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佐々山電鉄応援団 第2巻

ー 日本政府からの依頼 ー


 8月5日。佐々山町地獄沢

台風が関西の方から接近している。

天気予報では午後から大荒れの天気になるらしいけど、午前中の群馬県は晴れていた。

嵐の前の静けさというけど、本当に台風が来るのか疑いたくなるような天気だ。

佐々山電鉄・小湯線の地獄沢駅前にあるホテル鈴木。

台風が来るのに、ほぼ満室な状況だ。

 僕は、ホテルのフロントに座っている。

あの事故から3日が経過した。

 佐々山電鉄のバス代行は、事故初日から道路渋滞や、乗客の積み残しが問題視されていたけど、バス会社も運転士不足や夏季の観光シーズンなどが重なりバスの手配が困難を極めていた。

 群馬県や沿線自治体の担当部署も対応に追われ、佐々山電鉄の運行停止でホテルや旅館、観光施設でのキャンセルも相次ぎ群馬県全体が混乱していた。

 ホテル鈴木の満室の理由は、事故現場に近い事から、事故処理の関係者が一週間ほど貸切っているだけの話だ。

 あの脱線事故から、僕も美佳ちゃんも、警察官、事故調から事情聴取や実況見分、事故の様子などを何度も聞かれた。

 僕は、肋骨に痛みを感じていたけど骨折はしてなくてヒビが数本入っていた。

 美佳ちゃんは、右手を骨折している。

身体の怪我は、美佳ちゃんの方が重症。

 でも、僕は事故の当日から毎晩、息苦しくて狭い電車の空間で小学生達の泣き声や呻き声で救助を待つ夢を見る。

 近いうちに、医師の診断を受ける事になるらしい。

 当日は、前橋から家族が沼川市内の搬送先の病院に駆け付けてくれた。

 僕は、家族が駆け付けてくれた事よりも愛理が本気で号泣して怪我をした僕を思いっきり抱きしめてくれた事の方が嬉しかった。

 愛理は国の命令で、あくまでも任務として僕の従姉妹になっているだけだと思っていたけど、愛理は本気で僕を心配してくれていた。

 京子ちゃんからも電話がきた。愛理とは違う心配をしていた。

 仕事のパートナーみたいな感じで、僕が居なくなると困る的な内容だった。

近いうちに京子ちゃんも見舞いに来るという。

 叔父さん達は、休んでいろと言うけど、身体を動かしていた方が精神的には安定できるのでホテルの手伝いをしている。

 「渋沢駅方面の代行バスが佐々山駅を出ました。まもなく到着します」

 僕は、ロビーにいる高齢の女性二人に声を掛けた。

 「優ちゃんも大変ねぇ」と言いながら高齢女性達は立ち上がり、暫くして到着した小湯線代行バスに使っているワゴンタクシーに乗り込んでいった。

 もともと、佐々山電鉄の乗車券を委託販売していた関係で、代行バスでも待合室代わりにホテルのロビーを開放している。

 ホテルのフロントの裏に事務室があり、此処で今日の宿泊者リストを宿泊予約者専用パソコンから印刷。

 ホテル鈴木では、予約を受けた人が責任者で宿泊客の滞在中は担当する事になる。

 宿泊予約時に、あえて僕を指定してきた。

「桜庭……様」

僕は、思わず呟いてしまった。

あの事故が起きる前、渋沢駅に居たのはインスタントハッピーカンパニーの南場チームのメイド服を着た女子だ。

 偶然なのか、インスタントハッピーカンパニーが脱線事故に関わっているのかは解らないけど、怪しい組織には違いない。

 南場と言う女子もメイド服の女子達も、僕とは直接面識はない。

 彼女達は、地元テレビや新聞では有名人。

確か、群馬テレビの特集で枠を持っている。

 東京の秋葉原周辺なら違和感が無いメイド服も、群馬の山奥では目立つだけだ。

その名前を聞いて、嫌な予感はしているけど、ホテルマンとしてはお客様を選り好みは厳禁。笑顔でお迎えをする事になる。

 ホテルフロントの内線電話が鳴る。

「優ちゃん。ご飯できたよ」

 愛理だった。

 フロント裏から、伯母さんが出てくる。

「優ちゃん。先に食べてきな」と言われ、ホテル裏の自宅に向う。

 ホテルの一階は廊下を挟んで、事務室の反対側に男女別の内湯に繋がる脱衣所のドアが並ぶ。

 その通路の突き当りに、非常口を兼ねた自宅を結ぶ渡り廊下へ繋がるドアがある。

ドアを開けると、炎天下の屋外の熱風を浴びる。

 速足で渡り廊下を抜け自宅玄関の戸を開けた。カレーの匂いが漂ってきた。

愛理はエプロン姿で「来たね」と笑う。

愛理が作るカレーは激辛だ。

「辛さこそ正義」と愛理は持論を語る。

過去に美佳ちゃんが遊びに来た時、愛理のカレーライスを食べた事がある。

美佳ちゃんは水をガブガブと飲んで「アタシは福神漬けだけで食べる」と涙目になっていた。

僕が、カレーを食べ始めてから暫くして

玄関の呼び鈴が鳴った。

「はーい」と愛理が応えて駆け出す。

スプーンの手を止め聞き耳を立てた。

 愛理の声で「あー。久しぶり」と笑い声が聞こえてきた。玄関先が賑やかになった。

