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香りと記憶の断片

オリーブオイルでガーリックを炒めたときの香り。
私の中でそれはある記憶と結びついている。

20代最初の頃、少しだけイタリアのフィレンツェに住んでいた。
確かエレベーターの無いアパートの4階だったかと思う。
私の部屋は陽あたりのいい白い部屋で、
キッチンとバスルームが共有。
そこをイスラエル人の女性とシェアしていた。
彼女はオペラを学びに、私はジュエリーを学びに来ていた。
初めての独り暮らし、しかも海外。
インターネットも家庭には普及していなかった頃。
レシピもなく、私は料理が苦手だった。

近くにコープがあった。
とりあえずパスタとソースは豊富に売っている。
野菜は食べ方がわからないものもある。
チーズとワインはそれこそ星の数ほど。
精肉売り場には皮を剥かれたうさぎが並んでいる。
見慣れた野菜と食べたことのないチーズ、
魚と肉はどんなものを買っていたっけ。
ワインと水を買って階段を4階まで上る。

ワインはそれまで甘口しか飲めなかったが、
ここにきてトスカーナの赤ワインを飲んでいるうちに
それに慣れていつしか好きになった。
紙パックに入ったテーブルワインでもそこそこ美味しい。
物によっては水より安い。

水は極端な硬水。
シャワーを浴びれば髪はばさばさ。
紅茶を入れようものなら真っ黒。
また建物が古いからか暑いときはカルキ臭もする。
飲めなくはないが、飲用には炭酸水を買っていた。

冷蔵庫は小さく、掃除をした際にプラグが抜けた事に気づかず
帰ってきたときにはカボチャにふーわふーわとカビが生えていた。

学校の合間に近くのインディアンレストランでカレーを買えば
米の長さが2cmほどもあって驚いた。
イタリア人は電子レンジが嫌いなので、使っているのは
中華料理店だけ、なんて噂も。
だから学校近くのカフェでサンドイッチを買っても
温め方はもちろんトースター。
時間はかかるが、外がぱりっとしたパニーニは美味しい。
そこのホットチョコレートはとろっと濃くて美味しかったが、
5年後に機会あって訪れた時は無くなっていた。

メイン通りのジェラートのお店では学生割引があったり、
別のお店には米の入ったジェラートがあって、
食感がよく、たまに行くときはそれを選んでいた。

友人に教えてもらったパニーニ専門店の
人気メニューはサルシッチャクルド。
つまり豚肉ソーセージの生。
今思うと生ハムユッケのような感じだったのだろうか。
すごく美味しかったことを覚えている。
お腹は壊していない。

そんな記憶ばかりで、家で何を食べていたのかあまり記憶がない。
町中で配られている新聞についていたマクドナルドのクーポンで
ビックマックを一つ買うと一つ無料だったのを
たまに持って帰っていた。

とある日曜の昼前、階下からガーリックを炒めた香りが漂ってきた。
調理器具のガチャガチャという音。
子供の声。
きっと家族の昼食を作っているのだろう。
ペペロンチーノかな?チキンソテーかな?
イタリア料理はふんだんにガーリックを使うので、
可能性は無限大だが、勝手に想像を膨らませた。

ルームメイトとはそんなに親しくなかったので
基本的にはいつも一人で食事をしていた。

家族と食べるご飯かぁ。いいなぁ。
何気ない日曜に家族と食事を共にするということ。
それぞれに色々浮き沈みあるだろうけど
一つの瞬間を共有するということ。
それはきっと幸せな食卓であるということ。

そんなことをぼーっと思いながら、窓から外の世界に思いを馳せていた。

ガーリックの香りは未だに
想像していた幸せな食卓の様子を、
それが漂ってきた明るい窓を思い出させる。

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