【第8章】 金色のカラス 〜後編〜
第1章『 ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 金色のカラス 〜中編〜 』
「起きるじゃリィ~~ン! 起きるじゃリィ~~ン!」
ミサキさんの美しい鈴声で目を覚ましたあたしは、羽ばたいてもいないのに、太陽の近くで宙に浮いていた。
「よく見るじゃリィ~~ン!」
あたしの目の前で、ミサキさんがバッと光り輝く白銀のツバサを広げる。
「ナッ……」
絶句するあたし。
鏡のように光を反射するミサキさんのツバサに映っているのは、全身真っ黒だった羽の色がまばゆいばかりのゴールドに変色している、あたしの姿だった。
「なんで……あたしが金色に……? しかも熱くないし……浮いてるし……死んじゃったの、あたし……?」
狼狽えるあたしに、
「脚も三本に増えてるじゃリィ~~ン」
ミサキさんがいたずら顔で言う。
視線を恐るおそる下へ向けると、
「ひっ……」
本当に左右の脚の間にもう一本……金色の脚が生えていた。
「ロ~~ング ロ~~ング ア~~ゴ~~、ワシが現役バリバリで神様の使いをやっていた頃の話じゃリィ~~ン……」
ミサキさんが穏やかな声で話し始めた。
「人間たちが冬の厳しい寒さに凍えて苦しんでいるのを助けるために、ワシは太陽からもらった炎のかけらを全身火だるまになりながら、人間界へ運んだんじゃリィ~~ン」
「その話なら知ってる。あなたの子孫のハシブから聞いたもん」
ミサキさんが嬉しそうに微笑みながら、
「あのとき、人間たちは火を手に入れたわけじゃが、もうひとつ、もっと素晴らしいもの──他のどんな動物たちよりも豊かな生き方が得られるものを手に入れたじゃリィ~~ン」
「他の動物たちよりも豊かな生き方?」
ミサキさんが深くうなずく。
「それまでの人間たちは、他の動物たちと同じように、食べて、排泄して、寝ることだけを繰り返す生活じゃったんじゃが、ワシの勇気ある行動に感動した人間たちの心の中に『夢』や『希望』という金色に光り輝くエネルギーが宿り、神の使いであるワシの姿と重なったんじゃリィ~~ン。つまり……」
ミサキさんが、あたしの胸にツバサをあてて、
「『金色のカラス』とは、人間の心の中にだけ標準装備されとる『夢』のゴールデンエネルギーのことなんじゃリィ~~ン」
「そうだったんだ……。ニセモノなんて言ってごめんなさい……」
謝るあたしに、
「もうそれはいいじゃリィ~~ン。じゃがな……」
ミサキさんが苦笑したあと、表情を曇らせて、
「悲しいことに、ほとんどの人間は大人になると、『夢』のゴールデンエネルギーを捨てて、つまらな~~い生き方を選んでしまうじゃリィ~~ン……」
「ええっ……なんでそうなっちゃうの?」
「たとえばじゃ、おまえにやりたい『夢』が生まれたとするじゃリィ~~ン。そしたら、次にどう考えるじゃリィ~~ン?」
「え~~と……その夢が実現出来るかどうかを考え……」
「ブッブブブブブーーーッ!!」
ミサキさんが声高らかにアウトを宣告し、
「『出来るか、出来ないか』の二択で考えてしまうと、ほとんどの『夢』は叶わないじゃリィ~~ン」
「えええ~~~なんで~~~?」
「たいていの『夢』は、まだ経験したことがない未知の世界じゃから、『叶えるのが難しい』と感じてしまうじゃリィ~~ン?」
「ま、まあ……そうだけど……」
「人の『心』は生来、安全で安心な場所で、ゆっくり、のんびり、ぬくぬくしていたいものじゃから、『叶えるのが難しい夢』なんて面倒くさい、無理、あきらめさせようとするじゃリィ~~ン」
「でもでも、簡単に出来るかもって感じで『夢』を叶えようとする人もいるでしょ?」
