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わたしの太陽

「元始、女性は実に太陽であった。」

と言うけれど、私はそんな恒星のような女性はまっぴらごめんである。


 授業の冒頭から聴く気が削がれてしまい、机に顔を突っ伏した。正午前になると、窓から丁度良く陽射しが入ってきて眠たくなる。光に反射して、時々埃が宙に舞っているのを横目に見ながら、なんとなく数えてみたりする。
 そもそも、今日は運が悪い。ギリギリ間に合いそうな時間の寝坊。乗りたかった電車にすんでのところで乗れず。学校に辿り着けば、1限が休講だった。最後に関しては、入学当初、積極的に友人を作る気にならなかった私の問題でもあるかもしれないが。
 教授の声がどこか遠くから聞こえるような気がする。重たい体を起こして、ノートを開き、自動操縦のように板書を書き始めた。

 授業後の開放感が教室を満たしている中、足早で教室を出ようとすると、教授に呼び止められた。
「山下さん。今日の講義はどうだったかな。」
教授の原先生は、教授にしては若く、自分は開拓者としての素質があると思い込んでいる節がある。
「とても面白かったです。」
「それは良かった。女性の活動家は、今の時代でこそ普通かもしれないが、あの当時はかなり斬新だったはずだ。しかも女性を“太陽”に例えるのは、世界を照らす不動なものをなぞらえているように僕は感じているんだよ。」
話し出すと長いのは、教授という生物の典型だ。
「お話はとても興味がありますが、先を急いでいるので。」
「それは失敬。実は来月の初旬に学会を控えていてね。よかったら君も来ないか。君はとても優秀な学生だし、僕からも是非にと推薦したいんだ。」
来月は11月。こちらにも予定というものがある。何より、私はこの人間が苦手だ。
「申し出はとても嬉しいのですが、予定がありますので。」
そう言って、振り返らずその場を去った。

 外の空気が美味しい。1ヶ月前に比べれば、空気が冷たくなった。校舎と校舎の間を縫うようにできた道を歩く。
 教室という箱は、まるで壁の群衆だ。大きな空間が壁で四角く区切られ、空気が人間でさらに行き場を失っている。声が空気を仕切り始めると、一気に息苦しくなる。机が、窓が、黒板が、人が、声が、すべてが、私にはただの壁。その分外に出れば、一段と広さを感じる。建物の隙間からしか空が見えなくても。
 特に予定もないので、自然と足が部室に向かう。なんとなく見上げると、空が高くなっていることに気づく。雲があんなに遠くにある。空気が澄んでいるからか、空がやけに青い。大きく深呼吸をすると、全身に冷たさが広がった。気持ちいい。久しぶりに上を向いた。普段は足元をみて歩いているし、イヤホンで耳も塞がっている。
 そう思っていると、向かい側から人が歩いてくることに気づき、結局下を向いてしまった。

 爪先が交互に見えるのをなんとなく面白いなと思いながら歩くと、部室棟の前まで来ていた。

急に声が降ってきた。
「こんなに天気がいいのに、下向いてるのは勿体無いよ。」
再び見上げると、彼女は暖かな微笑みと共にそこにいた。

少し温もりの残る風が、下から吹き上げた気がした。


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