【ホラー短編】高窓
僕の部屋には高窓がある。
180cmの僕ですら、顔が届かない位置にある。
横向きに細長い長方形で、採光と換気のために付けたものだ。
僕の育った家は隣家とトラブルが絶えず、よく家を覗かれた。
それがトラウマになって、大人になった今でも、僕はあまり窓を付けたくないと考えていた。
窓なんて付けたら、誰かがのぞくじゃないか。
そう思っていたのだ。
一人暮らしをはじめ、割と長身の僕ですら届かない位置に高窓を付けた。
これなら覗きようはない。
安く手に入れたマンションをリフォームしたのだ。
ここは15階の部屋だ。
僕が、作家として収入を得るようになり、独り立ちして何とか安く手に入れたマンションなのだ。
何とか、相場より…かなり安くだ。
僕は耳が痛くなるほどの深夜の静寂の中、ひたすら原稿に向かっていた。
手元灯が原稿用紙と、せわしなく動く2B鉛筆と僕の手を照らしている。
僕はその原稿に没頭した。
実家で書いている頃は、カーテンを閉め切り、憎きストーカー気質の隣人の気配を感じながら書いていた。
今は何も気配を感じない。
漆黒の闇と静寂の中、唯一明るい手元へと集中する。
もう数時間は書き続けた。
おそらく、午前二時は回っているだろう。
書いているのはミステリーだ。
狂人が主人公を高窓から覗き見る場面を書いていた。
僕は思わず、くすりと笑った。
高窓から覗く…か。
足の着く場所や、低い高窓ならあり得るだろうな。
だが、僕のこの完璧な高窓の前ではそんなことできまい。
そう一人考えた。
そこで僕は、ふと高窓を思った。
僕は高窓をリフォームしてもらった。
リフォーム代金は、マンションの購入費が安かったから捻出できたのだ。
相場よりかなり安いマンション購入費だった…
なぜ安かったのか。
そうだ。
心理的瑕疵物件だったんだ。
不動産屋は頭をかきながら
「いやあ…随分と昔の話なんですがね」
とその顛末を話してくれた。
売れない作家の僕は、そんなもの小説のネタになるだけさ。それで安いなら願ってもない。
と思ったものだった。
僕は、その心理的瑕疵の事情を思い返した。
そして、背筋が寒くなった。
そうなんだ。あまり気分のいい話ではなかったんだ。
マンションを…鳥の巣箱と見立てて、廊下を徘徊し、通気口に棲みつき、窓の合間から住民の姿を覗き見て…
確か、その原因になった犯人も殺されているはずだ。犠牲者に抵抗されて、刺し違えたのだ。
何だろう。
この不穏な気分は。
静寂が、千枚通しのように耳を通して心臓へと突き刺さってくるようだ。
僕は高窓のカーテンを開けてしまっている。
今は…
今は見るべきではないかもしれない。
だが、見なくては…気分が悪い気もする。
不穏な予感より、消化不良の方が気持ちが悪くなる。
どうしよう…いいや。見てみよう。
僕は、顔を上げて高窓を見た。
15階。
180cm以上の高窓。
それにも関わらず、覗き込まれていた。
青白く、夜の闇に溶け込んだ
二回り以上大きな…やせ細った人のような顔が
その大きな眼は、光なくただ僕をじっと見据えていた。
【おわり】
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