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掌編小説096(お題:カーテンコール)

幕があがる、って表現は物語のはじまりをあらわしているもんだと思ってたんだけどさ。いやぁ、まさか幕があがると終わる物語があるなんて。念願叶って小さな劇団ながらようやく一端の役者になったばかりだけど、まだまだ奥が深ぇわ、舞台。

オーケー、今の状況もう一回整理してみよう。

今回の舞台は犯人当てがメインのミステリー作品で、俺は、何者かによって殺された借金まみれで酒びたりの女にだらしないクズ男を演じている。序盤と、あとは主人公の推理を再現するシーンでこそ多少セリフや動きはあるけど、まぁ、ほとんどは舞台の上で死体の役を演じて倒れているだけだ。物語は事件発生から警察が駆けつけるまでの一幕を描いたもので、主人公によって犯人が暴かれたあと警察がやってくるところで終わるので、もちろん俺が倒れたままで舞台は閉幕する。

で、今まさに幕がおり、俺もようやく立ちあがって共演者たちとならんで最後のカーテンコールに臨むわけだが。

首に、なにか絡みついている。

細い、たぶんピアノ線とかテグスの類だ。幕がおりたあと、カーテンコールに備えて役者が一列にならぶまでのあいだに裏方の連中や共演者が何人か俺に近づいたことはあった。誰かがこれを巻きつけたのだとしたらたぶんタイミングはこの瞬間だ。……ただ、正直今それはあまり問題じゃない。問題は、どうやら幕があがると俺は首を吊ることになり殺されるということ。そしてカーテンコールがはじまる高揚感の中、もう、異変を知らせるタイミングがすっかり失われているということだ。

満員御礼の客席からは割れんばかりの拍手。幕が、上へ上へとあがりはじめる。ひょっとしたら気のせいだったかもしれない、と首の違和感を指でなぞって確認することはもうできない。両手は笑顔で前をむいたまま達成感を噛みしめている共演者たちの力強い手に絡めとられている。

幕があがっておよそ三分後、スポットライトの中でクズ男が悲鳴をあげて絶命する。暗転。ふたたび舞台に照明が当たると、第一発見者である恋人の一人が悲鳴をあげ、混乱の中で物語ははじまる――。今回の舞台はそんな流れだったっけ。同じだ。幕があがっておよそ三分後、カーテンコールの最中に俺は舞台から客席からの悲鳴を浴びながら死ぬんだろう。

あ、今首のあたりでなにか動いた。うわ、やっぱり気のせいじゃなかったんだ。

悲観は、不思議としていない。本物の死体を演じられる好奇心で内心興奮しているくらいだ。ああ、こんなこと、他のどんな名優にもできないだろう。

ほら、幕があがる。

俺は、なってやるさ、本物の死体に。

カーテンコールだと思ってぼんやりしてるんじゃねぇぞ。アンコールだ。客も演者も裏方もみんな準備しな。本当の物語のはじまりだ!

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