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名前を覚えられない僕ができるリスペクトの方法について。

 僕は人の名前を覚えるのが苦手だ。
 けれど、この一文は正確ではない。
 基本的に僕の人生の中に、これは得意だなと思うことはない。
 おそらく、これが正しい。そして、苦手だったものが日々の意識でマシになったことと、今も苦手なこと、より一層苦手になったことに分かれていった。
 振り返れば、そんな感触がある。

 その中で人の名前を覚えることについては、というか地名などを含む名称を覚えることは、苦手すぎて諦めてしまった部類に入る。
 僕は名称を覚えずに今後の人生をやっていきたい。もちろん、そんなことはできないだろうけれど、願いとしては本気でそう思っている。
 そんな僕だけど、人付き合いは悪くない。

 先日、定年を迎えた会社の方をねぎらう会が催された。会議室で軽食と飲み物を並べた簡単な立食パーティーとのことだった。僕はその方と面識があるのも怪しい間柄ではあったが、普段関わらない部署の方々も来るらしい。と聞き参加を決めた。参加費も無料だったのも大きかった。
 今の会社に勤めて五年弱。関わる部署の方も増えてきたし、異動していった上司も何人かいる。個人的にパーティーよりも、そこに参加される顔ぶれに懐かしい人がいないかな、という思いが強くあった。

 この時点で僕が所属する部署の人は誰も行かないとのことだった。付き合いの悪い人たちである。なので、同じオフィスで働く部署で顔見知りの人を見つけて、一緒に会場へ向かった。
 パーティに集まった人数は四〇から五〇人ほどだった。なかなかのパーティーだ。
 会議室を借りておこなうということだったので、食事はお菓子系がある程度かなと思ったが、イタリアンの前菜が一口サイズで並んでいた。これがどれを食べても美味しかった。

 そして、懐かしい人はいないかと会場をぐるりと見渡して、一人見つけた。僕が入社した時に研修をしてくれた方だった。同期たちと研修が終わった時におこなった飲み会にも顔を出してくれて、数ヶ月で僕が別の部署に異動となった時も「君はあんまり調子に乗らずにね」と快く送り出してくれた。
 そんな大変、お世話になった大好きな上司。
 なのに、僕はこの上司の名前が思い出せなかった。驚きだ。と同時に僕は自分にうんざりした。さすがに覚えておけよ、と。

 あれ、えーっと、あの、うーん。と頭の中で考えてみたが、思い出せる気配が一つもない。仕方なく上司の前をふらーっと通ってみて、これで向こうが僕のことを覚えていなければ、罪の重さは同じくらい、と思考回路を働かせた。が、上司は僕に一発で気づき、「◯◯くん」とご丁寧に名前まで呼んでくれた。
 嬉しかった。けど、泣きたかった。
 今この時、罪人は名前を覚えていない僕だけだった。

 思い出話に花を咲かせながら、僕はどうやって名前を聞き出すかを考えた。
「あ、じゃあ、この再会を祝して今度、飲みにいきましょうよ。LINE交換しません?」
「あー、やめてください。個人的な連絡は会社のアプリからで〜」
 冗談だと思われた。そういえば、元々人見知りで、うぇーいをするタイプじゃないと言っていた気がする。軽いノリはダメか。
 LINEを交換すれば名前を確認できただろうに。
 という攻防の果てに、上司が部下を僕に紹介していただく中で、上司の名前が出てきて確認することができた。その後から、僕はうるさいくらい上司の名前を呼んだ。
 絶対、上司は「あ、こいつワシの名前、忘れてたな」と思ったことだろう。
 本当にごめんなさい。

 最後に、再会した上司は白髪が増え、ヒゲを生やしていた。
 これが大変似合っていた。僕も数年後、白髪が増えたらヒゲを伸ばすことを検討しても良いかも知れない。その時は上司をリスペクトしてやった、と公言したい。それが罪滅ぼしになるとは思えないけれど。

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