愛理が「優ちゃん!京子ちゃん」

 咀嚼していたものを、水で流し込みゴホゴホと咳きこみながら椅子を立ち上がる。

居間を出て玄関に向かう。

「やぁ」と黄色いサマードレス姿の京子ちゃんが両手をブンブン振って笑っていた。

「いらっしゃい」

「ごめんね、急に連絡もしないで昼時に来ちゃって」

 愛理は「京子ちゃん。お昼ごはん食べた?カレーがあるけど食べる?」

 京子ちゃんは「うーん。優さんに大事な用事があるから。お気持ちだけ」と笑った。

京子ちゃんの背後に誰か居る気配がある。

「他に誰か居るの?」

「うん。紹介したい人達」

愛理が「中に入って貰って。外は暑いから」と京子ちゃんに謎の来客に上がって貰うように勧めた。

 京子ちゃんは「上がって良いって」と背後の人達に声をかけている。

京子ちゃんが連れて来ていたのは、スーツ姿の大人の男性と男子高校生、女子高生。

スーツ姿の男性は、たぶん自衛官だ。

伯父と伯母と同じように規律を叩き込まれた自衛官らしい独特の雰囲気がある。

そして、背後に直立不動でピシッと立っている二人の高校生。

男子は坊主頭。女子はショートカットで大人っぽいけど凛とした顔つき。

スーツ姿の男性は僕の前に立つ。

「鈴木優さんですか?」

「はい」

「私は神林と言います。防衛省の在日米軍基地を担当しています。彼は陸上自衛隊工科学校の学生で長谷川。彼女は防衛大学一年の西村」

「長谷川学生であります」

「西村学生であります」

 長谷川という男子は、イケメンで坊主頭の野球部みたいな感じだけど、しわの無い制服は自衛隊の学校というだけあり厳しい規律の中で生活をしている事を物語っている。

 西村という女子は、大学生というけど小柄で、女子高生の制服を着れば普通に女子高生で通じてしまう外見。でも防衛大学という自衛隊幹部を育てる学校なので、長谷川君と同じで、少しも笑顔を見せていない。

「お邪魔しますよ」

「どうぞ」

 スリッパを用意して居間に案内した。

愛理ですら慌てているので、彼らの来訪は、愛理にも知らされていないらしい。

食べかけのカレーを見て京子ちゃんは「もう一人が揃わないと話が始まらないので食べてください」と微笑んだ。

「もう一人来るの?」と僕は聞き返した。

「美佳さん」と京子ちゃんは即答した。

 さすがに、お客さんのいる前では食べにくいのでラップをして冷蔵庫に仕舞った。

 麦茶を飲みながら、無言の時間が経過。

 僕の携帯電話に着信。

美佳ちゃんだった。

「あのさ。クソガキ京子が、アタシに優の家に来いって。今度の代行バスで行くよ」

 なんか怒っている。

そもそも京子ちゃんが、どこで美佳ちゃんの連絡先を知っていたのかは謎だ。

二十分後に美佳ちゃんが到着した。

美佳ちゃんは、変な柄のワンピースを着ていた。

 たぶん、私服での美佳ちゃんのスカート姿は初めて見たと思う。そもそも美佳ちゃんがスカートの類を所持していない筈だ。

迷惑そうな顔で玄関に立っていた。

「制服以外でのスカート姿の美佳ちゃんを初めて見たよ」と愛理も驚いている。

 美佳ちゃんは「あー。これね。ママが買ってきたんだ。右手を怪我してるだろ。トイレとか着替えとか意外と利き腕が使えないと不便なんだよ」と苦笑した。

 オシャレとかではなく機能性らしい。

 美佳ちゃんは、居間に行くと「ほい?お客さん。どちらさま?」と神林さん達を見て不思議そうな顔をした。

「はじめまして。佐藤さん」と神林さんは自己紹介を始めた。

麦茶を飲みながら話が始まった。

脱線事故の真相。

 事故調の話だと、インスタントハッピーカンパニーが簡易的な脱線装置みたいなのを仕掛けていたらしいけど、その装置の手前から脱線していて事故が起きていた。

仮に、その装置を通過しても電車の車体自重が重くて圧し潰して脱線には至らないという調査結果があるらしい。

美佳ちゃんは「おいおい。未遂でも脱線させる装置を仕掛けた段階で悪党だろ」と憤慨していた。

僕も、あの事故の当日に渋沢駅にメイド服の女子が僕達を見張っていた事に合点がいった

神林は「この件は、まだインスタントハッピーカンパニーは自分達が仕掛けた脱線器で列車事故が起きたと思っています」

美佳ちゃんは「なんで小湯線を脱線させる必要性があるのさ」と興味深々で尋ねた。

神林さんが説明を始めた。

佐々山電鉄小湯線は、国民に知られてはいけない未返還領土で、アメリカ航空宇宙防衛司令部直轄のアジア圏の弾道ミサイル監視用の無人基地が存在している。

 それを、アメリカのドシキモ社という軍事企業が民間委託を狙っていて、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所という世界中の天才高校生達を集めた組織を使い、小湯線の廃線跡を使いRRMSという次世代交通の自動運転の実験線を建設しようとしている話。

