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烽火書房さんと絵本の紙について考えてみた。1

もし今「1冊の本を思い浮かべてください」と言われたら、どんな本を思い浮かべますか?

また、その本の表紙はどんな色、触り心地ですか?本文の紙は真っ白?それとも少しクリームがかった色でしょうか?ページのめくりやすさはどうでしょうか?

名称未設定のデザイン (11)

きっと、頭の中に思い浮かんだ本は一人ひとり違うと思います。(私の場合は岩波文庫の小説でした。)

タイトルが違えばデザインや用紙が異なり、それぞれが違うたたずまいを見せてくれるのが紙の本の面白いところ。特に紙は白さがほんの少し違うだけでも全然違う印象になるのですが、あくまでも自らは主張しない縁の下の力持ちのような存在です。

普段、本を手に取っても紙の存在を強く意識することはあまりないのではないでしょうか。でも、その「縁の下の力持ち」に着目してみると、案外奥が深くて面白かったりするのです…!

実は今回、出版社・烽火書房の嶋田翔伍さんと、一緒に本づくりをさせてもらうことになりました。私は用紙の提案をさせていただき、さらに1冊の本ができるまでの用紙決定~完成までをこのnoteで公開していきます。

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hoka booksの店内と作業する嶋田さん。hoka booksとは、嶋田さんとフリーの編集者・西尾圭悟さんが共同で経営されている書店です。店内は独自の目線で選書された、粋な書籍がずらり。

烽火書房さんは、紙に関する面白い本を出版されています。その名も、『世界の紙を巡る旅』。クラウドファンディングも行われていたので、もしかしたら支援された方もいらっしゃるかもしれませんね。

作者は、303日間かけて15ヵ国の紙工房と印刷所を訪ね歩いた、浪江由唯(kami/)さん。その旅の記録をまとめた本なのですが、造本がすごい…!
表紙はネパールのロクタペーパーの特注品、本文用紙はなんと11種類も使用されています。
『世界の紙を巡る旅』については普及版制作のプロジェクトも進んでいるのですが、その話はまた別の機会に譲って。

今回制作する本は、嶋田さん自ら作者として出版される絵本です。
私はペーパーアドバイザー兼ライターとして参加します。出版社とペーパーアドバイザーが組んで、なおかつ制作までの過程を記事にして公開するというのは、新しい取り組みではないでしょうか?

出版不況、ペーパーレス化、減っていく書店…。
紙の本を取り巻く環境が厳しくなって久しいですが、それでもなくならないし、まだまだ面白いアプローチができるのが紙の本だと思うのです。
今回は私たちなりの新しいアプローチを、お届けします。


1.初回打ち合わせ

初回打ち合わせでは、嶋田さんから刊行予定の絵本の内容と、デザインの方向性をお伺いしました。

『海底食堂おおなみ』
あらすじ:深い深い海の中、人間と同じように暮らしている海の生き物たち。タコの足立くんは海の中の定食屋さん「おおなみ」の看板娘、イカの白ちゃんと話したいばかりにご飯のおかわりを続けていますが、白ちゃんはいつもおかわりをさせて申し訳ないと感じています。すれ違う2人の思いは…。

ラフ案を見せていただきましたが、とっても可愛らしいお話でした。そして絵のタッチは水彩風。絵のタッチは紙を提案するのに重要なヒントになります。

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イラストレーターibohashiさんによるイラスト。


続いて、仕様です。

仕様
・スクラム製本
・カバーなし、表紙あり
・見返しなし
・表紙と本文の紙を変えたい
・表紙、本文ともに4色印刷

スクラム製本とは、針金や糊を使わず、2つ折りの用紙を順番に折り重ねて冊子にする製本です。新聞紙と同じ製本方法ですね。

実はこのスクラム製本、ある工夫をするだけでとてもおしゃれになるんです!

