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私をアニキと呼びなさい!(後編)

前回の続き わたアニ!最終章です

私を『アニキ』と呼んだ二人目

それは私が前に勤めていた会社で パートとして入った和歌山から東京にきた漁師の男だ。

後に話を聞いたところ、漁師君は地元では漁のシーズンになると漁船に乗り漁師をしているのだが、漁のシーズンでは無い時期に仕事が無いのが不満だったところにちょうど私が働いていた会社の繁忙期があり、その時期が漁のシーズンとうまくズレてたということだった。

それを知り地元の同世代の仲間を連れて東京に仕事をしに来たらしい。

会社の繁忙期はパートといえど、週6日を夜勤でフルタイム+2時間程度残業の仕事があるため給料は結構な額になるので珍しい職種なのは彼だけではなかった。

本職がカメラマンの人や漫画家、家政婦、パチンコの音楽関係の仕事をしている人などバラエティ豊かな職をもつ人が多く、話を聞けばクセは強いが楽しい職場だった。


そんな玄人揃いの職場で当時20歳そこそこだった漁師君は会社でも最若手組に属するほど年齢が若く、異常なまでに声がデカく、遠くにある看板に書いてある豆粒のような小さな文字も読めるマサイ族のような視力をもち、テーブルをジャンプで飛び越えて移動する、背も180を超えていてアフロ気味なパーマヘアでかなり目立つ存在だった。

仕事を押し付けらるのが嫌で極力存在感を出すまいとしていた私とは真逆の人間である。




ある日、そんな会社での陽陰ポジションが対極に位置する私と漁師君が一緒にチームを組んで仕事をする日があった。

この日が漁師君とのファーストコンタクトとなるのだが、どうやら漁師君は事務仕事がまだイマイチ理解できてないようでモタついている。

この会社の事務仕事で一番ポピュラーな数を数える仕事なのだが、流れ作業をこなしながらシンプルに計算力を求められるので、できない人にとっては繁忙期が終わるまでやってもできない仕事でもあった。


割とつまずきやすい仕事だが、在歴の長かった私は漁師君に仕事でよく使う計算法と書類の出し方を書いたメモを作って彼に渡す。

漁師君はいつものように大きい声で「ありがとうございま~す!」と礼を言ってくれたが、特別に漁師君に対して優しくしたつもりはない。
仕事はチーム単位で終わらせないと帰れないので彼には働いてもらわないと私も困るってのが本音だ。

というよりもこの教育役的な部分も私の給料に組み込まれてる仕事の一部でもある。


だが、どうやら渡したメモが漁師君にとって価値があったようで休憩時間も漁師君が私のところへわざわざやってくるようになる。

私はそれまで休憩時間はいつもイヤホンをつけてスマホでアニメや音楽を聴いていたのだが、漁師君は以前からそれが気になっていたらしく「なにを見てるんですか?」と尋ねてきた。

ちょうどその頃はアニメの『頭文字D』を見ていたので彼に「イニD(頭文字Dの略称)だよ」と伝えると「あ~、なんか見たことありますね~」と納得した様子で帰っていく。

それから一週間後、それまで漁師君とはシフトのタイミングが合わなかったが久しぶりにチームを組んで仕事をする日がきた。

先週まで漁師君が苦手にしていた事務仕事がスラスラ進む。
書類の提出も問題ない。どうやら1週間でだいぶ勉強したようだ。

私がすっかり関心していると仕事がひと段落したところで漁師君が「戦場ォ~に咲いたッローズ♪」と私に聞こえるように歌ってくる。

そう、この歌は私が彼に教えた「頭文字D」のエンディングテーマなのだ

しかもこの歌はシーズン4のエンディングテーマなので、彼は一週間で約40話を見た計算になる。

仕事もすぐ覚える、先輩に趣味も合わせる。なんという後輩力だろうか。

私が一度死んで、記憶を持ったまま生まれ変わっても漁師君のような後輩力は身につかないだろうと今でも思う。

すっかり漁師君は頭文字Dにハマってしまったようでゲームセンターにあるゲーム版:頭文字Dもプレイしているようだが、ドリフトのやり方がわからなくて苦戦しているらしい。
これは言葉で教えるのがなかなか難しいのだが、身振り手振りをつかって教えてみる。 

