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#142 留学生よ、 眠り姫になるな!

今日から3回シリーズで、関連した内容の連作エッセイを書きたいと思います。3本目が終わったら、ちょっと企んでいることがあるので、これまで書いてきたような内容のエッセイはしばらくお休みして、少し毛色の異なるシリーズを書きます。それでは3本シリーズの初回は、「留学生よ、眠り姫になるな!」です。note の街には留学中の学生や、留学を終えて仕事を始める方がたくさんいますね。そんなみなさんへのメッセージにしたいと思います。



生まれて初めての留学はカナダ、 PPDって何だ?

生まれて初めて海外へ行ったのは、1996年、23歳の時のことでした。英語教育専攻で大学院に入った年であり、海外経験ゼロのまま教師になるのもどうかな、と思ってカナダへ行くことにしました。1ヶ月の語学留学の初日には、クラス分けのためのプレースメント・インタビューが行われました。
 担当する先生がブースに分かれて座り、一人ずつその前に座って話して、先生が適切なクラスを決めるというものでした。多くの日本人や韓国人のように、「就職に有利なので英語を話せるようになりたい」という人の他に、南米などからカナダにすでに移民してきていて、「毎日の生活のために必要」という方もいて、早々にカルチャーショックを感じたのを覚えています。

クラスは上から、AC1, AC2... と記憶では AC5 くらいまであり、それとは別に PPD1, PPD2 の二つの「PPD」と呼ばれるクラスがありました。僕はインタビュー内容から判断されたのか、PPD1 のクラスに入ることになりました。さて、PPD とは何の略か、分かる人いらっしゃいますか?当時は、留学の目的としては「斬新な」内容だったようです。

PPD とは、Personal and Professional Development の略で、補って訳すならば「個人の内面の成長および職業に役立てるための英語力養成」を目的としたコースでした。現地で仲良くなって、コース終了後に一週間一緒に旅行した友人(下に引用した記事をご覧ください)は AC1 クラスにいたので、どうして一緒になれなかったんだろうと何度も考えたものです。

今の価値観では、「個人の内面の成長および職業に役立てるための英語力養成」は当たり前で、「それ以外、何のために留学するの?」という質問が返ってきそうです。それでも1996年当時は、この目標のために語学留学するというのは斬新だったのだと思います。では、主流の価値観とは何だったか?それは、AC1, AC2 という名称が表しています。
 AC は Academic の略で、つまりは将来英語圏の大学院で学ぶことを希望する学生のためのトレーニングというのが、当時は「一番普通」な語学留学の目的だったわけです。つまり「学術研究に役立てるため」です。今は、学位取得を目的とする留学(この目的での留学生は、日本では割合的にはごく少数)以外では、一年程度の留学でも PPD が普通になりましたね。

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留学の元々の意味

ここであえて、「本当にそれでいいのか?」を考えてみたいと思います。というのも、周囲で一年以上の長期留学を終えて日本に帰国した人を見ていて、本当に残念な思いでいっぱいだからです。

本来という言い方は避ける方がいいのかもしれませんが、留学はもともと、「自国にないものを他国から仕入れる」ために行うものでした。時代を遡ると、ロンドン大学(UCL = University College London)には西洋の最新の知見に触れるべく、伊藤博文や夏目漱石など多くの大物日本人が留学しました。僕が今オランダにいるのも、日本では手薄な「人間と科学技術の協働の最適解」を見つける研究をするためです。学位取得後はここで得た知見を日本に還元するのが夢です。

多くの留学帰国生が、note 記事などで、雑にまとめてしまうなら「留学を通していろいろな文化を体験し、人間としての幅が広がったと思います。その成果を今後の社会人生活に役立てたいと思います」というような感想を残しています。それはもちろん素晴らしいことだと思います。しかし、です。

日本では一年以上の留学経験者の数はまだまだ少ないので(統計上は増えているように見えますが、「一ヶ月程度」の短期留学者数の占める割合が大きいです)、就職活動においてはどうしても特別な目で見られてしまいます。そして、「〇〇の国ではこうでした。日本も見習えばいいと思います」というのは、「留学経験者が決して言ってはいけないタブーフレーズ」として知られています。幕末〜明治期には外国の知識を貪欲に仕入れた日本ですが、今の日本は外国の価値観を仕入れることに対しては大変閉鎖的になってしまいました。

そして、留学中「あんなにキラキラ輝いて、自分の信念や理想を持っていた」学生が、就活時期を経るとともに、信じられないくらい、自分から「普通の日本人」になっていってしまうのです。留学時代の思い出が「キラキラした青春時代✨」の思い出として本人の記憶の中で生き続けるのだとは思いますが、社会全体として見た場合、それはあまりにもったいないです。日本がよりよく変わっていくチャンスをみすみす捨てているようなものだ、と note の記事を読んでいて感じます。

