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掌編小説138(お題:ランプに願えど魔人は来ない)

一人目は骨董品蒐集を趣味とする壮年後期の男だった。彼はそれを、行きつけの骨董品店で見つけた。

「かの有名な、魔法のランプです」

と店主はのたまった。もちろん信じたわけではないが、単にランプのフォルムが気に入ったので、男はそれを百万円で購入した。妻が知ったらなんと言うか……。本当にこのランプに魔人がねむっているというのなら、ぜひ、妻がこの趣味を理解してくれるようにと願いたいものだ。ものは試しに男はランプをこすってみた。魔人はあらわれなかった。そりゃそうだ。男はがっくりと肩を落とした。

***

時とランプは流れ流れて、数十年後。二人目は小生意気な小学生の男児だった。彼はそれを、遊び場にしている土手の草むらで見つけた。

「これ、魔法のランプ?」

と少年は驚いた。それを無邪気に信じられる歳はとうに過ぎていたが、知らん顔をすることはできず、少年はそれをこっそり自宅へ持ち帰った。外国のつくり話だし、そんなことあるわけない……。だけどもし本当だったら、まず、聞いてもらえる願いを十に増やしてもらうのがセオリーだ。ものは試しに少年はランプをこすってみた。魔人はあらわれなかった。そりゃそうだ。少年は翌日、ランプを元どおり土手の草むらに捨てた。

***

時とランプは流れ流れて、数百年後。三人目は人生にほとほと疲れきった若い女だった。彼女はそれを、会社からの帰り道で見つけた。

『魔法のランプです』

と油性ペンで書かれた貼り紙がぞんざいにしてあった。自宅でもないマンションのごみ捨て場だが、藁にもすがる想いで女性はそれを手にとった。魔人が出てきたら言ってやる、今すぐあたしを安楽死させろって……。あ、叶えられる願いって三つだったっけ、ならまずはあたしの人生をこんなふうにした両親と元カレから呪い殺してやる! ものは試しに女はランプをこすってみた。魔人はあらわれなかった。そりゃそうだ。女は自嘲して、ランプは置き去りのままふらふらと帰路についた。

***

それからさらに数年後。四人目は期末テストをがんばった自分へのご褒美にスターバックスでキャラメルマキアートを堪能していた女子高生だった。彼女はそれを、スターバックスの駐輪場内で見つけた。

「やばっ、これアラジンのやつじゃね?」

と友人は興奮している。ニセモノに決まっているだろうと彼女は思ったが、友人に乞われ、仕方なく人気のない路地裏まで持っていく。ねぇ、マジでジーニー出てきたらどうする……? 友人と話しあって、とりあえず一つ目の願いは「明日学校が臨時休校になってウチらはタダでディズニーシーに行けるようにして!」にすると約束した。ものは試しに彼女はランプをこすってみた。魔人はあらわれなかった。そりゃそうだ。友人は手を叩いて笑った。

・・・

友人と別れて自宅へ帰ると、彼女は鞄に入れて持って帰ってきたランプをひとまず机に置いた。椅子に腰かけ、スマートフォンをスイスイ操作しながらランプについて調べはじめる。オイルランプ? 中に油を注いで、口から炉心を垂らして火をつけるのだという。へぇ。正しく使ったら今度こそ魔人出てくるかな。なんて。

さっそくキッチンからサラダ油を拝借して、ティッシュペーパーでこよりをつくり、風呂場で実践してみる。灯りのともったランプは魔人などあらわれなくとも美しかった。浴槽のへりに腰かけ、しばらくそれを眺めていた。

やがて、満足したので火を吹き消した。こよりの先から糸のような煙がただよう。それが空中に集まって人の形をつくっていることに彼女はまだ気づいていない。

「お嬢さん」

ちょんちょんと肩を突つかれ、彼女は風呂場をふりむいた。

「やれやれ長いねむりだった! ランプを見るとなぜかみーんなこするんだもの。正しい方法で封印を解いてくれたのはあなたがハ・ジ・メ・テ。お礼になんでも願いを叶えますよ。おっと、ただし三つまでね」

唖然とする彼女をよそに魔人は早口でまくしたてて、最後にウインクした。想像どおり陽気な性格らしかった。三度入念に頬をつねって、それから、ようやく彼女は現実を受け入れた。

翌日、学校は臨時休校になり、彼女は友人と東京ディズニーシーへ出かけた。昨晩母親が「期末テストをがんばったご褒美」と唐突に今日付けの入園チケットを二枚くれたのだ。もちろん魔人も一緒だった。マジックランプシアターには当然行った。魔人はゲラゲラ笑っていた。

楽しい思い出はたくさんできたが、さて、残り二つの願いごとをなににするべきか彼女はまだ決めかねている。

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