フルサトハウスの人 vol.1 河南笑子さん「フルサト」の心でオランダと日本をつなぐ
ただ生活を共にして、支え合って生きる豊かさ
オランダ在住の日本人人口が増えるにつれ、当然ながら高齢になった人たちを支える福祉が必要になってきます。そのような中、日本人高齢者で支援を必要とする方の相談が、私個人に来るようになってきました。そのため一人ひとり訪問して病院に同行したり生活の支援をしていました。困っている人が目の前にいたら、私は何とかしたいと思ってしまう性分です。助けずにはいられないのですが、ただそれが私一人ではどうにも対応できなくなってきました。そこで2021年1月から日本人高齢者を集めてケアをする施設をつくろうと長田さん(故人)(※下記にプロフィール)とともに動き始めました。それがフルサトハウスの始まりです。
在蘭邦人が年金受給者になった後、日本に帰国しないでオランダに残る、という選択にはそれなりの覚悟が要ります。自立して活躍しているうちはいいのですが、歩けなくなってくると、家の片付け、料理、行政から手紙で来る書類の仕分け。日常の本当になんでもないことがだんだん難しくなっていきます。逆に、話し相手になったり電球を変えるのを手伝ったりなんでもないことも救いになるのです。また認知症を患うと第二言語が使えなくなることが多く、日本語でコミュニケーショすることがとても大事です。ある方の最期のお看取りをした時、日本語でやりとりをしたのですが、とても安らかな顔をされていました。集合施設を作るとなると安全管理や医療体制の問題が第一に出てきますが、それよりもただ生活を共にし、関わり合って生きていく場が豊かな余生を送る上で大事なのだと思います。ドクター・看護師は外から来てくれれば事足ります。子どもさんがいれば何とかなるケースもありますが、コミュニティで助け合える体制をつくっていきたい思いがありました。
日本文化を通じて全ての人に心の「フルサト」を
プロジェクトが進むにつれ、日本人高齢者が安心して暮らせる場所を作るには益々日本人高齢者だけでは成り立たないということがわかってきました。若い人やオランダ人や色んな人を巻き込み、多くの方の手によって作る必要がありました。そこで単なる住居としての機能だけでなく、文化交流の場として作る発想に至りました。一階にはジャパンカルチャーセンター、レストラン、多目的ルームを設けることを考えています。そこでは書道や茶道のワークショップやお茶会など様々な活動を行います。働いてる方も出入りしやすいようワーキングスペースもあるといいですね。そしてその上層階には、老若男女、日本人もオランダ人も一緒に暮らす、独特な施設形態を考えています。
フルサトハウスという名前をつけたのは私です。若い頃は日本食を食べずに過ごせる自分がいましたが、歳を取れば取るほど、日本のいろんなものが不思議と恋しくなってくるものです。私は故郷と聞くと、桜の花をイメージしますね。実家の丹波篠山。小学校の通学の道にあった桜の風景が思い出されます。年を重ねると幼少期の記憶ほど思い出されるのです。故郷の心の風景、そこでつながっている両親や兄弟、友人など人の温かさ。人によっては富士山などそれぞれかと思いますが、故郷の風景と人のつながりは誰しもが心の拠り所にするものではないでしょうか。
それはオランダでもどこか同じ感覚があると感じています。例えばどこ出身かを強調するためにAmsterdam出身だと"Amsterdammer”と名乗るなど、生まれの街の良さを誇りに思っていること・愛着を持っていることが感じられます。オランダ語には故郷に対応する言葉はないのですが、私はフルサトハウスが、日本人もオランダ人も自分たちのルーツを大切にする心を通わせられる場になるといいと思っています。
オランダへの恩返し。日本文化で貢献し、若い世代の礎を築く
なんだかんだでオランダには半世紀近く住まわせてもらっています。そんなオランダに恩返しができるとしたら何かを考えると、やはり日本にまつわることだなと思います。それがフルサトハウスで考えているような日本文化を通じた交流の場であり、またその場がこの地にいる日本人の方がたの礎にもなっていけばいいなと思っています。アニメや和食など時代に応じて興味を持たれるものは変化していますが、オランダではあまり見られないものを感じて、楽しんでもらえるといいですね。以前、キリスト教の聖地巡礼をされたオランダ人のご夫婦で、日本でお遍路を経験してみたい、という方々がいらっしゃいました。1年間かけて日本語を教えたのですが、なぜ日本の文化にそこまで魅了されていらっしゃったのかわかりませんでした。
理由を聞いたところで、何でも説明できるものではないかもしれません。オランダ語でも「ik hab er zin in」という表現がよく使われるのですが、直訳すると「私は意味を持っている」という表現になります。赤が好きな人になぜ赤が好きなの?と聞いたところでわからない。魂が知っている、ということでしょうか。アムステルダムにはオランダの方が始められた神社があります。何かオランダの方を惹きつけるものが日本文化にはあるのかもしれないですね。
フルサトハウスはまだまだ日本人コミュニティの中でも十分に知られていない状況ですが、興味を持って関わってもらえる機会をどんどん作っていきたいですね。フルサトハウスが日本文化をきっかけにいろんな国のいろんな世代の人がつながり支え合う場としてオランダの地に根付いていくことができるよう活動していきたいと思っています。
※長田幾子氏
1951年生まれ。静岡出身。1979年にドイツ、オランダに遊学し、オランダ人画家と結婚一児男子を設ける。’82年から’2018年JCCの事務長として勤務、アムステルダムやアムステルフェーン市の要員や大使館とも繋がりが深く、その貢献を讃えられ2017年外務省より表彰される。長年のJCCの勤務により日系企業のオランダ出にアドバイスやJCC生活部会の支援、在日邦人の多くの団体を支援。2023年死去。
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