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8月3日は八丁味噌の日

愛知県が誇る発酵食品のひとつ「八丁味噌」。「八丁味噌」の名前は、そもそも、岡崎城(岡崎市)から西に八丁(約870m)の距離にある八丁村(現八帖町)で作られたことから。

・原材料は大豆と塩のみ
・温度管理されていない状態(天然醸造)で二夏二冬を過ごす
・「石積み職人」という専門の職人さんがいるほど、積むのが難しい石の重石
・大きなこぶし大の麹
・6トンもの味噌がはいる大きな木桶に3トンの石が積まれる  など

伝統製法でつくられた八丁味噌は合資会社八丁味噌(カクキュー)と株式会社まるや八丁味噌の2社しかない。

元祖2社が「八丁味噌」と名乗れなくなる?!

農林水産省が定めた「地理的表示法(GI制度)」。

「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)は、特定の産地と品質等の面で結び付きのある農林水産物・食品等の産品の名称(地理的表示)を知的財産として保護し、もって、生産業者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図ることを目的としています。(農水省webサイト

「地域の財産の保護」をし、正統な日本ブランドの輸出拡大を狙う制度のはずが、岡崎2社が「八丁味噌」を名乗れなくなる状態になってしまっている。

まるや、カクキューが所属する八丁味噌協同組合と、愛知県内で「八丁味噌」を名乗る商品を出しているナカモ、佐藤醸造、中利、盛田、野田味噌商店、イチビキの計6社の味噌屋が所属する味噌溜醤油工業協同組合。

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八丁味噌協同組合webサイトより)

要は、この2つの組合がどちらも「まっとうな八丁味噌だ」と主張しあっていたところ、GI制度で承認されたのが、味噌溜醤油工業組合が定める八丁味噌である、ということ。

岡崎2社が「八丁味噌を名乗れなくなる」というのは、正確には正しくはなくて、岡崎2社が味噌溜醤油工業組合に入り、「製造の違いはあれど、これも八丁味噌である」と認めれば、自社商品もこれまで通り「八丁味噌」と名乗って販売できるようだ。

600年続いてきた作り方とは違った作り方を認めれば。

発酵の仕事をしていて、岡崎2社の主張は聞いたことがあるけれど、他の蔵の主張を聞いたことがなかったので聞いてみたいと思ったら、取材記事がこちらにあった。

国と味噌溜醤油工業協同組合の主張は、

「岡崎の八丁味噌の作り方とは大きく作り方違っていても、科学的に調べたら大差ないから、変わらないよね。」
「100年前から岡崎2社以外も『八丁味噌』って言って販売してるんだから、岡崎だけじゃないじゃん。」
「伝統製法って言ったって、大豆を蒸す時に人力で蒸しているわけではなく、機械の窯で蒸すようになっているんだから、どこからが伝統製法なんていえなくない?」

など(他にも色々)。

ナルホドね。

八丁みそ・三州みそ・名古屋みそ・尾張みそ

先日、昭和57年に書かれた「ふるさと・日本の味~信州東海味覚の旅~/集英社」という本の中に、

愛知県は古くから豆味噌の産地だ。八丁みそ・三州みそ・尾張みそ・名古屋みそなど、それぞれの土地の名前がついている。

という一文を見つけた。それぞれの地名がつくくらい、多様な味噌文化を持つ愛知県。

すでに、安政四年(1857年)に江戸役人が書いた「三河みやげ」という書物には「八丁味噌」の記載がされていて、東海道のお土産品として人気だったようだ。

100年前に岡崎以外のメーカーが「八丁味噌」をうたった商品を出したのは、「岡崎以外でも八丁味噌文化を残していきたい」と、作り方を学んでできる範囲で再現しようとしていたのかもしれない。単に、商売っ気で、ブランドに乗っかりたかったのかもしれない。そこは私はわからない。

尾張vs三河

その昔、愛知県は尾張と三河に国がわかれていた。方言や文化も違うらしい(私は愛知出身じゃないのでその感覚はわからないけれど)。

名古屋(尾張)出身の人からしたら、「なんで三河のブランドに乗っからなかんのだ。俺らは尾張だ!」ってならないのかな。

「わざわざ、こんなややこしい問題を発生させている八丁味噌ブランドに乗っからなくても、名古屋味噌ブランド・尾張みそブランドを世界に広げていけばいいじゃん」って思っちゃう。

三河には負けねーぞ!俺らの尾張みそはこんなにすごいんだぞ!!

って、切磋琢磨する方がカッコイイと思う。

まるやさん・カクキューさんでは署名運動もしています。ご賛同される方はこちらからダウンロードしてください。


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