【ショートショート】スカートセンチメンタル

 新田のスカートが風で大きく揺れた。スカートが丁寧に短く折られたせいか、膝裏が影になってチカチカと僕の目に映った。校舎と対角にあるこの木陰からは、砂埃舞うグラウンドを挟んで授業が始まっている教室が見えた。

 転校するの、と言ったきり新田は何も言わなかった。もしかしたら何も言えなかったのかもしれない。葉っぱ通しが擦れて、音を立て僕らの沈黙を埋めた。

「なんか言ってよ」

「今考えてたところだよ」

 拗ねた顔が、横顔でも分かった。何を言うべきか迷っていたけれど、結局のところ正解は無いように思う。

「沢山の思い出も、新しい環境で埋もれてしまったり、逆にそれに縋ってしまう可能性があるのが怖い」

 彼女は彼女で、年頃らしく深く事態を受け止め悩んでいるのだろう。独り言みたく言った言葉は、それを真に表していた。

「よく怒られてたよね、田崎先生に」

「うん、スカート短いだの、化粧が濃いだの」

 僕が思い出話をし始めると、少し声が掠れていた。僕から見ていた新田という人はここまで弱くなかったと思うが、僕は理解できていなかっただけなのかもしれない。

「新しい学校に行ったら、スカートも伸ばして化粧も薄くするんだろうな」

「どうだろう」

「いや、新田はするよ。根は真面目だからね」

 別にそんなんじゃないし、とかぶつぶつ小さく呟きながら僕らの倍、いやもっと長生きしている木の周りを歩いていた。

「新しい新田だ、新田はもう一度生まれるんだ」

 僕の冗談めいた言葉に、何も言わずにただ微笑んでいる。僕は、僕と空の間にある梢を見ながら「そしたら、新田は一つ大人になるんだ」と言った。うん、とだけ返ってきた。

「階段を登るみたいに、また新しくなった新田はスカートをちょっとずつ短くして強くなる、今よりもね」

「馬鹿にしてる?」

 身振り手振りを混じえて、そういうわけじゃないと笑った。

「一つ大人になったら、僕の事を思い出してセンチメンタルになる。でも、それをも乗り越えてまた新しい新田になる」

「ニュー新田だ」

「そう」

 こんな事を言いながら、一番センチメンタルになっていたのは多分僕だった。僕こそ、この場所で彼女を思い出して物思いに耽るだろう。

 誰も居ない校庭では、僕らだけが笑っている。

 スカートがまた大きく揺れた。

「忘れないから」

「ありがとう、期待してないけど」

 彼女のこれからが少しでも明るいと良い。そして殻を破るように、順調にもう一度生まれるとなお良い。

 彼女の短いスカートを、大事に見納めた。

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