 美佳ちゃんは「ようするにRRRMSって奴を作るのはカムフラージュで、ドシキモ社の本当の目的はアメリカの作ったアメリカ本土に到達するアジア圏のミサイルを監視する基地の民間委託。その民間委託を受けるために、佐々山電鉄から小湯線の経営権を奪うのが目的って話?」

 神林は「そうです。今回は君達、佐々山電鉄応援団に日本政府から密命があります。守秘義務、少々危険を伴うので護衛として自衛官二名を応援団の活動に参加させて頂きたい」

 佐々山電鉄応援団への政府からの密命。

 普通なら、そんな非常識で有り得ないような話は漫画か、小説の世界の中だけだ。

美佳ちゃんは、目をキラキラさせて

「おーっ。面白そう。いいねぇ。やろうぜ優」と快諾してしまった。

 むしろ京子ちゃんの方が驚いていた。

「美佳さん。遊びじゃないんですよ」

美佳ちゃんは「悪の組織か。こりゃ楽しい夏休みになりそうだ」と意気込んでいる。

 美佳ちゃんは簡単に引き受けたけど、根本的に何をするのか具体的にどうしたら良いのか解らずに承諾してしまっている。

 京子ちゃんが呆れ顔で美佳ちゃんに

「まずは話をきいてくださいね」

「ほいほい」

美佳ちゃんは時々、利き腕の右手が骨折を動かそうとするので痛そうな顔をする。

 神林という男性が言うには「インスタントハッピーカンパニーに鈴木さんと京子さんが潜入して貰います」と言う。

「潜入?」と僕は驚いて声を出してしまう。

 そして美佳ちゃんに

「佐藤さんも重要な任務があります。佐々山電鉄応援団を駆使して、佐々山電鉄沿線の自治体と沿線住民に行動変容を起こして貰いたい」と言う。

 美佳ちゃんは「行動変容?」と聞き返した。

 京子ちゃんが「何かの切っ掛けで、固定観念を持っている人達に刺激を与えて、気持ちに変化を与えるの。行動や考え方を変えて貰うのよ.沿線の人達に佐々山電鉄や群馬県に公共交通は必要だって」と微笑む。

 神林は「長谷川学生は群馬県立沼川工業高校に転入させる。西村学生は鈴木君と佐藤さんの学校に転入させる」と言った。

 京子ちゃんは「インスタントハッピーカンパニーには、優さんと一緒ならアタシも入ると回答してますので対応をよろしく」


      ♢


 夕方、僕はホテル鈴木のフロントカウンターに座っていた

 ホテル鈴木に制服は無い。僕は、白のシャツに紺のズボン、愛理は通販で購入したウエイトレスの制服を好んで着ている。

 当然ながら、インスタントハッピーカンパニーが宿泊する話になると、好奇心旺盛な美佳ちゃんが帰る筈がない。

 愛理のウエイトレスみたいな服を借りて、如何にもホテル鈴木のスタッフという顔で、当然のようにフロントに立っている。

 実は、群馬県立渋沢実業高校観光科も実習でホテルマンとしての授業もあるけど、渋沢温泉組合の仕来りで中学生以上のホテルや旅館関係の子供達は、宿泊業のイロハは叩き込まれているので美佳ちゃんもフロント業務は朝飯前。

 美佳ちゃんは「なんかワクワクしてきた」とインスタントハッピーカンパニーの支社長と、今回の脱線事故を引き起こしたと思われる女子高生の到着を待ち侘びる。

 忘れていたけど台風が来る。

夕方になって強風、雨が窓ガラスを叩くようになり天気予報通りになりそうだ。

インスタントハッピーカンパニーから連絡があり到着が遅れると連絡を受ける。

 小湯線の電車は動いていないので、自動車でホテルに夕方4時過ぎに入るらしい。

午後5時前に、自動車がホテル前の駐車場に到着した。

美佳ちゃんは「来やがったな」と不敵の笑みを浮かべる。

「美佳ちゃん。お客様だからね。敵意は絶対に見せないで。スマイルだよ」

「解ってるよ。アタシも温泉街の子だから」

僕はルームキーとパソコンの入力画面を開いた。

 自動ドアが開くとモデルみたいな綺麗な大人の女性と、赤い眼鏡のメイド服姿の女子高生が入って来た。

「酷い雨ね。なんだかんだで天気予報どうりか」と文句を言っている。

愛理がお出迎えをした。

赤い眼鏡のメイド服の女子高生はロビーのソファに座ると直ぐにノートパソコンを使い始める。

チェックインは、桜庭支社長がする。

「久しぶりね。昨晩、雨宮京子がインスタントハッピーカンパニーに来てね。鈴木君と一緒なら入りたいって言うのよ」

「僕は要らないけど、仕方なく?」

「まさかぁ。あの時はそうだけど。今はインスタントハッピーカンパニーの計画を脅かす程の超重要人物。優秀なら潜入捜査やスパイ活動も自由にどうぞ。その代わり働いてもらうから。ウエルカムよ」

