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恋愛茶屋 6月4日午後3時

そのお店は、山深く水のきれいな川のそば、けれど東京都内にある。
国道沿いにあるけれど、行くにはどこからも遠い場所にある。

すっかり初夏になった頃、その女のひとは店に訪れました。
山歩きが趣味で、いつも充分な服装と装備です。入口で靴についた土をしっかり落としてから入るので、はじめて訪れた時にしばらく外で屈んでいた姿を見た店主が、具合でもわるいのかとドアを開けに行ったほどでした。

―今日はパンケーキですか。じゃあパンケーキとアイスティーで。
―かしこまりました。

―お店のうわさ、見ましたよ。ここに来ると恋愛の悩みが解決するって。
―どちらでですか。
―ツイッターですよ。お店の名前は出てませんけどね。
店主は内心顔をしかめました。

―わたしも聞いてもらっちゃおうかな。
水をひと口飲んでから、女のひとは話し始めました。

―わたし、いい年なんですが結婚してないんです。
―仕事は順調で生活はできてますし、しばらくおつきあいしてるひともいないし、いまの状態に。。。困ってないんですよね。ぜんぜん。
―子供の頃から結婚そのものに憧れたことがなかったので、正直、結婚する気持ちってあまりないんです。頑張ってとか努力してまでは、やっぱり。

―でも、年齢的に最後って思われるのか、家族や親戚や、結婚してたり子供がいたりする会社の同僚からも言われることが多くなったんですよね。「出産したくないの」とか「わがまま」とか「リミット」とか。。。同僚だとただの会話の中でもその話が出てくるので、結構、気持ち的にじわじわくるんですよ!
―だんだん自分がわるいことをしているように思えてきて、最近しんどいんですよね~。。。
明るい口調でそう言い終えて、また水をひと口飲みました。

―将来を誓った恋人が亡くなられて、それ以来ほかの方を好きになれないというのはいかがですか。
―え?
―そのことを話題にすると、相手が申し訳なく思うような理由をつくってはいかがですか。
―ええ?
―先ほどの理由ですと少しロマンチックすぎるでしょうか。
―そんな、嘘なんてつけませんよ。
―なぜですか。

―たとえ親切心からでも、お客様はかけられたその言葉で嫌な思いをされているわけですよね。ご自身を守ることは大切です。
―傷つけてくるお相手に公明正大にふるまう必要なんて何もないと、わたしは思います。

そう言って、店主はきれいなガラス瓶を女のひとのそばに置きました。
はじめて見る色のばらの花が挿してありました。

―きれいですね。。。
女のひとは目を細めて、ばらの花に顔を近づけました。

―ご注文の品は、もう少々お待ちください。
店内にバターの香りが満ちてきました。

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