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Vol.11 太陽【毎年5月31日、私は決まっておすしを食べている。】

20歳まで生きれないと言われた兄にまつわる数々のストーリ。幼少期から順に連載しています。毎週土曜日更新中。​

Vol.10 インドはこちら

ゴミゼロの日

応急処置の手術をしてから約2年。あの手術は本当に必要だったのかと疑問さえも消えた頃、兄の容体は急変した。それでも、いくつもの危機を乗り越えてきた彼だから、当然また過去の武勇伝のひとつになるだろうと信じていた。

母とわたしが泊まり込みの看病を始めてからもう10日が経とうとしている。

ゴミゼロの日。それは付き合っていた彼氏の誕生日で、友人達とみんなで、お気に入りのインディーズバンドのライブに行くはずだった。

「お誕生日おめでとう。」
「ありがとう。そっちはどう?」
「うん、あまり良くない...。一緒にお祝いできなくてごめん。でも、ライブ楽しんできて。みんなにもよろしくね。」
「そっか...。今も病院?」
「うん。今日もここに泊まる。」
「少しだけ会える?駐車場に行くから。」
「こっちに構わずライブ行ってきて!」
「病院着いたらまた電話するから。来れたら駐車場で待ってるよ。」
「うん....わかった。じゃあ、またあとで。」

彼氏が就職先の横浜から会いに来てくれたその夜、千葉で暮らしていた姉も病室に現れた。

「ただいまー!」

静まりかえった個室には完全に不釣り合いな姉の声。彼女の眩しい笑顔とエネルギーは、シリアスな空気を一気に吹き消してくれた。

メールでは伝えていても、姉も到着してやっとことの重大さに気づいたようだった。わたしも離れて生活していたら、「いつものことだ」と高を括っていたと思う。

わたしの姉

石橋を叩いて渡るわたしと正反対の姉は、やりたいことに猪突猛進するタイプ。152cmと小柄な体格では諦める人も多いスポーツの道も、持ち前の根性で大学まで駆け上がった。在学中も気がつくとアメリカへ、ある時はカナダにスノボ留学まで行ってしまった。就職後はラクロスに魅了され、毎月ちびっこラクロス教室を開いている。家族でさえ彼女が何を目指しているのかわからないけれど、いつも後先考えずにやりたい道へと突き進む。最近では、里帰り出産中に父の家庭菜園に感化され、突然脱サラしてイチゴ農家に転身してしまった。そんな姉の性格を羨ましいと思うこともあった。

こうして並べると自由奔放な人間に見える姉だが、一方では幼い頃から人一倍わたしの面倒もみてくれた。

嵐の日

話は遡ってわたしがまだ小学校一年生の頃。今でも忘れない嵐の日。母は兄の面会に行き、姉とわたしは家でふたりきり。遠くに見えていた雷の光と音がだんだん近づいてきた。外を見ると、目の前の材木置き場には絵に描いたようなジグザグの稲妻がはっきりと見えた。眩しい光と雷音もほぼ同時。真っ暗にして潜んでいたわたし達の部屋は完全に雷に包囲され、今にも落とすぞと脅されていた。

ゴロゴロゴロゴロ、ドッシャーン!聞いたこともない地響きと共に、遂に我が家に雷が落ちた。わたしはもう我慢の限界だった。泣きじゃくり、一刻も早くどこか安全な場所に逃げたかった。携帯電話もポケベルもない時代、病院にいる母へわたしの声は届かない。姉は黒電話で第二の母の番号を回し始めた。

「おばちゃん、助けて!迎えに来て!」

受話器越しに援護射撃でただただ泣きじゃくるわたし。

「おばちゃんも迎えに行きたいけれど、生憎今日は車がないの...。でも、もう少し頑張って待ってて。必ず迎えに行くから!」

しばらくして、第二、第三の母の連携プレーでわたし達は無事に保護された。それまでわたしをなだめていた姉は、おばちゃんの顔を見るなりわたし以上に泣きじゃくった。溜めに溜めた涙が一気に噴き出たようだった。

以来わたしは小学校高学年まで、雷がこの世で一番恐ろしいものになった。遠くでピカピカ光る空を見つけようものなら、襲ってくる前に寝てしまうという術も覚えた。気持ち良く寝ているうちに、雷の襲来をやり過ごすのだ。

家族の太陽

わたしが就職後に都内で一人暮らしをしてからは、姉が家に入り浸るようになり、しまいにはふたりでシェア生活を始めた。朝には素敵女子的なお弁当まで持たせてくれる時も度々あった。毎週水曜か金曜にはふたりでお疲れさま会を楽しんだ。会社帰りに駅近の安い焼鳥屋で集合する。安い割には美味しくて、焼酎も並々注いでくれる店がふたりのお気に入りだった。そこでたらふく飲み、帰りにコンビニで二次会用のスイーツとお酒を買って家に着く。決まって最後にはふたりとも寝落ちしてしまうのだけれど、翌朝には身に覚えのないテーブルの残骸を見て後悔するのだった。


そんな面倒見の良い姉だけれど、大学生活はわたし以上に自分の時間を満喫していた。久しぶりに家族の現実に引き戻され、彼女は少なからず罪悪感を抱いている様だった。

「家に居なくてごめん。」

そんなことはない。外にいたからこそ場違いな程に明るく現れてくれた姉は、わたしたちには眩しい太陽に見えた。それまでの空気にリセットボタンを押して、また頑張れると思わせてくれた。

姉は家族の中でそんな役割を果たしてくれる太陽みたいな存在なのだ。

Vol.12 旅立ち

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