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掌編小説166(お題:大根のツマと私)

ツマと結婚したのは、今からおよそ二十年前のことです。色気のない話ですが、出会いは当時住んでいた町のスーパーでして。偶然目が合ったんです。鮮魚コーナーで。おたがい一目惚れでした。いやはやお恥ずかしい。

孤独。あるいは、悲壮、哀愁、虚無……上手く言葉であらわすのは難しいですが、ツマがあのとき身にまとっていたものは私のそれととても似ていました。意気投合した私たちは立ち話では飽きたらず、連れたって近くのアパートへとむかいました。私が住んでいるボロのアパートです。二〇三号室。ツマは見た目どおり、口数は少ないながらも大変気立てのいい女性です。安酒をちびちび啜りながら私のつまらない話をとても親身に受けとめてくれました。そうして、私たちは一夜を共に明かしました。

酒の勢いがなければ、生真面目な私たちには決して起こりえなかった出来事でしょう。しかし「一夜の過ち」などと軽々しく収めるわけにはいきません。目覚めてすぐ私はツマに結婚を申しこみました。喜んで、とうなづいたツマの透きとおるようなその肌にはほのかな赤みが差していました。身内もなく金もなく、指輪も式もありませんでしたが、それでも私たちはただささやかに幸せでした。

未だ、ツマは毎晩甲斐甲斐しく腕枕をしてくれるんです。膝枕……あるいは枕そのものといってもいいでしょう。うれしいやら恥ずかしいやら。おたがい、すっかり脂がのった年齢はとうに過ぎたはずなんですがね。しかし愛するツマに抱かれてねむるのは、ああ、なんと心の安らぐことでしょう。

さて、年甲斐もなく随分とのろけてしまいました。どうぞ出来たてのうちに召しあがってください。ツマの手料理はなんでも美味いのですが、やはり、一番は刺身です。どんな魚を相手にしても臭みがなく新鮮だ。ぜひ、わさび醤油で召しあがってください。

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