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夏の終わりのセミの話。

午前11時、公園のベンチで缶コーヒーを飲む。
夏の終わりの9月の中間。今朝は風が吹いている。
上空で高気圧と低気圧が重なり、不安定な気候になることで発生する風。熱くも冷たくもない風。

足元を見ると、一匹のセミが仰向けになって死んでいた。もうそんな季節になったのか……と、感慨に浸った。

少し遠くの方から聞こえてくる子どもたちの遊ぶ声。左耳に入り、右耳へ抜けていく。気分が良くなるBGMではない。
コーヒーはどんどん温くなって、甘ったるさが増す気がした。

ふと足元に目線を戻すと、死んでいると思われたセミが動いているので、わたしは少し驚いた。
セミの足は10本くらいあった。
10本の足がそれぞれ不規則に、もごもごと動く。
大事な翅は、下半分がもげているように見える。
もごもご、もごもご、音もなく足だけが動く。

体を起こしたいのかもしれない。飛ぶために。
セミは、今度は足だけでなくお尻を動かし、体の向きを自身の左に転換した。
角度にして45度くらい。どうでもいいが、蜂に似ている気がする。
しばらく見ていたが、その間もずーっと、もごもご、もごもごとしているから、これはセミがやる足の運動なんじゃないか?とすら思えてきた。

そのうち、鳩が飛んできてセミの周りに落ち着いた。
わたしは内心ドキッとした。啄まれるかもしれない。
が、鳩はセミに興味がないらしく、座っているベンチの下を通過し、そのまま向こうへ歩いて行ってしまった。

もごもごするセミを見ていると、わたしみたいだなぁ、と思った。
もごもごと足を動かして、もがく。もがく。
飛べるかわからないのに、それでも動かす。

セミの体を正位置にするべきか?いや、それは余計なお世話かもしれない。
ただ、セミ自身がそう願っているとしたら。

"わたしはまた飛びたいのよ"
"だれか 誰でもいい たすけて わたしに気付いて"

空想のモノローグから我に帰ると、セミはお尻の向きを再び変えた。
右へ45度。元の位置に戻っただけだ。
こうして生温い風が吹く灼熱の砂の上で、いつか死んでいくのかな。

東の空の向こうに雨雲が見える。
時たま吹く強い風で、セミの上体はふっと浮いた。
その勢いを利用してひっくり……返りはしなかった。
バタバタッ バタバタッ 不完全な翅を地面に打ち立てる。

太陽を遮っていた分厚い雲が抜けて陽射しが戻ってきた。一瞬にして暑くなる。額にじっとりと汗が湧く。
空に近い元気なセミたちが、みんみん、みんみーんと鳴き始めると、公園はよくある夏の風景に戻った。

どうしようもない状態で雨に降られようが、翅がもげようが、飛べなかろうが、結果死のうが、それはその個体が引き受ける運命なのかもしれない。

帰り道、翅がもげた生き物のことを考えながら歩いた。
運命を変える勇気は、わたしにはまだ持てない。

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