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映画 『マレフィセント』 を思い出した

このことを考えていて、ある映画の一シーンを思い出しました。ご覧になった方も多いと思いますが、『眠れる森の美女』を原作として、アンジェリーナ・ジョリーが主演した映画『マレフィセント』です。作品では、

16回目の誕生日の日が沈む前に、糸車の針で指を刺して、死んだように永遠の眠りにつく

『マレフィセント』での呪い

という呪いが、オーロラ姫にかけられます。そうならないように、国中の糸車がお城の地下室に集められ、オーロラ姫が決して糸車に近づけないようにしたのですが、呪い通りオーロラ姫は吸い寄せられるようにその部屋へ辿り着き、自分から糸車の針で指を刺して、眠りについてしまいます。

『マレフィセント』の糸車のシーン 〜 オーロラ姫は引き寄せられるように糸車に行き着いてしまう(引用元サイトは画像をクリックしてください)

このシーンが、留学を終えて日本に帰ってきて、あんなに自由でクリエイティブな考え方を持っていた若者たちが、「人が変わったように」日本社会の既存の価値観に自分から吸い込まれていく現状とぴったり重なりました。

『眠り姫』

オランダでの研究員ポジションを得ようとドイツで孤軍奮闘していた頃、友人が「この曲いいよ」と教えてくれた曲が、SEKAI NO OWARI(セカオワ)の『眠り姫』です。ポップでゴキゲンな曲ですが、その曲を聴いて僕が考えたのは上のことでした。その友人もイギリス留学の経験者で、『マレフィセント』の話はしませんでしたが、教えてもらった曲『眠り姫』から連想したこととして、上の内容を伝えました。僕の頭の中では、「その友人 = オーロラ姫 = 眠り姫」でした。すると、

私は大丈夫だと思うよ^^

君はそう言うけれど……

とあっけらかんと言ってくれました。でも、日本社会の吸収力はそんなに弱いものではありません。全ての留学生が「糸車の針に指を刺して」日本的価値観に戻ってしまうと、日本社会が必要な方向に変わっていく原動力が随分と弱くなってしまいます。中国もヨーロッパも、自国の足りないところは他国から学んでいます。留学経験者はどの国にとっても、とても貴重な存在なのです。『眠り姫』の歌詞の一部を引用します。

ボーっと火を吹くドラゴンも僕ら二人で戦ったね
勇者の剣も見つけてきたよね
Ah このまま君が起きなかったらどうしよう
そんなこと思いながら君の寝顔を見ていたんだ

セカオワ『眠り姫』より

もちろん彼らがこの曲を書いた文脈は全く異なりますが、今日の文脈で考えるならば、「勇者の剣」は、幸運にも留学することが叶った人が海外で授けられた「日本の価値観と、それとは異なる海外の価値観を共存させられる能力」だと思います。その友人と僕は、なぜか上の部分の歌詞が気に入って、よく話題に出していました。せっかくなので、『眠り姫』ぜひお聴きください。

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留学経験者のみなさんへ

最後にメッセージです。留学経験者のみなさん、必要以上のプレッシャーはかけたくありませんが、みなさんは現在の日本の厳しい経済状況の中、留学という夢を叶えたかなり幸運な人たちだと思います。その幸運を、「自己内面の成長」や「就職に有利」といった軸だけで見るのではなく、「日本社会に還元する」という発想を持ってみてはどうでしょうか。
 サムライの国だった日本が、近代国家に生まれ変わった時には、UCL に留学した幕末の24人(長州5名、薩摩19名)が大きく貢献しました。1993年に UCL の中庭に建立された記念碑には、彼ら24人の名前が刻まれています(ロンドンに行った時に見に行って、彼らと乾杯してこよう🍻)。次の記事が詳しいです。

留学経験者のみなさん、どうぞ、「ヨーロッパでは、中国では、アメリカでは、カナダでは、オーストラリアでは(その他どこでも!)〇〇でした。この会社でもその方法を試してみませんか!」と堂々と言ってみてください。煙たがられるくらい、安いものです。そういった発言であなたを不利に扱うような会社や役所には、いる必要はありません。英会話スクールのバイトで繋いで、次へ行きましょう。

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三部作はじめのこのエッセイは、その『眠り姫』の友人、Karina さんに捧げたいと思います。『眠り姫』はオランダ出願に向けて毎日のように聴いたので、僕にとって一番最近の「頑張った時ソング」になりました。「私もイギリス留学について思ったことをエッセイにしたから、あなたも書いたら?」とこのエッセイを書くきっかけをくれたエッセイを引用します。小説のような素敵なエッセイです🌱

Dear Karina,
君が何と言おうと、
僕はやっぱり君のことが心配だから、
君が眠りかけたら、勇者の剣を持って、
起こしに行きます✨

何があっても君の味方です

今日もお読みくださって、ありがとうございました😴
(2024年5月27日)

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