ちなみに正しいドリフトのやり方はこんな感じだ↓

ブレーキングドリフトの方法
①コーナー侵入前にブレーキング!
②コーナーに侵入したらアクセルオフして、素早くハンドルを切ろう!
③車が滑り出したらアクセル全開!ハンドルも少し中央に戻そう!
④コーナーの出口が来たら、ハンドルを逆方向に少しだけ切る!

https://initiald.sega.jp/inidac/guide/tips/

だが、漁師君にはうまく伝わらなかったようで少し不安そうな顔をしていたので「ドリフトが難しかったらGTR乗るといいよ」とだけ最後に伝えておいてその日の仕事は終わった。

ドリフトしなくてもめちゃめちゃはやいGTR

翌日、出社すると漁師君が満面の笑みで私に寄って来て挨拶と同時に話しかけてくる。

「アニキ!GTR最強っす!!」

アニキ!!!!

そうこの日より、私は漁師君のアニキになったのだ。

ぽーん


あまり自分から多く語るつもりはないが男が男に尊敬の念を持つというのはそう簡単にあることではないと思う。
プライベートならまだしも職場でアニキは結構なものではないだろうか?


そして不思議なことにそういった言葉は人に幻覚を与え、「アニキ」と呼ばれた私も「オウ!そいつはよかったな! ガハハハッ!!!」と言葉遣いに兄貴肌のツヤが出てくるようになる。

アニキとなった私と漁師君の信頼と結束は高まり、時に厳しく、時に優しくのチームプレイで繁忙期を乗り切っていった。



仕事も落ち着いた時期に入り漁師君との雑談の時間も増えたある日、彼は提案をした。

打ち上げで俺の友達グループとアニキで今度ボウリングやりましょうよ!
頭文字Dもみんなで対戦しましょう!

断る理由もないだろう。

特に頭文字Dは私と漁師君を繋げてくれたゲームでもあるし、ゲーマーとしての挑戦状としても申し分ない。

漁師君はあのままドリフト不要のGTRを乗り回しているらしいが、やはりここはアニキとしてGTRとは別車種のRX-7を選びドリフト中心のプレイで鮮やかに勝つのがベストであると判断して、私は約束の日までゲームセンターでドリフトを猛練習をした。

RX-7しゅき♡

打ち上げ当日
ゲームセンター兼ボウリング場に着く

聞いていた話ではボウリングの前に頭文字Dをやることになっていたが一向に始まらない。

なぜなら彼の友達グループの一人が競馬のメダルゲームを始めたからだ。

しかも勝ちまくるのでどんどんメダルが増えていく。
増えていくメダル 減り続ける時間

漁師君は自分では一切当ててないが大盛り上がり。さすが生粋の陽キャだ。

それに対して私は完璧にこの日の頭文字D対決に焦点を当てて来たので、頭文字Dをやらないであろう空気を察して冷え切っていく…

案の定、頭文字Dはプレイせずゲームセンターは閉店時間を迎えボウリングが始まる。



今更の話だがそもそも私はあまりボウリングが好きではない。


ボウリングは重い球を転がしてピンを倒すのが目的。

とてもシンプルなルールなので、そこはまぁなんとなく楽しさはわからなくもないが友人なんかで集まってやると交代で球を投あたりか分の番がくるまでとても長く感じる。


1ゲーム終えるためには1人あたり10フレーム=約20回もボウリングの重たい球を転がす必要がある。


ここまではいい。
わかる。
スゲーよくわかる。



私がボウリングがあまり好きではない最大の理由は、実際にやってみると5,6フレーム辺りで疲れてきて自分以外の投球に興味が無い人が出てくることだ。

飽き性の人なら3フレーム目でもうスマホをいじり始めるだろう。

素人同士でさほど上手いプレイをしてるわけでもないので、相手の投球を楽しく感じられないのは無理もないとは思うが一応競い合ってるわけだし多少の真剣さは欲しいと思ってしまう。


