見出し画像

悲しい兎(短歌50首)

人住めぬ暑さ寒さの惑星に数夥し墓標は立てり

吹き荒ぶ日の陰りたる砂嵐卒塔婆のごとくビル立ちませり

人影のなき丘の上街眺め滅びの星に祈る石像

東京やソウルや北京NYパリやベルリン祈りの遺跡

死せる人巨きく高きクレーター縁より望む遠き山脈

青々と澄みたる空の真中より落ちたる光世界煌めく

巨き石天より落ちし輝きは世界隅々明々照らす

文明も科学も燃ゆる花の園悲喜交々の地の球が咲く

滅びの日激しく熱き火は満ちてエデンの園の知恵の実は落つ

いかづちや鳴神しげき空のもと暗闇照らす火雨は注がん

火は消えて人も消えたる惑星に青空求め草木は芽吹く

街々や山河の上巡り来てゆらゆら燃ゆる思い出と月

ガーゴイル月照る屋根に腰掛けて無音の街に鐘の音を聴く

モノクロの花一房を真夜中の孤独な月の曼荼羅に投ぐ

降る月のエーテル浮かぶ蓮池の記憶を留む月のエーテル

引きて寄す波間にあれし泡たちの抱きし恋を悼む短剣

水底に沈む人らの見る月は悲しきまでに輝く魚

月の照る廃墟エーテル満ち満ちて亡霊たちの騒めき聞こゆ

亡き人は月の挽歌に青く燃え手を合わせたる光の廃墟

ひとつづつ幻燈のよに浮かびたる地の幻に音もなく泣く

夢の火を束ねたるごと月照らし銀河の駅に亡者は集う

いずくとも知れぬ高みの方位より銀河鉄道輝き来たる

乗車する人ら或いは乗らぬ人各々を待つ時の歯車

駅弁を買い忘れた!と窓みれば次元異なる駅舎の伽藍

妄念の真暗き地球のエーテルを光速超えてそら飛び出した

「本日はご乗車まことにありがとうございます。」とう車掌は兎

月の駅手向けられたる花束に我等兎か眼を赤くせり

「もう戻ることもないのだ」独り言つ光の旅路死者は悟りき

黄泉の車窓見渡す限り群青といづこも同じ星の火明かり

「死せる時、また生まれる」と厳かに兎らは聴く月の神託

幻のごとく神さび鎮まれる兎おろがむ月読の宮

月の駅発車のベルに人々の姿は消えて寂しき兎

押しのごい落つる涙はキラと散る地球の昇り兎らは見る

月兎青き涙は音もなくこの地の球に照り映えて落つ

思い出は悲しく浮かびまた消ゆる刹那喜ぶマッチのごとく

蓮池に月柔らかに注ぎたり菩薩姿に微か風吹く

水の底見上ぐ蟹らの苦海とは光の柱立ちます斎庭

満月に此方彼方の岸融けて言祝ぎを待つ潮騒の街

蒼ざめて車月夜を駆け抜ける空に広げてサーカスの幕

射干玉の夜は果て無くそこひなくただ寒空に指を絡める

スーパーのビニール袋横置きて林檎を齧る月の屋上

月の街密林を行く虎のごと猫は小径の奥に消えたり

猫の背に跨り旅に出た小人月の野原に草笛を吹く

月の雲偽りと愛染め上げる千の岬の風車は回る

何かまた求めて月を見上げたりドアと鍵とを探すデラシネ

雁たちの南へ向かう夜の旅自己慰撫を捨て月光纏う

人々の滅びし涙携えて今宵も空を巡る月読

月は見るゆらゆら揺れる青き火の地の球の見し夢も希望も

地の人に与う情けの過ぎたるか己が心に新月は問う

人類の生まれと滅び見守りし月は己を今照らしたり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?