございます。コップクンカー。