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掌編小説040(お題:チョコシュークリーム)

妹の千世は泣き虫なので、よくクラスメイトたちからからかわれているようだった。だから、学校から帰る途中にある神社の石段でぐずぐずとべそをかいている千世を見ても、秋太は、またか、と思うだけだ。

無視して帰ろうと最初は足を止めずプイと通りすぎるのだが、しばらく歩くと、結局は踵を返して「なにやってんの」と声をかけてしまう。おにいちゃんってメンドくさいな、と、こういうとき秋太はいつも心の片隅でつぶやいている。

千世は涙でぐしゃぐしゃの顔をあげ、兄の姿を認めた。それから、なにか言おうとしては嗚咽に邪魔されるのを何度かくりかえしたのち、「りこちゃんたちと」とようやく事の次第を話しはじめる。

「りこちゃんたちと、グリコ、してたら、おいてかれ、ちゃった。ビリは、おうちにかえれないんだよって、いわれた。あした、また、グリコするまで、うごいちゃ、だめなんだよって、いわれて、ひとりで、こわくて」

千世が言っているのは、ここらの子供たちが「グリコ」と呼んでいるじゃんけん遊びの一種だ。グー・チョキ・パーをそれぞれ「グリコ」「チョコレート」「パイナップル」とし、じゃんけんに勝った者はその文字数だけ先に進むことができる。あれにビリは置き去りというルールはなかったはずだが、まさかバカ正直に友達の冷やかしを真に受けて明日までここにいるつもりなんだろうか。

「じゃあ、おれと勝負な」

秋太はしぶしぶ言って石段をのぼり、千世の横に立つ。数えてみたらたったの五段だった。アホくさ、おれならジャンプで下りて、追いかけてって「グリコのおまけ!」ってそいつの足蹴るのに。

千世がビリになった理由にはじつのところ心当たりがあった。本人は気づいていないのかもしれないけれど、千世はじゃんけんをするとき、チョキ、パー、グーの順に出す。必ずだ。一度その癖に気づいてしまえば千世に勝つのは楽勝だ。

「ほら、やるぞ」

「……ん」

「じゃん、けん、ぽん!」

千世はやっぱりチョキを出した。もちろん秋太はパーだ。千世の勝ち。これで千世は「チョコレート」の六文字ぶん進むことができる。石段は五段。一文字余裕をもってあがりだ。

「進めよ」

念願の勝利だというのに、千世は浮かない顔で唇を噛み、自分が出したチョキを見つめたままもじもじしている。

「おい」

「やだ」

「なんで」

「おにいちゃんがかえれないもん」

なるほど。「ビリはおうちにかえれない」をここまで忠実に守っていた千世だ、当然、兄を残してあがれないと思ったのだろう。今さらそんなルールはないと言ったって納得しない。大雑把な性格でのらりくらりとしている秋太と違って、千世は真面目な性格だ。そして気の毒なことに頑固である。

メンドくさいやつ、という気持ちが声にならないようそっと溜息をつき、秋太は枯れ葉を踏んでしばらく逡巡する。腹が鳴った。今日の夜ごはんハンバーグだったらいいな、などと思考が脇道にそれはじめたとき、ようやく妙案が浮かんだ。

未だぐずぐずとチョキを見つめて立ちすくんでいる千世のその手を、秋太はおもむろにパーで包みこんだ。 千世が目を丸くして兄を見上げる。

「チョコシュークリーム」と秋太は言った。

「ちょこ、しゅーくりーむ?」

「チョキとパーの合体技。チョコが入ったシュークリームだから、チョキもパーも『チョコシュークリーム』で十歩進んでいい。俺しか使っちゃいけない裏技だからみんなには内緒にしろよ」

そんな裏技も、秋太しか使ってはいけないというルールもあるわけがない。しかし千世は「すごーい!」と目を輝かせてその場をぴょんぴょん飛び跳ねた。バカ正直な妹だが、素直なのは本当はいいことだと、秋太は知っている。

「下りるぞ」

「うん」

「せーの」

チ・ヨ・コ・シ・ユ・ウ・ク・リ・イ・ム!

半分ほども文字を持てあまして兄妹は石段を下りきった。途端、まるでなにもなかったかのように秋太はさっさと千世の手を離し「帰る」と足早に歩きはじめてしまう。千世はあわててその背中を追いかけた。

「ねぇ、きょう、よるごはんなにかなぁ?」

「知らね」

「おにいちゃんのすきなものだったらね、ちよ、はんぶんあげるよ」

「ふーん」

「おにいちゃんのきらいなものだったらね、ちよがね、はんぶんたべてあげるから」

「好きにすれば?」

さっきまでぐずぐずべそをかいていたくせに、もうすっかりいつものおしゃべりな妹だ。どこかの家からおいしそうなカレーのにおいがする。千世もそのにおいを嗅ぎつけたようだった。

「カレーだといいね」

「うん」

本当はハンバーグがいいけれど、泣き疲れて腹も減っているだろうし、千世が言うならカレーでもいいかと秋太は相槌を打ってやる。

交互に石ころを蹴りながらパン屋の前を通りすぎた。家はもうすぐだ。

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