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【珈琲と文学】永井玲衣『水中の哲学者たち』



本日の読書案内は、
永井玲衣『水中の哲学者たち』
です。

今回は文学というよりも、哲学エッセイとなります。

あらすじ

「もっと普遍的で、美しくて、圧倒的な何か」
それを追いかけ、海の中での潜水のごとく、ひとつのテーマについて皆が深く考える哲学対話。
若き哲学研究者にして、哲学対話のファシリテーターによる、哲学のおもしろさ、不思議さ、世界のわからなさを伝える哲学エッセイ。
当たり前のものだった世界が当たり前でなくなる瞬間。そこには哲学の場が立ち上がっている!
さあ、あなたも哲学の海へダイブ!

晶文社 あらすじより


解説

①哲学対話について

著者は哲学者・永井玲衣さん。
永井さんは哲学研究を行う傍らで、学校・企業・美術館などで「哲学対話」を行ったり、ラジオに出演されたりなど幅広く活躍されている方です。

僕は文化放送のラジオ番組をきっかけに永井さんを知り、「哲学対話」について興味を持ち、そしてこの本に出会いました。

内容解説に入る前に、その「哲学対話」⁡とは何かについて軽く説明します。


哲学対話とは、
様々な「問い」について、参加者が輪になって考え、話し合いする活動のことです。

テーマとなる「問い」は参加者で決めます。
例えば、

「人はなんのために生きるの?」
「自由とは何?」
「普通とは?」
「なぜ約束は守らないといけないの?」
「大人になるってどういうこと?」
「なぜ『恥ずかしい』と思うのか?」

などなど。
もっと身近な疑問でもいいし、壮大なテーマでも、何でもOkです。


哲学対話には大切なルールがあります。

①人の話をよく聞く。
②偉い人の言葉を使わない。
③「人それぞれ」で終わらせない

の3点。
①は人の話をよく聞き、自分と意見が違っていたとしても、否定しないことが大切です。

②は例えば、「ニーチェの著書によれば〜」とか「孫正義が◯◯と言ってるから〜」とか、偉い人のもっともらしい言葉を借りて意見を言わないようにしましょう、ということです。

③「人それぞれ」を言ってしまうと、そこで議論は終わってしまいます。

例えば「自由って何?」
→「私はこう思う」「僕はこう思う」
→「人それぞれだよね」
→〜完〜
ということになってしまうので、時間が許す限り、話し合いをすることが大事です。


話し合いに正解は出なくとも、
みんなの意見を否定せずよく聞き、
自分の言葉で考えて話すこと。
これが大切なルールです。

しかしこれは、哲学に限らず、日常のコミュニケーションにおいても言えることだなぁと思います。


②本の内容について

水中の哲学者たち』は
永井さんが哲学対話で見た風景や、
永井さん自身が日常の中でふと感じた「問い」・
「モヤモヤ」について掘り下げていくエッセイとなっています。

ラジオで話されている雰囲気そのままの柔らかい文体で、時にJ-popの歌詞やお笑い芸人のネタ、短歌、演劇の台詞などを引用して、哲学の話をやさしく語りかけてくれます。

とても読みやすくて、わかりやすく、哲学の世界に飛び込む第一歩として、非常に良い本だと僕は感じました。

⁡世界は一見まともなようで、実はかなりすっとぼけている。
ひとは生まれるけど死にます、とか、地球というものがあって回転しています、とか、わたしが考えていることが誰かに完全に伝わることはありません、とか

本文より抜粋


確かに、よくよく考えるとこの世界は意味不明なことばかりです。
だけどみんな、それを当たり前のこととして受け入れて生きている。

永井さんはちがっていて、その意味不明さに対して
幼い時から一人悶々とし、「問い」を抱き続け、そしてその「問い」に迫るべく大学で哲学科に入り、研究を始めます。

永井さんはとても繊細で、人間関係に不器用で、
モヤモヤを抱えながらも、必死で世界と向き合っている。
だから、ここに綴られている言葉はすごく美しいんです。

このはちゃめちゃな世界に対して真摯に向き合う時、人はすごく純粋で、美しくなれるんだと知りました。

感想


「哲学」って難しいようですが、実は誰もがやっていることなんですよね。
それも、幼い頃から。

個人的な話なんですけど、僕も子どもの頃から、
そして今も、世界や自己について常に考えてきました。

「なんで僕って僕なんだろう」
「なんで友だちのあの子や、お兄ちゃんや妹じゃなくて、僕なんだろう」
「なんで人と同じようにしないと変わってるねって言われるんだろう」
「なんで常識ってあるんだろう」
「なんで勉強するの」
「なんで働くの」
「どうして『結婚=幸せ』って決まってることになってるの」
「魂ってなんだろう」
「なんで人は生まれて死ぬんだろう」

そんなことをいつも寝る前に考えていました。
今も毎日のように考えています。

大学生の時、そういう話をすると、
「そんな考えてもどうしようもないこと考えてどうするの?」と言われたことがありました。

社会に出たら「そんなことは子供が考えることだろ」と笑われてしまったこともあります。


大学の終わり頃から、何かしらの答えを求めて哲学書を読み始めた。
でもそこに書かれているのは答えではなく、「問い」ばかり。世界への謎は深まるばかりで、人間関係や社会生活はちっとも生きやすくならない。

どこに答えはあるのか。考え続ける日々。

ずっと、水の中でもがき続けているような感覚で生きてきました。
この感覚、分からない人も多いと思うけど、
きっと分かってくれる人もいますよね。

『水中の哲学者たち』は、永井さんの経験や考えを通して、そういう人たちを肯定してくれる本でした。

そうか…「問い」を持ち続けていいのか。
もがき続けていいのか。
そうか、僕は「水中の哲学者」なんだ…!!

僕が今まで読んできた小難しい哲学書よりもずっとずっとやさしくて、生きる希望を与えてくれる一冊でした。


世の中には、僕の問いを一蹴した人のように、世界のめちゃくちゃ加減に対して疑問を持たず上手く順応し、器用に生きている人もたくさんいます。
そういう人は羨ましいと思います。

でも、生きるのに不器用で、繊細で、一見の普通とされていることを「そういうもん」で片付けられずに真剣に考えている人には、その人にしか見えないものがあります。

そういう人が見ている世界は、
苦しいようで実はすごく美しい。
僕も美しい景色を見つめながら、日々哲学をしています。


すごくいい本です。
哲学に興味ある方、なんとなく生きづらい方、
日常の中にモヤっとしたものを感じる方、
ぜひ読んでみてください。

⁡このめちゃくちゃで美しい世界の中で、
考えつづけるために、どうか、考えつづけましょう

あとがきより抜粋

珈琲案内

◎中国 雲南省 ダブルファーメンテーション 浅煎り

『水中の哲学者たち』のお供におすすめしたいのは、中国の珈琲です。

中国の雲南省はプーアル茶の栽培で有名な地域です。
そこで採れた珈琲を、プーアル茶の製法にヒントを得て、70回以上の実験により完成させた精製法を「ダブルファーメンテーション」と言います。

ダブルファーメンテーション製法で出来上がった珈琲は、ピーチやブランデーのような芳醇な香りを持っています。
その華やかな酸味を活かすには、浅煎りがおすすめです。


技術や知識への飽くなき探究心を持った中国人が作り上げた珈琲には、美しい複雑さがあります。
それは、諸子百家を輩出し、さまざまな思想や哲学が生まれた中国の歴史の壮大さを思わせる味です。

この「水中の哲学者たち」のお供に、
ぜひ飲んでみてはいかがでしょうか。

読書のお供に、極上の一杯を…。


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