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【第3章】 ミサキ 〜前編〜

第1章『 ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 変身 〜後編〜 』

 カラスになって一週間が経った──。

 あのピエロはまだ見つかっていない。

 でも、空を自由に飛べたり、カラスの友達が増えたりと、それなりにお気楽なカラスライフを楽しめてきている。

 ただ、あたしにはひとつだけ、困ったことがあった。

 食べ物のことだ。

 体はカラスだけれど、脳みそは人間のままなので、生きた昆虫やネズミの腐肉を食べられずにいた。

 そんな落ちこぼれカラスのあたしのために、ハシブたちは毎日、ファミレスやコンビニで廃棄されているハンバーグやウインナー、卵焼きなどの残飯を運んでくれていた。

「けどさあ~~」
 鳥の唐揚げを持ってきてくれたハシブが顔を曇らせ、
「本当は、添加物が入っていない天然もののほうが体にいいんだガア」

「でも、あたしには絶対、無理だよ。だって、中身は人間なんだもん……」
「まあ、焦ることはないガア。少しずつカラスの生活に慣れていけばいいガア。夜はなにを食べたいガア? 肉団子ガア?」

 ハシブにやさしい言葉をかけてもらうたびに、心がほろりとする。

 この一週間で、あたしのカラスに対する見方はだいぶ変わった。

 カラスといえば、ゴミを漁り、病原菌をまき散らす、汚い害鳥として、人間が嫌う鳥ワーストランキングのナンバーワン。

 童話や昔話でも、キツネやオオカミと並んで、カラスはズル賢い悪役キャラとして扱われることが多い。

 だから、あたしの中にもカラスの悪いイメージが刷り込まれて、そのまんま定着していた。

 でも、ハシブたちと一緒に生活をしてみたら、ぜんぜんそんなこと無かった。

 カラスたちは、自然が少なくなった厳しい世界の中でも協力しあって生きているし、人間の親よりも子供に愛情をそそぎ、固い絆で温かい家庭を築いていた。

 それに、人間にとって害になる虫やネズミをカラスたちが食べてくれることで、田畑の農作物が守られたり、疫病が蔓延しなかったりして、人間社会と深くつながっていることも分かった。

     ✻

「なあなあ」
 ハシブが少し得意気な顔をしながら、
「鳥の中でイッチバン、神聖な鳥って誰だか知ってるだガア?」

「そうねえ~~。やっぱ、ワシじゃないの~~?」
 あたしが答えると、
「ぜんっぜんっ、違うガア~! ワシは空の王者ってだけだガア!」
 ハシブが目ん玉をひんむいて憤慨する。

「え~~? でも、空の王者ってことは、鳥の中で一番強いってことじゃん?」
「神聖なことと、強いってことは、ぜっんぜんっ、違うことだガア!」

 あたしはなんとな~く答えが分かっていたけれど、ハシブがムキになるもんだから、もうちょっとだけ意地悪したくなって、
「じゃあ、クジャク! だって羽を広げるときれいな虹色に輝いてて、神々しい感じがするもんね~~!」

「ガアアアア……」
 ハシブが深いため息を吐き、
「クジャクが、毒ヘビや毒サソリをガツガツ食べる怪鳥だと知ってるだガア? ていうか、他の鳥を褒めるために、オイラがこんなクイズ出すわけないだガア!!」
 顔から湯気を出して怒りだした。

「ごめん、ごめ~ん。カラスが一番、神聖な鳥だって言いたいんでしょ?」
「そうだガア。ギャギャギャッ、そのニヤケた顔は信じてないだガア?」
「だってぇ~~、神聖な鳥のわりには全身真っ黒だしぃ~~、そんな話、聞いたことないしぃ~~……」

「これだから、本当に人間にはまいっちまうんだガア……」
 ハシブが首をふりながら、
「オイラたちカラスの羽が真っ黒になったのも、元はといえば人間のためなんだガア」

「え?」
 カラスの羽が真っ黒になったのは……、
「人間のため……?」
「そうガア」
 じゃあ、カラスはもともと黒色じゃなくて……、
「違う色だったってことなの?」
「当たり前だガア」

 黒色以外のカラスなんて想像も出来ないあたしがポカンとしていると、
「ガホン! ガホン!」
 ハシブが偉そうに咳払いをして、カラス界の歴史を語り始めた。

「昔、昔、はるかなる昔──。天上界の神様がこの世界を治めていた時代の話だガア。我らが祖先である、初代カラス様は神様の使いとして、地上に住む人間界を見回るのが仕事だったんだガア。人間たちがなにを考え、なにが必要なのか、なんで困っているのかを、真ん中に生えている三番目の脚で情報をキャッチして、神様に伝えていたんだガア。つまり、初代カラス様は、天上界と人間界をつなぐ仲介役を果たしていたんだガア。それで……」

「ちょっと、ごめん! そのときって、初代カラスさんの羽の色は何色だったの? 真っ黒じゃなかったんだよね?」

 目をつぶり気持ち良さそうに話していたハシブは、話の腰を折られたことに不満そうな顔をして、
「だから~~、それをいまから話そうと思ってたんだガア~~! ていうか、初代カラス様の脚が三本だったことはスルーだガア?」

「あ、ごめん……三本脚のことよりも、体の色のほうが気になっちゃって……」

「な~~んか調子が狂うガア……初代カラス様の御身体は白銀色だったんだガア」

「白銀色のカラス……!?」
 あたしは目をまんまるくして驚いた。

第3章『 ミサキ 〜後編〜 』へ続く。。。

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