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溶けていく境界線、消えていく自我

怖いもの知らずの娘は気になったものに勢いよく手を伸ばす。知りすぎた大人たちが到底手を伸ばせないものにも躊躇なく手を伸ばす。いったい何が良くて、何が悪いのか。いったい何が安全で、何が危険なのか。娘は私が今まで当たり前だと思っていたことをグラグラと揺さぶりながら颯爽と超えていく。自分自身で勝手に引いてきた境界線が溶けていく。

 そしてもうひとつ、娘が生まれてから自分のことをほとんど考えなくなったことに気づいた。今までは当然のように自分のことを考えて毎日を生きていた。自分の食べる物、自分の着る物、自分の仕事、自分の将来…と自分のことが頭の大半を占めていたのに、それが娘の食べる物、娘の着る物、娘の遊び、娘の未来…と娘のことばかり考えて過ごすようになった。自分のことまで気がまわらなくて大変というより、意外にも自分のことを考えないで生きることができるのはむしろ心地よいことで驚いた。自分のことについての思考が消えてくれると気分はなんだか清々しい。

 自分が勝手に決めてきたルールも、自分について一生懸命に考えてきた時間も、娘が生まれてからどうでもよいものだったのだとわかった。娘が生まれることが、まさか自分も生まれ直すことだなんて思いもしなかった。そしてそれがこんなにも毎日を瑞々しいものにしてくれるなんて思ってもみなかった。


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