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【雑記】あまり家にいなかった父とのコミュニケーションはミスドだった。
ミスドのボックスを持っている人を見かけると、父の顔を思い浮かべる。
私が幼い時、突然ミスドを買ってきては、紙のボックスをそのまま黙って台所のテーブルに置いてくれていた。
実家はスーパーでさえ車がないといけない田舎。ミスドなんてもちろん近くにあるはずもなく、家族にとって、かなり特別なおやつだった。
だから余計に、箱を目にするたびに心が浮き立ち、一刻も早く箱を開けて、みんなでドーナツをほおばりたい、とワクワクしたものだ。
私の父はバスの運転手だった。
深夜も早朝も、時々名古屋から金沢までの遠距離も走る、私鉄のバス会社に勤めていた。
仕事はシフト制で勤務時間もまちまちで、規則正しい学生生活を送っている私や妹は、ゆっくり顔を合わせるタイミングがほとんどなかったと思う。
朝起きるともう父は出勤していていない。そして夜も遅いので、父と食事を取ることは少く、その頃あまりゆっくり話した記憶がない。家にいる父のイメージというものがあまりないのだ。
時々お休みで家にいたとしても、普段話していないせいで、急に何を話していいのかわからなくなってしまう。父自身も元々しゃべることが得意ではななく、こちらから話しかけなければ、静かに時間が過ぎていってしまう。
そんな父が、仕事の帰りに時々買ってきてくれる箱入りのミスド。これをみて嬉しかったのは、父の優しさがドーナツから伝わってくることも理由だったのかもしれない、と今は思う。
この頃、時々実家に帰って父に会うと、何から話していいのか分からなくなるし、父からは多くを話さない。でもあえて、たわいもない会話から話を始めるとプロ野球や車の相談、など話すのだが、父が会話を楽しんでくれているかは自信がない。
毎回帰り際には、さりげなく「これを持っていきなさい」、あの頃のミスドのようにお土産を持たせてくれたりする。いつもありがとうね。
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