「会話は瞑想より以上のものを教える」 byボーン
何気ない会話で気付くこともあります。
先日、とある音楽番組を視聴中に、妻がふと思い出したように話し始めました。
妻「そういえばあなた、鼻と口で同時に息を吸える?」
私「鼻と口で、同時に?」
そう言われて試してみたところ、これがなかなか難しいのです。
私「……できないね。どうしても口だけとか、鼻だけになってしまう」
妻「一流のアーティストって、それができるらしいよ。だから少しの呼吸でたくさん息が吸えて、声量が確保できるんだって」
私「へぇ~(ふんがふんが)」
妻「だからこれができるひとは、一流歌手の素質があるらしいよ」
私「ふ~ん(ふんがふんが)」
生返事の傍らで、なおもその呼吸法を試してみましたが、どうしても上手にできません。
……なるほど、どうやら私に歌手の素質はないようです。残念。
さて、私の将来がひとつ閉ざされたところで。
そんな妻の雑学に当てられたのか、今度はともにテレビを見ていた母が語りだしました。
母「そういえば、ぜんそくっていう病気は呼吸困難のイメージがあるけど、実際には息が吸えないんじゃなくて『上手く吐けない』っていう病気みたいだね」
私「へえ~、そうなんだ。誤解してた」
そういえば、どうしてひとは雑学を披露する際、必ず出だしで「そういえば」というのでしょうか。少し調べてみたところ、「そういえば」という言葉は「ふと思い浮かんだ言葉を伝えるとき」や「話を切り替える際」によく使われる言葉だからのようです。
「知ってる?」と語りかけるのは知性をひけらかしているようで恥ずかしく、「実は」で話し始めるのはみんなが知らないことを語ろうとして周知の事実だった場合に恥をかくから――ということで、「そういえば」がよく使われるのでしょう。「ただの思い付きだから知ってるかもしれないけど、今思いついたから話しますよ」ということですね。よくできた言葉です。
話が逸れました。
我が家がプチ『トリビアの泉』状態になってきたところで、私も負けじと雑学を披露したくなりました。どうやら呼吸に関する内容の縛りがあるようですが、私の知識網はその程度の範囲はカバーしているので問題ありません。
私「そういえば、短距離走なんかで呼吸が乱れたときは無理に吸おうとしないで、しっかり吐いたほうがきちんと息が吸えるようになるらしいよ。空手の『息吹(いぶき)』っていう呼吸法なんだけどね」
妻&母「へぇ~」
得意げに知識を披露してどドヤる私。しかしその出典はマンガ『喧嘩商売』という、あまりドヤれない事実。
それはさておき。
ひと通りお互いの雑学を紹介したところで、私はふと思いつきました。
私「ふぅ~~~~~~~~!
すぅぅぅぅぅぅぅぅ!
ふぅ~~~~~~~~!
すぅぅぅぅぅぅぅぅ!
……おおおっ!?」
おもむろに深呼吸をして、嬌声をあげる私。
妻「……何してるの?」
旦那の奇行をいぶかしむ妻。
私「思いっきり息を吐いたあとなら、鼻と口で同時に息が吸えるぞ!」
妻「えっ、ほんと?」
私「ほんとほんと。試してみろって」
妻「ふぅ~~~~~~~~!
すぅぅぅぅぅぅぅぅ!
あっ! ほんとだ!」
これには思わず妻も驚きの声をあげました。
実際に試していただくとよく分かると思うのですが、冒頭で私が語ったように、ただ鼻と口で吸おうとしてもなかなかうまくはいきません。ですが、一度息を吐き切ることでしっかり両方の穴から酸素を取り込むことができるようになるのです。「そんなことしなくても同時に息が吸えるよ」というひとは、今すぐ歌手を目指すといいと思います。結果に責任は持ちませんが。
それはさておき。
他愛ない会話の中にも、思わぬ発見がある。
だからこそ、日々の会話を大切にしていきたい。
そう思うとなんだか少しだけ、私の人生が拓けたような気がする。
――そんな秋の夜長でした。
ではまた。
私「これで俺も一流歌手になれるかも! さっそく作詞でもしてみるか!?」
妻「歌詞より記事書いたら?」
……謎の耳痛が発生したので、やっぱり歌手は諦めます。