【第3章】 ミサキ 〜後編〜
第1章『 ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 ミサキ 〜前編〜 』
目の前で不機嫌そうにこっちを見ているハシブの全身が白銀色になっている姿を、脳内イメージしてみた。
「かっこいいじゃん……」
フォルムは同じなのに、黒から白銀色に変わった瞬間、神々しいオーラをまとった鳥に一変した。
「驚いたガア? でもこれは本当のことなんだガア。それで、冬の厳しい寒さが……」
「でもさあ、なんで、そんなきれいな白銀色だった羽が真っ黒になっちゃったの? もしかして、なんかとんでもなく悪いことやらかしちゃって、神様に罰を受けたんじゃないの~~?」
「ンガアアアア……」
ハシブががっくりと肩を落とす。
「アンタはなんでそんなに、話を聞くのが下手なんだガア? 質問は話を全部聞いたあとにしてほしいガア。ていうガア……」
ハシブがキッと目をつりあげて、あたしをにらみ、
「初代カラス様が悪いことなんてするわけないガア! 今度、話の途中にクチバシを挟んできたら、二度と教えないガア。ちゃんと聞くガア?」
あたしはクチバシをギュッと閉じて、コクコクとうなずいた。
「な~~んか、いまいち信じられないガア……」
ハシブがあたしの目をのぞきこむ。
「まあいいガア……ガホン、ガホン! それで、冬の厳しい寒さが一ヶ月以上も続き、人間たちが凍えて苦しんでいるのを知った初代カラス様は、神様のいる天上界へ急いで戻り、人間たちへ火を与えてくださるようにお願いしたんだガア。でも、神様は人間に火を与えることを許さなかったんだガア。それでも、初代カラス様はあきらめずに、何度も何度も神様へお願いしに行ったんだガア」
「初代カラスさんってやさしいのねえ」
「慈悲深いんだガア。ん? いまの合いの手はなかなか良かったガア。突然、聞き上手になってどうしたんだガア?」
ハシブにからかわれて、顔を赤くしたあたしは、
「そ、そんなこといいから! 神様はどうしたのよ?」
話の先を急かした。
「根負けした神様は『ならば、太陽のかけらを人間たちへ持っていくがよい』とおっしゃったんだガア。でも、太陽のかけらはものすごく高温で、人間たちの住む地上まで持っていくには、決死の覚悟がいるんだガア」
「ちょっと待って! それって、神様の意地悪なんじゃないの? あ、ごめん……つい……」
ハシブの目が血走っている。ヤバイ……。
「そのとおりだガア……」
「え?」
「神様は、人間が火を悪いことに使うと危惧していたから、初代カラス様をあきらめさせるために、難題を突きつけたんだガア」
「やっぱそうなんだ、それでそれで?」
「初代カラス様は、神様の使いという意味の『ミサキ』という神聖な名前をもらっていたので、意を決して……」
「エエエ~~~!?」
あたしが驚き、
「ガアア~~~!?」
ハシブも驚き、互いに見つめ合う。
「ガホン……」
ハシブが咳払いをして、
「いまの短いくだりで、なんか驚くような山場があったガア? クライマックスはまだまだ先だガア」
「だって……あたしの名前も美咲なんだもん……」
「ナッ……」
ハシブのあんぐりと開けたクチバシから、魂が抜け出ていく。
「ハシブ、ハシブ! しっかりして!!」
あたしはハシブの硬直した体を激しく揺さぶった。
「ガハア~~」
ハシブが目をぱちくりさせて、
「……驚きすぎて心臓が停まりかけたガア……。それにしても、アンタは素晴らしい名前を付けてもらったガア。ご両親に感謝だガア」
「あ、うん……」
自分の名前を褒めてもらって素直に嬉しかった。
「それで……え~~と、どこまで話したんだっけガア?」
「ミサキって神聖な名前のところから……」
あたしは顔を赤らめながら答えた。
「ああ~~そうだったガア。それで、初代カラス様は『ミサキ』の誇りにかけて意を決し、迷うことなく太陽まで飛んでいったんだガア。そして、燃えさかる太陽のかけらをクチバシにくわえると、人間界まで急降下したんだガア」
「でも、太陽のかけらはハンパじゃないくらい熱かったんでしょう? 初代カラスさんは大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃなかったガア」
ハシブは首を横にふって、
「太陽のかけらから放たれる高熱の炎に初代カラス様の全身が包まれ、くわえていたクチバシからノドの奥にまで炎が襲いかかっていったんだガア!」
凄まじい炎に全身を焼かれながらも、人間のために命を賭して太陽のかけらを届けようとする初代カラスの壮絶な姿に、あたしは言葉が出なかった。
「それでも、なんとか初代カラス様は太陽のかけらを人間界へ運ぶことに成功したんだガア。その太陽のかけらが、いまも人間たちが使っている火の元種になったんだガア」
「それで、初代カラスさんはどうなったの?」
「人間界へたどり着いたとき、初代カラス様は全身火だるまの瀕死状態だったんだガア。それをいち早く発見した人間たちが大急ぎで初代カラス様の体へ雪をかぶせて火を消し、動けるようになるまで手厚い看護をしてくれたおかげで、なんとか命は助かったんだガア」
「よかったあ……」
あたしは心底、ホッとした。
「でも、そのときの炎によって、白銀色に輝いていた羽は真っ黒に焼け焦げ、ノドまで焼きつぶれて、鈴の音のような美声だったのが、ガアーガアー、だみ声になってしまったんだガア。そのあと、初代カラス様は天上界へ戻ることなく、人間界でずっと暮らし続けることにしたんだガア」
おそらく、ハシブの話はカラス界に代々伝わっている神話で、事実ではないかもしれない。
でも、あたしは十倍増しで、カラスにぐぐぐんと親近感が湧いた。
「まあそういうわけで、オイラたちはこの真っ黒いボディーも、ガラガラのだみ声も、ミサキとして立派に使命を果たした初代カラス様の魂を受け継いでいるから、とっても気に入ってるんだガア!」
ハシブの表情は誇らしげだった。
「でもさあ、なんで初代カラスさんは神様の使いだったのに、天上界へ戻らないで人間界で暮らすようになったんだろう? もしかして、太陽のかけらで焼かれちゃったツバサが完全に治らなくて、天上界に戻れなくなっちゃったのかなあ……」
「う~~ん……オイラもじいさんからその理由は聞いてないからよく分からないガア。でもたぶん……」
ハシブがはにかみながら、
「やさしくしてくれた人間たちのことが、神様よりも大好きになっちゃったんだと思うガア……」
嬉しそうに言った。
やさしいのは、ハシブ……。
あなたたち、カラスさんのほうだよ……。
あたしはカラスのことが千倍増しで、大大大好きになっちゃった。
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