「承知して、僕と京子ちゃんを?」

「そうよ。優秀なら敵の罠でもオーケー」

「そんなんで良いんですか?」

「人材不足なのよ。RRMSは技術者はいるけど、交通政策とか事務仕事、プロポザール提案とかの資料が出来るのが居ない」

「そうですか」

 プロポザールに参加という事は、何かのプロジェクトに参加するつもりらしい。

「猿山って知ってる?」

暫く考えてから、前に雨宮教授の勉強会で才能が認められて参加を承諾された中学生だと気が付いた。

「はい」

 僕は、京子ちゃんが認めた天才に興味がある。できれば会ってみたい。

「興味が出てきたみたいね」と不敵な顔。

「明日、東京来なさい。渋谷オフィス」

「明日ですか?」

「そうね。制服の採寸もあるし、研究の概要も知らせたい。興味があるなら来なさい」

 猿山という人物には、嫉妬に似た感情がある。どちらにしろ潜入捜査の事もあるので、明日は東京に行くのは断れない。

「いきます」

「はい。お待ちしてます」

ホテルマンとしてチェックインの仕事を忘れていた。

「まさか男子だったとはねぇ」と呟く。

 僕は「こちらにご記入を」と宿泊者カードを差し出す。美佳ちゃんが睨んでいる。

桜庭支社長は「ケガ大丈夫?」と問うと、美佳ちゃんは微笑みながら「おかげ様で、右腕をポッキリ折られました。とても不便です」と返答した。

 美佳ちゃんは、たぶん素で相手を睨んでいるだけで、けっして演技ではない。

桜庭支社長からすれば、僕達が神林さんと京子ちゃんとアクセスしている事を、何処かで監視して知っていれば美佳ちゃんの睨みは、ある意味では自分達が仕組んだ事故を知っての嫌悪だと勘違いしているかも知れない。美佳ちゃんグッジョブだ。

 お互い笑っているけど一触即発な空気。

「今日、担当させて戴きます鈴木です。お部屋の御案内をさせて戴きます」

「智ちゃん。行くよ」と桜庭支社長が呼ぶ。

 南場智子は、席を立つと無表情で歩き出す。

 桜庭支社長は、僕に「領収書はインスタント・ハッピー・カンパニー研究所でお願い」と言う。

301号室。

 そして部屋に案内してから階段を降りてフロントに戻る。 

 特段、何もなく翌朝チェックアウトした。


    ♢


 二人がチェックアウトした翌日。

僕は東京の渋谷に居た。

 駅前のヒカリエという高層ビルのオフィス層にあるインスタント・ハッピー・カンパニー日本支社。

 研究所は長野県の軽井沢町にあって、渋谷オフィスとよばれるのは事業所部門だという。

 受付を済ませると、会議室や面接をする部屋が並ぶ廊下を歩いた。

 フワフワする絨毯が敷かれた廊下。

 その両端にある壁には、サイエンスフェアでの受賞者、何かの賞でメダルを片手に歓喜する高校生の写真が掲げられている。

 どうやら天才高校生集団というのはホンモノらしい。

 一番奥の会議室は、ガラス張りで渋谷の街並みが一望できる展望台みたいな会議室だった。

 奥に偉そうな幹部や外国人など10名ほどが居た。

 すると、英語で幹部や外国人達は話し始め、暫くして会話が途切れると桜庭支社長が僕に「隣の会議室へ」と指示をした。

 僕は、隣の会議室に案内される。

 まずはデスクトップのパソコンで動画を見せられた。

 海外の次世代路面電車の動画や、自動運転のバスの動画、自動運転に携わるエンジニアのインタビューとかだった。

 桜庭支社長は「南場がしている仕事だ。技術系はウチには沢山いる」

 今度は、僕がよく知っている交通政策とまちつくりの動画が始まった。

 技術系の方はチンプンカンプンだったけど、この動画は興味深く、そして物凄く参考になった。

RRMSという次世代公共交通の説明場面、そして日本の過疎化地域が抱える地域課題の画面に共感を得た。

「さっきと目つきが違うわね。雨宮京子と同じ場面で、全く同じ反応かぁ。こりゃ。予想外にお買い得かもね」

 続いて、紙の資料で説明を受けた。

  LRT

 通常のチンチン電車とは異なり洗練されたデザインで主に低床なためバリアフリーに適して、小型、省エネ、維持経費も通常の列車と比較すれば安価なため導入しやすい。

  BRT

バス・ラピット・トランジットの略。バス高速度輸送システム。

 バス専用道路またはバス専用レーンを走行する事で渋滞は無く定時制、速達性に優れ、鉄道より安価で運行や維持ができる。

RRMS(Rail & Ride Mobility System)とは、LRTとBRTを道路に軌道を埋め込んだ専用道路を自動運転で運行。需要が多い時はLRTで運行、BRTは専用路線区間のみ自動運転として各方面にLRTの補完的な役割で等間隔運行を行う。等間隔運行には各バス会社との共同運行を行う必要があるため、独占禁止法違反に該当しないように特例処置を講じる必要がある。