そのある工夫が施された、スクラム製本の冊子がこちら。

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通常は小口(写真の右側、ページを開く部分)を断裁して揃えますが、あえてそのままにされています。

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中の用紙が少しずつはみ出してラフな雰囲気に。この本は1枚1枚違う紙が挟み込まれているので、より効果的ですね。
また、紐でまとめておくことでバラバラになりにくい&紐の種類で印象を変えることができます。

今回はこちらのバージョンのスクラム製本で進めたいとのことでした。

さらに、デザインの方向性をお聞きし、最適な紙を考えていきます。

デザインの方向性
・大人が楽しめる絵本
・コミカルさとアートっぽさの両立をしたい
・品ぞろえが面白い、独立系の書店で置かれる本にしたい

さきほどのスクラム製本を選ばれたのも、大人向けの絵本ということで、コレクションしたくなる造本を目指すからこそ。紙も、独立系の書店に通うような愛好家の人々に刺さる選択をする必要があると感じました。


2.打ち合わせ中に話に出た紙

用紙を提案するときは、主に下記のような点を考慮します。

・印刷再現性をどこまで求めるか
・色(白の場合、真っ白?クリームがかった白?最適な白を考えます)
・風合い(手触り)は必要か
・コスト

先ほど触れた絵のタッチは、「印刷再現性をどこまで求めるか」に関係しています。
例えば、アンディ・ウォーホルのようなPOPな色使いなら、印刷にグロス感が出た方がいいですよね。いわさきちひろのようなタッチだったら、インキが少し沈んだ方が優しい雰囲気が出るかもしれません。前者の場合は塗工紙、後者の場合は非塗工紙を選びます。

塗工紙・非塗工紙については以前の記事で少し説明していますので、興味ある方は読んでいただけると幸いです!


はじめに本文用紙から打ち合わせしました。まずは定番の用紙を使うべきか考えます。定番の紙とは、b7トラネクスト微塗工で印刷がキレイに仕上がりますし、コスト面でも優秀で幅広い書籍に使われています。

b7トラネクスト…図録や写真集などにも使われる嵩高の微塗工紙。

しかし、烽火書房さんではb7トラネクストを多用されていて、今回は違う紙でアプローチしたいとのこと。
確かに、定番で人気の紙は使いやすいですが、個性が出ないというデメリットがありますね。今回のように独立系の書店に置かれるような本を目指すなら、一味違った紙の方がよさそうです。

次にご提案したのがHS画王ダイヤバルキー

HS画王…ややラフな風合いで画用紙のような手触り。非塗工紙。
ダイヤバルキー…メーカーが絵本本文に最適と謳っている紙。非塗工紙。

今回の絵本は水彩タッチ。物語もとても可愛らしい内容です。塗工紙でグロス感を求めるよりも、非塗工紙を使った方がアートっぽさも出ますし、絵本の持つ温かみや優しさを最大限引き出せるように思いました。

さらに、コストが許せばアラベールもいいのではないかというお話をしました。非塗工紙で手触りがよく、高級感があります。このnoteでも何回も話に出していますが、良い紙なのでついつい提案してしまう紙なのです。

続いては表紙。
『海底食堂おおなみ』は海の中のお話です。海と言えば波。モデラトーンGAはフェルトマークという技法で模様がつけられており、その表情は波を思わせます。触感でも波を表現でき、読者の想像力をかきたてられるのではと考えました。

モデラトーンGA…フェルトマークで模様がつけられた紙。マーメイドに似ていますが、マーメイドよりも風合いがおだやかで、お値段もお手頃。

他にも見本帳を見ながら様々な紙を検討していきます。いったん持ち帰り、改めてご提案するということで初回打ち合わせは終了しました。


3.リサーチ後、再提案

打ち合わせ終了後、改めてリサーチし、提案用紙をまとめます。
図書館や本屋に行って色々な絵本を観察しましたが、やはり子ども向けということもあり、あまり凝った造本はみられず。でも塗工紙・非塗工紙の使い分けはされていて、いずれ別の機会に調査してまとめてみたい…(絵と塗工紙・非塗工紙の相関関係とか面白そうじゃないですか!?)