「ブッブブブブブーーーッ!!」
ミサキさんがふたたび、アウトを宣告し、
「『簡単に出来そうならやる』で始めた人は、ちょっとつまずいただけで、『簡単じゃない』=『難しい』に心変わりしてしまい、結局、『夢』をあきらめてしまうじゃリィ~~ン」
「ううっ……」
思いっきり心当たりがありすぎる……。
「そ、それじゃあ、どうしたらいいの?」
「シャリィ~~ン、シャリィ~~ン、シャリィ~~ン」
ミサキさんが美しい声で高らかに笑い、
「いまさら、なにを言ってるじゃリィ~~ン? ワシに会うために、おまえがすでにやってきたことじゃリィ~~ン?」
「それって、オオタカや黒雲を攻略した時の……」
「そうじゃリィ~~ン。『いま出来る、小さなこと』からトライすればいいだけじゃリィ~~ン」
「そうか……あたしはカラスにされちゃって安全な場所にいなかったから、必要に迫られて動いてたけど……」
ここに至るまでの『オオタカ満腹&誠意作戦』や『黒雲がイナズマを放てないときを狙うぞ作戦』を思い出しながら、
「『いま出来る、小さなこと』から始めたら、頭では予想も出来なかったことや、新しい情報を得られて、ミサキさんに会うことが出来たんだもんね」
「どんなに『偉大なこと』でも、『小さなこと』から始まってるじゃリィ~~ン」
ミサキさんが微笑みながら、
「真ん中の脚を動かしてみるじゃリィ~~ン」
ミサキさんに言われたとおり、新しく生えた不思議な感覚のする真ん中の脚をヒョコヒョコと動かしてみる。
「!!! うわあ~~懐かしい~~」
子供の頃の忘れていた『夢』が、あたしのまわりに次々と映し出されていく。
アイドルになって歌っているあたし、パティシエになってケーキを作っているあたし、キャビンアテンダントになって飛行機に乗っているあたし、漫画家になって原稿を描いてるあたし……。
ただ楽しくて、思うがままに、自分のやりたい『夢』を追いかけていた頃の、ワクワクドキドキする、あの無邪気な楽しい気持ちがよみがえってくる。
でも、大人になるにつれて、競争が激しいとか、英語が話せないとか、お金が無いとか、絵が下手くそとか、『出来ない』理由を自分に言い聞かせて、全部あきらめてきたのを思い出し、切ない気持ちになる。
「ワシが神様から与えられた真ん中の脚は、人間たちの考えや思いを感じ取るアンテナじゃが……」
ミサキさんが微笑みながら、
「『金色のカラス』の三本目の脚は、『夢』を叶えるための『原動力』を起動させるスイッチみたいなものじゃリィ~~ン」
「『夢』を叶えるための『原動力』って……」
あたしを取り囲んでいる、昔の『夢』たちを見渡しながら、
「この、子供の頃のような、ワクワ……」
突然、あたしの金色ボディーから、
「うわわ……」
目がくらむような黄金の光が四方八方に放たれる。
「待つじゃリィ~~ン! 話は終わってないじゃリィ~~ン!」
ミサキさんがツバサで目を覆いながら、
「『夢』を叶えるための『原動力』とはなあ~~~」
大きな声で呼びかけてくる。
「分かってる~~~!!」
あたしも負けじと大きな声で、
「『夢』を叶えることに、ワクワクドキドキ、『楽しむ心』なんでしょーー!!」
「そうじゃリィ~~ン」
黄金の粒子がキラキラと空全体を埋めつくす中、
「すべては『楽しむ心』から創られるじゃリィ~~ン……」
ミサキさんの美声が響き渡る。
「ありがとうございました~~~!!」
あたしの体から発する黄金の光はますます威力を増していき、ありったけの声でお礼を言うのが精一杯。
ついには、目を開けていられなくなった。
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