RRMSは、交通政策で議論となる鉄道の廃止議論で問題視されやすい、鉄道施設の最低限度インフラを残す事でバス転換後の需要減少による代行バスの廃止という悪循環を低減し、マイカー利用者及び高齢者が免許返納した場合であっても”待たずに乗れる”というマイカーに劣らない魅力ある代替え交通、低床車両を使う事での身障者、高齢者負担減少、鉄道(LRT)と路線バス(BRT)の利点を生かし、欠点を補う次世代交通を担う。

 RRMSのLRTは、3タイプで第一編成は電化方式、第二編成は電気とディーゼルのハイブリッド方式、第三編成は蓄電池方式になっている。BRTは、主に日野ポンチョの電気車を使用したレベル5。

技術的な面では、既に南場智子が率いるチームが動いているが、規制、法令、シェアリング(共有)、モビリティマネジメントの手法、市場形成などの調査などは京子ちゃんと僕が来ないと着手できない状態になっているそうだ。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所は、天才高校生にスポンサーを付ける。

桜庭支社長は「鈴木。オマエのスポンサーはドシキモ社だ。雨宮京子と鈴木はドシキモ社からのご所望なんだよ」

 世界、そして日本でも育英財団みたいな組織はあって、優秀な学生に資金や活動の場を提供して研究開発に寄与する人材育成をする組織もあるらしい。

 あくまでも、それは学生側が自分の研究や頭脳を、審査して貰い価値を見いだし適合すれば財団生になれるというシステム。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所は全く違う。

 企業スポンサー制度。

 日本に限らず、世界中の企業が、自社の研究分野に必要な優秀な人材を欲しがる。

 いわば、究極の青田買い。

 各分野の天才高校生をドシキモ社またはインスタント・ハッピー・カンパニー研究所がスカウトして仲介料をとるビジネス。

ー 前橋市へ ー 


 8月のお盆が過ぎた最初の金曜日。

僕は、インスタントハッピーカンパニーとして初任務遂行の指示を受けた。

 群馬県の県庁所在地である前橋市に、美佳ちゃん、愛理で向かう。そして現地で長谷川君と西村さんと合流。

 佐々山電鉄の電車は、全線で運行停止になっていて代行バスが運行されている。

 始発の駅前に停車している観光バスの前に長蛇の列ができていた。

夏休みの温泉地ゆえ観光客と、普段から佐々電を利用している地元の人達が、わずか定員50名の観光バス一台に群がる。      

普段は、乗降客が少なくて赤字の佐々山電鉄ですら電車の輸送人員を観光バスや路線バスに転換するのは簡単ではない。

実際に電車が動かなくなた事で理解する事になる。

僕も美佳ちゃん、愛理も早く家を出てきたつもりだけど、真夏の炎天下の中で、駅前で立たされていた。

 次のバスが、いつ来るのかもわからない。

「つぎのバスはいつ来るんですか?」

美佳ちゃんが駅の人に聞くと、道路が渋滞しているのと、依頼しているバス会社もバスの運転士不足で運行台数を減便していると返答。

 その話を聞き耳を立てていた男性が駅員に不平不満を言う。

観光客は諦めて携帯電話で動画を見ている。高校生は部活の練習に遅れると駅員に遅延証明を出してほしいと頼んでいた。

そして、炎天下で熱中症になりそうな高齢者は道路に座り込んでいる。

 鉄道が赤字だからバス転換という現実の話は、こういう事を意味する。

 三十分ほど待たされて、“電車代行”の幕を掲げた古びた路線バスが到着した。

「なんだぁ、観光バスじゃないのか」と愛理はガッカリしていたけど、美佳ちゃんは喜んで写メを撮っていた。

「上信バスだ。絶対に渋沢温泉に来ない路線バスだよ。レアな奴」

 バス不足、バスの運転士不足は深刻で、寄せ集めで群馬県内のバス事業者に頼み込んで配車して貰えたという事らしい。

 たぶん、普段使いの営業車ではなく車検とかの予備車両らしく古い車両だった。

 佐々電の駅前は、殆どがバスが入れない路地だったり、ロータリーが無いので駅前に繋がる県道の道路沿いに路上停車する。

 当然、通行を堰止めするので道路渋滞。

 それだけでなく、バスは停まる度に乗客が増えて車内は混雑して息苦しくなる。

 沼川市内に近づくと、子供を抱いた母親が「乗せてください」と請願しても満員で積み残しで置いていく場面、車椅子の身障者が「乗車拒否だ」と叫びながらも駅前の臨時乗降場を発車する状況になった。

 電車なら三十分程度の移動が、バス代行では一時間半を費やして佐々電沼川駅前に到着した。


 バスを降りると美佳ちゃんは

「あー。夏休みでコレだよ。学校が始まったらパニックじゃん」と叫んだ。

 