そんな熱意の欠片もない癖に後日ボウリングの話になると、あいつはスコアいくつ出しただの最高スコアがなんだのと自分達のステータスを語ってくる輩がいる事がたまらなく嫌なのだ。

そんな他人の自己満足に付き合うために筋肉痛になりたいわけじゃない。

私がそんな庶民ボウリングに対して偏見を持っているのは重々承知している。

ボウリングの楽しさを見出せてないというのが正しいだろう。
それでもやっぱり好きじゃないものは好きじゃないのだ。


でも私は今日は「アニキ」として来ている。

弟分がボウリングをやりたいというなら、本心は全くやりたくないが全力で付き合おう所存だ。

が、そこで行われたのは私の知っているボウリングではなかった。

漁師君はボウリングの球をレーンに向かって転がす前にアッー!!と大きな声で気合を入れる。

球を持ったら全力で走り、球をフルスイングで投げる

レーンが傷ついちゃうんじゃないか心配になるくらい素早く転がっていくボウリングの球

ガゴーンと大きな音を立てて弾けるピン

そして自分が投げた球でピンが倒れるのを見る前に振り向き「ウヒョヒョヒョーー!」と踊り叫びこちらに視線をやる漁師君

合わせてウェイウェイ!と盛り上がる漁師君の友人A

1フレーム目からすでにスマホをいじる漁師君の友人B

これから1ゲームこのノリが続くのかと察し、怯えた子犬のように震えた目をする可哀そうな私

明らかにうるさい我々を迷惑そうに冷たい視線を送る別テーブルの方々

地獄~~~~~~!!!

もう地獄ボウリングだ。

やはり私と漁師君は陰と陽の存在。
本来交わることない世界の住民なのだ。

魚は水温や水深、エサの違いで同じ地域には住めない魚がいる。

ならば私が淡水魚で、漁師君は海水魚なのか?
そんなことを考えながら心を極限まで無に近づけて1ゲームが終わるのを耐える。


そして1ゲームが終わり、やっと解放される!と時計を見たら時刻はAM1:00を過ぎもう終電はない。

そして間髪入れずに漁師君がボウリングの2ゲーム目を開始する。

漁師君「今日は朝まで投げちゃいますよ~~~~!」







AM1:30
私は気がついた時には一人で松屋のデミたまハンバーグ定食を食べていた。

孤独に豊かに

「お腹が痛いからトイレ行ってくる」と嘘をつきボウリング場から逃げ出したのだ。


深夜1時の松屋は他に客はおらず静かだ。

この静寂は味方だ。

私は寂しいのではない、望んで孤独を欲しているのかもしれない。

そんな孤独を満喫していると漁師君からLINEで「大丈夫ですか?」と通知がくる。

「腹痛いから帰るわ」と返信し、そのまま知らぬ駅の夜の街を徘徊する。
ようやくみつけた漫画喫茶で始発まで頭文字Dを読んで待つ。

スマホをみたら漁師君からドラゴンボールのスタンプで了解!と返信がきていた。




それから一か月後、漁師君はいつの間にか地元に帰って行った。

特に険悪になっていたわけではないが、連絡もなく去っていくなんてちょっと寂しい気持ちもある。

LINEの連絡先も知っていたが私からは連絡はしなかった。

アニキの器を持たぬ私から連絡がきても漁師君からしたら嬉しくはないだろう。



あれから5年経つが彼が今どんな生活をしているかは知らない。

たまにスーパーの魚売り場で和歌山産の魚を見つけると漁師君のことを思い出す。


わたアニ!

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