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恋愛茶屋 4月29日午後8時

そのお店は、山深く水のきれいな川のそば、けれど東京都内にある。
国道沿いにあるけれど、行くにはどこからも遠い場所にある。

—遅くなった。。。
店主は外に出て、看板の電源を落としました。
連休中のため遅い時間にお客様が多かったこと、さらに遅い時間にやってきたスギタくんが、カレーがあったことに大喜びして長居をしていたからでした。

—すみません!充電させてもらえませんか。
そのまま国道を通り過ぎるかに見えた車が止まり、ラフな格好の男のひとがドアを開けて出てきました。
—すみません、スマホの電池が切れてて、連絡が入っているかもしれなくて。あの、注文もします。けど閉店ですか。すみません、あの。
—いらっしゃいませ。
店主はドアを開けました。

—助かりました。このへんコンビニもないんですね。えーと。。。?アイスティー、をください。
—ストレートでよろしいですか。
—あ、はい、はい。
—かしこまりました。

外に出て電話をしたりメールを打ったりと、せわしなく連絡を取った後、椅子に戻るとそのひとはふーっと大きなため息をつきました。
若く見えますが40代のようです。優しげな顔つきのひとです。

—ストレートティーです。
—あ、どうも。なんか、本格的なんですね。
外は、少し風が強くなってきました。

—ほんとうに、助かりました。家から電話が入っていたかもしれなくて。
グラスの紅茶が半分くらいになった頃に、そのひとは話し始めました。

—親父がね、手術後に具合悪くなってしまって。寝たきり。。。こんな言葉使いたくないけど、寝たきりですね。身体はもうどこも悪くないのに具合が悪いなんてね。
—おふくろも親父を頼れなくなったからか、年を取ったからなのか、どうしようどうしようばかりでね。こんなに頼りなかったのかって驚きましたね。
—妹は結婚して家を出ているし、小さい子供もいるので。まあ、俺は独り身ですから、仕事さえ都合つけられれば時間が自由になる分、親父とおふくろの面倒をね、長男ですしね。

—毎日見舞いに行っている訳じゃないですけど、行くだけで疲れるもんですね、病院ってのは。
—おふくろや妹には言いませんけど、先のことを考えますとね。こんな状態がいつまで続くんだろう、どうすればいいんだろうって、考えちゃいますよね。
—気分転換に車を走らせてたら、ずいぶん遠くまで来てたな。。。電池を見てもいなくて。。。

—なんか、すみませんね、長い話しちゃって。
風が表の木々を大きく揺らしていました。

—不躾ですが、お腹は空いていらっしゃいませんか?
—え?
—本日はカレーがございます。いかがでしょうか?
そのひとはふと顔をゆるめました。

—でも、もう閉店ですよね?
—お客様が満腹になって、あとは風呂に入って寝るだけだなと思えたら、閉店とさせていただきます。

風はまた強くなってきました。

—お茶のおかわりはいかがですか。遠いと仰ってましたがどちらからいらっしゃったんですか。
—。。。杉並の方で、この道を真っ直ぐ来たんですよ。。。

風はまだ止みそうにありません。けれど春先の風は冷たいばかりではありませんでした。

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