      ♢

 JR沼川駅から上越線の電車で前橋駅まで向かう。一時間に一本の普通電車。

余裕で乗れた筈の電車は十五分前に発車してしまった。

 路線バスで前橋駅まで行く手段もあるけど、今日は電車を使う事になっていた。

 美佳ちゃんと愛理は学校の制服。

僕はインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の制服を着ている。

 飯田さんの予知通り、僕はインスタントハッピーカンパニーの研究員として京子ちゃんとメイド服を着て研究に従事する事になっている。

 そして、ちょうどA4サイズの幅と厚みのある小さなトランク。

その中に、高性能なロボットを収納。

 インスタントハッピーカンパニーの研究員になると全員が人形型の小型ロボットを貸し出される。

 男子はロボット型で、女子は人形型のロボで、自体が専用のパソコンと連動していて何処でもプロジェクター機能が搭載されているのでプレゼンや討論が出来る。

 小容量だが移動サーバの役割も果たす。僕のは女子用だ。

 美佳ちゃんは、僕のロボを欲しがる。

 でも、インスタントハッピーカンパニー以外は貸出禁止なので美佳ちゃんは悔しがっていた。

 貸出厳禁。それはインスタントハッピーカンパニーは、常に誘拐や情報漏洩など様々な犯罪リスクと隣り合わせ。

また、情報管理する責任を背負っている。

だからロボが、研究員の背任行為抑止やデータ、情報漏洩管理もする。

他の人間が触るとロックが掛かる。

美佳ちゃんは、鉄道だけでなくメカ好き。

何処かで自力でロボを探すらしい。

 愛理は「美佳ちゃん。探すっていってもロボットなんて簡単に落ちてないわよ」と笑ったけど、美佳ちゃんは心当たりがあると返答していた。

 そんな美佳ちゃんに、昨晩ロボから電話が掛かってきたという。

 内容は、美佳ちゃんの携帯電話に「佐藤美佳様。おめでとうございます。あなたはギャッピ市松の所有者として当選しました。これからギャッピ市松が参ります」という電話を着信したという。

 愛理は「それ。恐怖のギャッピちゃんよね」と真顔で返答した。

顔が市松人形なのに、金髪の西洋ドール。しかもポッチャリした身体で怒った顔。

 ギャッピ市松が訪れた家には必ず一ドル紙幣が残される。

 僕も噂だけなら知っていた。都市伝説というか眉唾物のオカルト人形の話。

 愛理は「確か。ギャッピちゃんから電話が掛かってきて、だんだんと自分の家に近づいてくる奴だよね。所詮は都市伝説よ」

 美佳ちゃんは「そう、所詮は都市伝説だからね。届け先は、優と愛理の家を教えておいた」と笑い出す。

 愛理は「なんでよ!」と怒りだす。

「所詮は都市伝説でしょ。来ないよ」

「個人情報とかさぁ。変な奴に勝手に住所教えるってさぁ。美佳ちゃん有り得ないよ」と愛理はマジで怒っていた。

 僕は、本当にギャッピ市松が来た方が怖い。本当に美佳ちゃんは困った子だ。


それよりも、僕の恰好は恥ずかしい。

 元・自衛官の叔父夫婦は、男子は男子らしくがモットー。女装なんかダメな筈だ。

 今回の場合は逆に「日本の平和と国民の財産を守る為の任務だ。潜入は任務であり、どんな制服でも国のために闘うのならば戦闘服である」と僕を激励した。

 

      ♢

 あえて、電車移動しているのは訳がある。

前橋駅前から自動運転バスに乗るためだ。

 新前橋駅から両毛線に乗り換える。

利根川の鉄橋を渡ると、車窓に群馬県庁やグリーンドーム前橋、赤城山が見えた。

 今日は、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所のRRMSを業者や行政にセールスする為の発表会がある。

 美佳ちゃんが、パンフレットを見ながら「ララムスって自動運転のLRTとBRTを同じ区間に走らせるだけだよなぁ?」と僕に聞いてきた。

「うん。でも理由があるんだよ」

 なぜ、そのような物が必要であり、自動運転をしてまで運行する価値があるのかという部分は日本の公共交通事情が深く絡んでくる。

 日本の鉄道事業者もバス事業者も、原則は独自採算性をとり、企業としての競争力を持って、稼いだ収入で線路整備や施設改善、輸送サービス、職員の給与を支払って経営をしている。

 海外の多くの国は、公共交通機関は重要な社会インフラとして捉えられ、国営だったり何らかの補助や支援を受けて運行している。

 日本では、沿線人口が多く鉄道やバス利用者が居る地域の鉄道・バス事業者では経営は成り立つが、地方都市や過疎化地域の交通がマイカー依存、人口減少などでバランスが維持されなくなった地域では経営が困難だ。

 乗らないから運行本数の減便、運賃値上げ、サービス低下をして余計に乗客が乗らなくなる。

 悪循環をおこして鉄道路線廃止、バス路線廃止になる。

 昔は廃止する交通事業者が、廃止提案をする場合、行政や住民理解が無いと廃止出来なかったが規制緩和で、交通事業者が国交大臣に廃止届を提出後、一定の時期を経過すると廃止が出来るようになった。

 それでも、鉄道路線やバス路線が廃止検討されると、多くの沿線の自治体や利用者は反対運動をする。

 決して署名や抗議活動が無効になった訳ではなく、従来の廃止反対運動は実際に行われている。

 鉄道が廃止対象になれば、通常ならば補助金等や第三セクター化され残るか、廃止になって代替バスが走る論議になる。

 実際の社会問題は、バスになれば運賃が高く時間が掛かり、結局は乗らなくなりバスも廃止になり地域から公共交通が消えてコミュニティバス、デマンドバスが一日数便走るだけの地域になるのが、過疎化地域での日本の交通の現状。

