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ART & ESSAY《2》|熊谷めぐみ & 横井まい子|記憶の引き出し

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Text|熊谷めぐみ

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Dickens_Art&Essay2_あらすじ

 クリスマスを祝う人々であふれるロンドン。だが、人間嫌いで強欲なスクルージにとってクリスマスはくだらないものでしかない。あるクリスマス・イブの夜、スクルージの前に七年前に死んだはずの相棒マーレイの亡霊が現れる。そしてマーレイの予告通り、過去・現在・未来の三人のクリスマスの精霊がスクルージのもとを訪れる。

Dickens_Art&Essay2_小説案内

 クリスマス、それは奇跡が起こる季節。クリスマスを毛嫌いするスクルージにも、ある奇跡が忍び寄っていた。

 スクルージを知る誰もが、彼のことを心の冷たいケチな老人だと評する。まるでスクルージが生まれた時からずっとそうであったように。唯一、甥のフレッドだけが、彼のことを気にかけているに過ぎない。

 しかし、スクルージにも、子供時代が、若かりし頃があったのだ。
 人々は、まさかスクルージに無垢な少年時代や、恋の輝きに彩られた青春があったことなど想像もしない。いや、スクルージですら、忘れてしまっているのだ。少なくともそんな記憶を掘り起こすような、何の儲けにもならない、愚かな真似をすることはない。

 しかし、マーレイはそれを許さなかった。鎖に繋がれた姿で、苦しみながらも、大事なことを伝えようとスクルージの前に現れたのだ。そして、三人の精霊がやって来ることを告げる。

 半信半疑のスクルージのもとに、最初に訪れたのは「過去」のクリスマスの精霊だった。

「あなたは誰です、何者なんだ?」スクルージは詰め寄った。
「私は過去のクリスマスの精霊だ」
「遥か昔の?」小人のような精霊の姿を見つめて、スクルージは尋ねた。
「違う。おまえの過去だ」

 精霊はスクルージに、次々に過去の記憶を見せつける。
 孤独な少年時代、優しかった今は亡き妹ファン、あたたかく愉快な雇用主のフェジウィグ、かつて愛した恋人、金に目がくらんで手放した幸せ、そして、自分が手放した幸せがいかに素晴らしいものだったかを。忘れていた、忘れようとしていた過去を突き付けられたスクルージは、苦しみ、後悔する。

 だが、それに続いて現在のクリスマスの精霊と未来のクリスマスの精霊が見せた光景を目にしたスクルージは、後悔するだけでなく、生まれ変わりたいと心から願う。自分のためだけでなく、人のために。もう一度チャンスを得たいと願う。

 そして、スクルージの願いは果たされる。目覚めたスクルージは、クリスマスを逃さずに済んだことを知り歓喜する。

 奇跡が起きても、スクルージは決して若返ったりはしない。今のスクルージで十分なのだ。彼には、まだ現在も未来もある。若返る必要なんてない。年老いたスクルージにも奇跡を起こすことができる。
 病弱な少年ティムの未来を変えることができる。助けを求める人の力になることができる。亡き妹の面影を強く残す甥のフレッドの優しさに歩み寄り、家族のあたたかさを知ることができる。

 人に優しくするのに年齢は関係ない。見返りを期待しない愛ならなおさらだ。人はいつからだってやり直せる。遅すぎることなんてない。

 だから、今年のクリスマスはスクルージのように叫び声をあげよう!
 「今日はクリスマス!クリスマスに間に合ったんだ!」

Dickens_Art&Essay2_記憶の瞬き

 スクルージはベッドの中で、最初の精霊の訪れを待ち構えていた。深夜一時を知らせる教会の鐘が鳴ったその瞬間、たちまち部屋に光が満ち、ベッドのカーテンが左右に開かれた。そこでスクルージは、この世の者とは思えない不思議な存在と対峙する。
 それは、最初の訪問者である、過去のクリスマスの精霊であった。

Xmas_Artist_横井san2

 横井まい子様が、精緻な筆で描き出したのは、気高く神々しい中にも、不思議とどこか愛嬌を感じさせる、過去のクリスマスの精霊である。頭上から放たれる煌々とした光は、暗闇を照らし出すとともに、その強い光が生み出す影をも自在に操っているようだ。

記憶の瞬き

 過去のクリスマスの精霊は、捉えどころのない存在である。一見子供のように見えるが、子供ではない。たれ下がった髪は老人のように白いが、その顔はしわ一つなくみずみずしい。冬の象徴である柊の葉を手にしながら、夏の衣を身にまとっている。頭から煌々と光を放ち、その光を抑えるためか、帽子を手にしている。しかし、その姿もつかの間の実像でしかない。光り輝く帯が点滅すると光と影が入れ替わり、精霊の姿はひどく曖昧なものになったかと思えば、再びはっきりと姿を現す。

 本作「記憶の瞬き」でも、精霊はどこかアンバランスな姿で見る者を魅了する。幻想的であり鮮やか。妖しげで無垢。堂々とした佇まいの中に遊び心を潜ませている。可憐な少女の姿でありながら、圧倒的な光で見る者をくぎ付けにし、畏怖の念を抱かせる。それはちょうど精霊が司る光と影のコントラストにも似ている。心温まる過去の記憶も、苦しくて目を背けたくなる過去の記憶も、精霊は自在に引き出して見せる。

記憶の瞬き_額

 ちぐはぐな様子を受けるその姿は、「記憶」そのものなのかもしれない。こんな光景忘れるはずがない。そう思うのに人はなぜがその記憶をなくしてしまう。記憶は鮮明になったり、おぼろげになったりと、形を変える。過去のクリスマスの精霊の姿が不安定な理由も、人の記憶が定かではないからだろう。けれど、こんな精霊がもし目の前に現れたなら、その手に導かれて、おそるおそる忘れていた記憶を呼び起こしたくなるのではないだろうか。

 「記憶の瞬き」は、『クリスマス・キャロル』において過去のクリスマスの精霊もまた、忘れがたい魅力を放つキャラクターであることを思い出させてくれる。手に持つ帽子をまだかぶらないでほしい。もうしばらく、その記憶の光に照らされていたいから。

横井まい子|画家 →HP
少年や少女の姿を通して自然や物語を絵に表したいと思い描いています。
個展 2018年マリアの心臓(銀座)、アサヒギャラリー(甲府)他、グループ展などで作品の発表をしています。

熊谷めぐみ|立教大学大学院博士後期課程在籍・ヴィクトリア朝文学 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』に夢中になり、その影響でシャーロック・ホームズ作品にたどり着く。そこからヴィクトリア朝に興味を持ち、大学の授業でディケンズの『互いの友』と運命的な出会い。会社員時代を経て、現在大学院でディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。



00_通販対象作品

作家名|横井まい子
作品名|記憶の瞬き

水彩・鉛筆・アイボリーケント紙
作品サイズ|6.8cm×19cm 
額込みサイズ|33.2cm×27.1cm 
制作年|2021年(新作)

記憶の瞬き
記憶の瞬き_額

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