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子供の頃の思い出

小さい頃に親の仕事の都合で3年間、ブラジルのサンパウロ市に住んでいた。
7~9歳だったのでもはや記憶も忘却の彼方だが、今思うとサンパウロの中心、結構な街中に住んでいた。
と言っても、当時のサンパウロと言えば、メキシコシティと並ぶほどの世界有数の治安の悪さで、日本人の子供が一人で出歩こうものなら、誘拐され身代金を要求される。(結構マジ)

その為、街中に住んでいた~と言ってもマンションの外には一人では出られず、家の周辺でさえあまり土地勘がない。
家の目の前の道ですら、100mも一人で歩いた事は無い。必ず親と同行していた。
学校も家の前から日本人学校のスクールバスで片道1時間かけ通っていた。
さて、そんな海外生活を過ごすとどうなるか?
それはもう、ひたすら家でゲームである。
当時はPLAYSTATIONが出る前、スーパーファミコン全盛で、クロノトリガーやロマンシング・サガ、ファイナルファンタジーⅥと今思うと名作には困らない。
また、ポケットモンスターも日本での爆発的なヒットから遅れて、地球の反対側のブラジルにもやってきた。
1台しかないゲームボーイポケットを年子の弟とシェアしながら、全クリしたものだった。
ただゲームボーイポケットには電池を消費するという、子供的には致命的なリスクがあった。
ゲームボーイポケットには電池ランプがあり、電池がなくなりそうになると、ランプが点滅し始め、やがて画面が消える。
単4電池でどれくらい持つかはわからないが、自分で電池を買いにいけない身分なので、当時は電池がとても貴重だった。

そんな記憶をつい最近思い出した。
今思うと、大変貴重な体験をさせてくれた親に感謝だが、
当時の自分はただただミニ四駆を日本から取り寄せてくれない両親に腹を立てていたのだった。

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