 鉄道インフラは、維持費にはお金は掛かる。そしてバス転換後に赤字になれば直ぐに廃止が決まる。地域から交通がなくなる。

 RRMSは、鉄道インフラを維持しながら利用者が多く乗車する時間帯に低コストなLRTで運行、利用者の少ない時間帯はBRTで運行する方式を採用する。

 経営コストの大半は人件費。

自動運転技術で、運転が自動化されれば労働者からすれば職を失う事に繋がる。

いままで、自動運転のバスや電車の研究は、労働者からすれば迷惑な話として処理されていた。しかし、低賃金、過密労働、運転士不足での状態で、新しい技術に反対するだけでは何も生まない事に気が付いているのは実は現場の職員。

鉄道やバス事業者の経営破綻などを考えれば、将来的には鉄道やバス事業者で働く労働者にとって、自動運転に反対すべきは反対し、むしろ自分達に優位な部分は利用すべきという、賢い考え方が地方の路線バス事業者、現場からは出始めている。

それはあくまでも、経営者の過剰な合理化による自動運転は警戒しながらも、時代に沿った新しい技術の受け入れや学習も業界を守る事にも繋がる譲歩であり、決して手放しで受け入れている訳ではない。

技術や経済論の学者が失敗するとしたら、こういう交通事業者の心理や労働組合団体の折衝を失敗したら、どんなに凄い自動運転技術も全国組織から総スカンされ淘汰される事を理解しないといけない。

新しい技術が生まれる事は、古い技術で生活している人達の、茶碗を割る覚悟と説明責任、アフターケアなどの責任を背負う。

たぶん、RRMS計画を潰すには、そういう部分から攻めないとダメだと僕は、そう説明をした。

美佳ちゃんは「よく解らん」と笑った。


      ♢

 電車は、JR前橋駅の高架橋のホームに滑り込む

 4両編成の電車からお客さんが沢山降りていく。

 僕と美佳ちゃん、愛理がエスカレーターで改札口方面に向かうと、チューリップの歌を発車メロディにしているらしく背後から流れてくる。

 愛理はハミングした。

 自動改札機に、ノルベというICカードをタッチする。群馬県のバス事業者や電車に使えるSuica系のICカード。

 「お土産屋さんがある」と美佳ちゃんは駆け寄ろうとして、僕が「帰りにね」と制止した。

 北口のバス乗り場案内のサイネージの前に、明らかに背筋をピーンと伸ばした不自然な男子高校生と女子高校生がいる。

 防衛大学の女子大生である西村さんと、陸自の工科学校の男子高校生の長谷川くんだ。

 西村さんは、国民の生命と財産を守る為に防衛大学に入学したというだけあって女子高生の格好も任務として捉えていてキリッとしている。

 僕が今日の日程を知らせて、RRMSのパンフレットを渡しておいた。

 本当ならば徒歩または路線バスで移動が正当な移動になる。”本町”というバス停で降りれば良いけど、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の南場さんから、自動運転バスに体験乗車して来るようにと指示を受けていた。

 これから、中央前橋駅まで自動運転バスに乗車体験をする。

 日野ポンチョ。

 このバスは、群馬大学、前橋市、日本中央バスなどが共働で研究し、実際に営業運転している自動運転バスだ。実際は運転士さんが乗務していて見た普通のバスだけど、よく見ると運転士さんはハンドルに手を添えているだけで自動運転制御が行われている。

 屋根上には、自動運転車らしい装備。

 実際に乗り込むと、時々合成音声で「自動運転システムに切り替えます」とか運転席の方から聞こえてくる。

 普通に運転士さんが運転しているようにスムーズに動き出す。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の南場さんから事前に送付された資料によると、自動運転バスには位置推定の技術基礎を知らないと話にならないという。

 位置測定技術とは、簡単に言うと地点・座標の測量技術、GpSでお馴染みのルート案内。

 南場さん達が研究しているRRMSというのは、基本は自立型自己位置推定という技術を使っていて、4つのセンサー「カメラ」「LiDER」「ミリ波レーダ」「GPS/GNSS」を使っているそうだ。

 RRMSは、LRT(次世代路面電車)とBRT(専用道路高速度バスシステム)は、線路を道路に埋め込んだ共有軌道道路で走行させるため、LRTのプラットホーム(停留所)にRRMSの自動運転バスを車体とホームを近づける必要性はあるらしい。この部分だけは、路面に埋め込まれているマーカーで定位置停車に近づける。

 この手の機器は、○○には特化しているが○○には弱いなどの利点と欠点があり、それを補完する装置の開発をインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の技術部門はチャレンジしているらしい。

 特にインスタント・ハッピー・カンパニー研究所のRRMSは電気自動車タイプなので、搭載バッテリーの故障問題、急速充電装置故障が多い分野において、充電と放電のサイクルの切り替え、急速架線充電システムなど、RRMSだから可能な凄い技術が生かされていて業界では、南場さんは結構知名度が高いらしい。

