【ショートショート】ロボット警備員と泥棒

深夜。
ある会社のビルに一人の泥棒が隠れていた。

男は裏社会で犯罪を重ねたプロの泥棒であった。
今はとある企業から依頼を受けた「企業スパイ」でもある。

業界最大手のA警備会社が多額の費用を投じて開発した人形ロボット「ロボット警備員」の設計プログラムを盗むため、A警備会社に一人侵入しているのだった。

AIやロボット開発目覚ましい昨今、業界2位のB警備会社は遅れを取っていた。

手段は選んでいられないらしい。
秘密裏にこの泥棒に設計プログラムを盗むよう依頼したのだった。

「ロボット警備員」は単なる機械ではない。
高性能AIにより、情動を備え、情に脆かったり、杓子定規ではなく臨機応変な仕事ができる。

杓子定規なロボットはこれまで多数あったが、「情のある警備ロボット」は最先端であり、警備員としても、物珍しい広報のアイテムとしても人気が爆発したのだ。

「ロボット警備員」の外皮は、親しみを持たせるためキグルミとなっている。
動物や愛らしいモンスターのような外観をして、それもまた人気だった。

泥棒はそこを逆手に取った。
倉庫から盗んだ猿のキグルミを身にまとい、他の「ロボット警備員」になりすましたのだ。

キグルミは四肢と胴体、首部が取り外せるようになっており、着脱も大変容易。

泥棒は大胆にも、シフト前のロボット達に話しかけた。

「おや?君は今日休みのはずだが。」犬のキグルミが泥棒を見て言った。

「ちょっと変更があってね」泥棒は言った。
「まだシフト編成にも反映されてないんだ」

「たしかに。君はシフト外のはずだ」クマのキグルミが言った。「妙だな。嫌な情動がする。つまり疑っているということだが。本社のマネージャーに確認しよう」

「いや、待つんだ。マネージャーからは朝に連絡が来る。そう言われたんだ。」泥棒は言った。キグルミがなければ冷や汗がバレたかもしれない。
「君たちはここのマネージャーがどういった人物で、どんな情動を持つ人間か分かってるだろう。君たちは本年度、15件もつまらない報告でマネージャーを深夜に起こし、激怒させている」

これも泥棒の下調べでわかっていた事だった。

「そのとおり」ゾウのキグルミロボが言った。「私は次につまらない報告で彼を起こしたら、スクラップにすると警告されている。そして、その言葉は89%の確率でジョークであると推測する。だが、私は恐怖の情動を感じている」

キグルミ達は、口々に議論し始めた。
シフト編成外の勤務員を加えるべきか、それともマネージャーに確認するべきか…

猿のキグルミを着た泥棒はほくそ笑んだ。
これこそ狙い。
情動があれば、人間相手に臨機応変になれる。
だが、そこには感情と曖昧さが介在し、冷静で機械的な決断を鈍らせる。

マネージャーを怒らせたくないキグルミ達の姿がまさにそうだ。

散々議論して、時間がなくなるからと犬のキグルミが言った。

「よろしい。では、猿さん。本日もよろしくお願いします」

「入っていいんですね?」と泥棒。

「ええ。我々はマネージャーの叱責と、あなたの不審性解明のバランスを検討しました。その結果、マネージャーの叱責を避ける方へ意思決定いたしました。この手の事象でマネージャーを起こし、激怒させる可能性は98%です」

泥棒は吹き出しそうだった。
何が最先端だ。
こいつらは欠陥だ。
情動や曖昧さを備えたが故に、機械が持つ特性を捨ててしまっている。

何にせよ、とんでもないマネージャーがいたもんだ。ロボットパワハラだ。

勤務が始まれば、俺は適当に離れて…パソコンからデータを盗んでやる。

泥棒はニヤつきが止まらない。

「それでは、勤務前の準備へいきましょう」クマのキグルミがいった。

泥棒は間抜けなキグルミ達についていった。
まんまと騙せたと泥棒は思った。

そして、とある部屋に入ると、吊り下げ式コンベアがあった。

絶叫マシンのように、手足を固定するハーネスがあり、ロボット達は自ら吊るされていく。

泥棒は不安になった。
まさか、キグルミを外して機械の手入れをする気じゃ…

「ど忘れした!ここは何をするところだったっけ?」泥棒は叫んだ。

「メンテナンスセンターですよ。いつもしてるでしょう。外観を確認するのです。キズや故障、接続部に問題がないかと見るのです」と犬キグルミ。

「キグルミを取るのか?」

「いいえ、着たままですよ。簡易的な外観チェックですから」犬キグルミは簡単に説明した。

「あぁそうか。分かった。思い出したよ」泥棒は安堵した。

キグルミを付けたままなら、バレることはないだろう。

泥棒はハーネスを取り付け、吊るされた。

しばらくして、メンテナンスラインに差し掛かり、泥棒は血の気が引いた。

たしかにキグルミは着たままだ。
だが、数体先のキグルミ達は、頭部と胴体、手足を機械に取り外され、接続部のチェックを受けている。

泥棒は理解した。
万が一、侵入者と格闘になったとき、簡単に手足が外れぬよう、接続部のチェックをしているのだ。

「見るだけと言ってただろ!キグルミを着たまま!」泥棒は恐怖で顔面蒼白になり、叫んだ。

しかし、誰も返事をしない。
キグルミ達は、メンテナンスラインに差し掛かり全員電源を落としているようだった。

虚ろな目をしたキグルミ達が、精肉工場のように列をなして吊るされている。

泥棒はよく見た。
たしかに、キグルミは着たまま、各部が外されている。
たしかにこのキグルミは、なぜか四肢と胴体、頭部と別れていた。
こういうわけか。

「くそ、何が情動だ!機械的に正確に教えやがれ!手足を外して確認するとなぜ正確に説明しない!」泥棒は思わず叫んだ。

メンテナンスマシーンは、流れ作業でキグルミ達の手足、頭をもぎ取っては、チェックし、また付けていく…

轟音がさらに響き、泥棒の順番が近くなってゆく…。

「離してくれ!俺は人間だ!」猿のキグルミを着た泥棒は叫ぶ。

だが、電源を落としたキグルミ達は虚ろな顔で揺られているだけだった。

泥棒は悲鳴を上げ、暴れる。

万力のようなハーネスはびくともしない。

轟音が迫っている。

泥棒は顔を上げる。
メンテナンスマシーンが自分の頭を掴むのが見えた。

【おわり】

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