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酒本歩『ロスト・ドッグ』 優れた小説について考えた

 前記事でも触れた酒本歩氏による『ロスト・ドッグ』(光文社)、読了しました。
 動物医療とミステリーにどんな関係が?と思いつつ読み出したら…止まらない面白さでした。のめり込んで一気読み。誤解を恐れずに一言でまとめさせていただくと、「優れたプロの仕事を拝見した」という満足感でいっぱいです。
 読み手を引きずり込む面白さとスピード感がありながら、あらゆる要素のレベルがスケールを振り切っている。すごい。優れた小説とはこういうものなのか、と身震いする鮮やかさです。
 動物医療の現実に直面する主人公・太一の苦しみと葛藤を描き出す、卓抜した描写は圧巻。胃が痛くなるほど感情移入し、まさかと疑う決断に胸が震えます(実家にいた頃には犬やインコなどと暮らしていたので、ますます他人事とは思えず…)。同時進行するミステリーは、二転三転どころか四転五転し、予想を超えた結末へと着地していきます。
 太一の個人的葛藤と、動物医療が抱える課題、さらに両者を巻き込むミステリー。それらすべてが、説得力に満ちた、読みやすく確かな筆致でひとつの物語に編み上げられている。すべての謎が明らかにされた後、やさしく苦い余韻に呆然としつつ本を閉じる他にない。小説の至福がこれでもかと詰まった作品です(それと、登場する犬がとてもかわいい。ということを強調しておきたい)。
 
 優れた小説とは何かと問われれば、答えは人によって様々かもしれない。ただ、優れた小説を支えるものが何かと言えば、要素はそれほど多くないでしょう。アイデア、キャラクター、筆力、背景知識、それからプロット。こういったものかなと。
 酒本先生はnoteで小説の書き方について様々な角度から語っておられますが、ご著作のプロットの作成過程も惜しみなく公開していらっしゃいます。この詳細さと充実度、ご覧になったら驚愕すること請け合いです。ここまでキャラクターの心理や行動の動機、イベントの関係と伏線を突き詰めておられるのか…!と感嘆せざるを得ません。

 ミステリーというジャンルだから、という理由もひとつにはあると思いますが、本作を読み終えてこう思わずにはいられませんでした。

「優れたプロットは優れた小説に宿る」

 プロットが優れていればもれなく優れた小説になるかというと、必ずしもそうとは言えない。大枠のみ決めて執筆する有名作家も意外と多いようです。けれども、質の高いプロットが優れた小説の必要条件なのは疑いようがないだろうと。
 キャラクターがどれほど右往左往しようとも、あるいはどんでん返しに次ぐどんでん返しが続こうとも、決して揺るがない物語の強靭さ。完成度の高さ。上質なプロットの威力をまざまざと思い知らされた気がします(*ちなみに、執筆しながら加筆修正ももちろん加えておられるようです)。
 優れたプロットを構築できるということ自体ひとつの才能なので、今日から真似しようと思ってできるものでもないのですが。
 私自身はプロットの作成は苦手でして、A4数枚にざっと大枠を書き出し、必要な資料を読み込んだら執筆に入ってしまう人間です(そしてうんうん苦しむ羽目になる)。
 ゴールさえわかっていれば、見切り発車でも力技で泳ぎきることはできなくもない。ただ、練られた設計図が描けるということは、キャラクターと物語全体を知り抜いていることの証左でもあります。完成度の高い、良質な作品を作りたいと思うのであれば、少しでも物語の全体像ににじり寄り、熟考を重ねたプロットを作る努力をすべきだと感じました。
 面白く、かつ学ぶことが多くある読書体験でした。
 お勧めの傑作ミステリーです。

モコがかわいいのです!

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