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恋愛茶屋 6月13日午後7時

そのお店は、山深く水のきれいな川のそば、けれど東京都内にある。
国道沿いにあるけれど、行くにはどこからも遠い場所にある。

今日も雨が霧のように降っています。
―毎日じめじめ、嫌になるなあ。
―ええ。メニューに困ります。
―メニューときたか。商売あがったりは同じか。

そう言って笑うのは、近所に住むタニグチさんです。笑いじわが印象的な40代の男のひとです。下戸なこともあり、車でも来やすいので店によく顔を出すようになりました。

―もう連絡取らなくなって、2週間経ったよ。
―向こうは、家族持ちだしなあ。まずかったよなあ。こっちはいまは独り身だけど。。。子供に嫌な思いをさせるのはな。
店主に聴かせるようにも、独り言のようにも、話しを続けています。
―向こうからも連絡来ないってことは、まあ、ほっとしてるのかもしれないな。

―電話されたらいかがですか。
タニグチさんは苦笑いしながら、
―おいおい、この間あんたに話しただろう?

店主は食器の手入れをしながら、
―選ぶのも、行うのも、決めるのはご自身だけかと思います。
―それに、どのような選択をして行動したとしても、所詮生きている間のことだけです。
―どんな出来事も、そのひとの生が終わってしまえば、やがて何事もなかったかのように失せてしまうものです。

タニグチさんは呆れたような顔で黙っていましたが、やがてジャンパーのポケットに手を入れ、
―なあマスター、ここって煙草。。。
その時店内に、電話の着信音が響きました。

タニグチさんはしばらく画面を見つめていましたが、すぐに店の外に出ていきました。
電話で話しているようでした。
背中を向けているので、表情はわかりません。

―ごちそうさん。
店に戻るなりカウンターに料金を置いて、足早に出ていきました。

タニグチさんの車が出ていくと、妙な静けさがただよいました。
外はまだ明るいですが、時刻は夜です。
店主は食器の手入れを止めて、閉店の準備を始めました。

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