逆に自分の本棚を眺めていて、1冊の写真集からヒントを得ました。

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トレーシングペーパーの帯です。透明=水のイメージがパッと浮かびました。写真のトレーシングペーパーは青いですが、白ならより表紙の絵が透けて涼やかになりそうです。もしトレーシングペーパーのカバーもしくは帯を巻くなら、表紙と本文は同じ紙でも良いなと。
ただ、トレーシングペーパーは傷つきやすく、折りにも強くないので、スクラム製本に適しているかは微妙な点がネックです。

最終、トレーシングペーパー案も含めて3つの組み合わせをご提案。嶋田さんの方で今回、印刷を担当くださる藤原印刷さんへ束見本を発注していただきました。
本づくりにおいて、早い段階にも関わらず、3種類も束見本を作ってくださった藤原印刷さんには本当に感謝です!この束見本を起点に、プロジェクトを加速させます。


4.2回目の打ち合わせ

2回目の打ち合わせは束見本を手に取りながら進めていきました。
下記の写真が提案した3種類の紙を使った束見本なのですが…写真だと違いがわかりにくい…!!実際はそれぞれ結構違うんですよ。。

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左から
①表紙:スノーブル-FS×本文:HS画王
②表紙:ダイヤバルキー×本文:ダイヤバルキー
③表紙:モデラトーンGA×本文:モンテシオン

です。②にトレーシングペーパーの帯をかけるご提案をしていましたが、仕様と予算の都合上、今回は断念することに。
トレーシングペーパー、可愛いんですけどねぇ…やはりお高い。


それでは、それぞれのアップ写真と簡単な説明を。

①表紙:スノーブル-FS×本文:HS画王

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実は以前、表紙:スノーブル-FS・本文:HS画王の冊子制作に携わったことがあり、相性がいいなと感じていたので提案しました。スノーブル-FSは表面が微塗工なので印刷の発色がよく、店頭に並んだときに非塗工紙よりも印象に残りやすくしたいという狙いもあります。
ややHS画王の方がきなりなので、スクラム製本のはみ出た部分も目立って良いですね。

スノーブル-FS…雪のように白く、ふわっとした質感が特徴のパッケージ用紙。パッケージ以外にも書籍やカードなど幅広く使えるコスパの良い紙。


②表紙:ダイヤバルキー×本文:ダイヤバルキー

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ツルツルしすぎず、ざらざらしすぎない。ちょうどいい質感のダイヤバルキー。ただし表紙と本文が同じ紙だと、個性が足りない感じも。トレーシングペーパーを巻くならアリだと思います。


③表紙:モデラトーンGA×本文:モンテシオン

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中質紙なので日焼けが起きやすいというデメリットもあるモンテシオンですが、軽さと手触りの良さはとても魅力的。ファッション用語で言うなら「抜け感のある」感じが演出できます。

モンテシオン…ラフな風合いが人気の嵩高中質紙。微塗工。

今回は大人向けの絵本ということで、長期保存よりも紙自体の人を引き付ける力を優先してもいいと判断し、選びました。
モンテシオンはどちらかというときなりっぽい色のため、真っ白のスノーブルよりはクリームがかった白もラインナップされいてるモデラトーンGAとの組み合わせをチョイス。
ちなみに、持ってみると3種類の中で一番軽かったです。


3つを比較し、色々と話し合った結果…。

①スノーブル-FS×HS画王で進めることに!

今回は表紙と本文を別の紙にしたいこと、HS画王のほどよいラフ感が一番絵と内容のイメージに合うことから、この組み合わせに決定しました。

ちなみに、たまたま嶋田さんがお持ちだったお菓子のパッケージの紐をつけてみたのですが…

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ただの紙と紐なのに…可愛さを感じるのは私だけでしょうか(笑)。
イメージが膨らみ、完成が楽しみになりました!

今後は絵本の内容を詰めて、いよいよ印刷へと入っていきます。実際に本ができあがるのは年明けの予定です。
束見本の段階では紙が主役ですが、印刷されると味のある脇役に大変身します。その変身具合も次回のnoteで伝えられたらなと思います。


最後に1つ。嶋田さんのご紹介のところで少し触れましたが、共同経営されているhoka booksさんはとても素敵な本屋さんですので、関西近郊にお住いの方はぜひ一度行ってみてくださいね。京都・大宮の路地の一角にある町屋です。2階では定期的にイベントも開催されていますよ。


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