 そんな凄い高校生集団の仲間に入れるって変な気分だ。

 そんな事を考えて居ると、もう中央前橋駅に着いてしまった。

 美佳ちゃんが「優。降りるよ」と急かしてる。

 バスを降りると、前橋市役所の交通政策課の人達、前橋工科大学の先生達や学生さん達が居た。

 僕は、前橋市の交通を考える市民団体の中島先生の関係で、前橋工科大学の先生や学生さんも顔なじみの人がいる。

「鈴木くん。なんで女の子の服?」と市役所の課長が聞いてきた。

「実は、雨宮京子ちゃんと一緒にインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に入る事になってしまって」

 前橋工科大学の学生さんたちは「あの雨宮京子?」とか「京子ちゃん来るんだ」と騒ぎ出した。

 交通政策の天才美少女の知名度は凄い。

 僕は、雨宮京子ちゃんのオマケだけど。

前橋市交通政策課の課長さんは

「ほう。凄いね。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所?何処の部署?」

「南場チームです」

「午後から前橋プラザ元気21の発表にも出るの?」

「はい。南場さんが遅れても良いから自動運転バスに乗ってから来いって」

「うん。そうかぁ」

 歩きながら前橋市の市街地を進んでいく。

 前橋工科大学の学生は、僕の持っているロボに興味があるらしく、後で見せてと興味深々な感じだった。

「佐々山電鉄応援団か。うん。佐々電。小湯線も大変な時だからね。頑張りどころか」

「はい」

 「鈴木君。前にあった時は中学生だったよね。雨宮教授がね。京子ちゃんを泣かした男子が居るって聞いてね。納得したよ」

「うーん。あれは本当は僕の負けだったんですよ」

「佐々電の件は技術面も交通政策面も前橋市も前橋工科大学も協力するよ」

「ありがとうございます」

「いや、群馬県の交通網のピンチ。学生達も危機感を持って実践対応させるよ」 

歩きながら前橋市の銀座通りという通りを歩く。そして中央通りのアーケードに入ると、僕は違和感を感じた。

 一時期は、シャッター街ばかりだったけど最近は新しい店が増えてきて、少しだけど活気がでてきた。

「前は、もっとアーケードを歩く人も少なくて、シャッター通りで閑散としていたのになぁ」

美佳ちゃんが、そういうと前橋市の交通政策課の課長さんが

「マチスタント事業の賜物だよ」と教えてくれた。

 有休不動産の店舗。

 それは、単に前橋市の中心商店街が市街地空洞化で買い物客が郊外の大型店に逃げたりした事以外にも、それぞれのオーナーが複雑な理由で店を閉めている場合がある。後継者がいない、もう商売をする気はないので店を畳んだなど。理由は様々だ。

 前に、関西で商店街活性化に取り組む人の話を聞いた。きれい事抜きで中心商店街の活性化は反対する人達も居る。

「賑やかしなら都会でやってくれ」という一部でありながら地元商店街の声、「市街地を元気にしたい」と頑張る人達の声。

 反対する声も、賛成する声も差別なく聞き取る。それをブレンドする技量の無い人間は、まちつくりを語ってはいけないという厳しい言葉。本当に苦労している人の生きた実話。自らの稚拙さを思い知らされた。

 そういう難しい課題を実行できた行政。

まちなかで新たに創業・事業を行う。

 通常は、新たに創業、店舗を構えて何かをしたいと考える人が居ても、不動産を所有しているオーナーと難しい手続きや法令、補助金制度、なによりもオーナーを直接説得する機会に恵まれない場合が多い。

 それを行政が、間に入り互いの希望をマッチングさせる。仲介者になるとすれば空き店舗や、有休不動産の活用も進むという考え方。

 お試し企画(スモールビジネスチャレンジ)もあり、イベント広場や人通りの多い場所でチャレンジ出店も出来る。

 対象区域内で、空き家、空き店舗の有休不動産をリノベーション。

 リノベパートナーと呼ばれる前橋市に登録をした事業者が前橋市と、有休不動産所有者、前橋市中心商店街に出店を検討する事業者の、昼間に入って”まちなかリノベーション事業”に参画し”まちつくり”に積極的に関わる。当然、その不動産の抱える問題点、課題解決、それを乗り越えて魅力ある店舗に出来るかなどの調整も仕事になる。

 実際に、そういう事業が上手に身を結び、シャッター街と言われていたアーケード街に新しい店舗、カッコ良いホテル、斬新な建物が増えて、少し活気のある街並みが戻ってきたという印象を与えているというのだ。

 僕達は、中央通り商店街を出て馬場川通りを歩き出した。

 「カッコ良いホテルだね」と美佳ちゃんが少し段差のある地形に建造された洒落たホテルを見上げた。

 もう目的地は目の前。

 


      ♢

RRMS発表会。

会場の前橋プラザ元気21に到着した。

元はデパートだった店舗を改装して多目的なホールにした建物。

 馬場川通りから入ったので、国道50号線側から見ると、ちょうど坂道になっていて建物の1階部分が丸々ズレている。

 会場は国道側の入口の1階から見れば、僕たちは地下1階から入る形になる。

 会場に着くと、僕と同じメイド服をきた女子高生達が机を運んだり、会場設営の準備をしている。

「お世話になります。今日からお世話になります、鈴木優です」

「遅い!集合時間厳守!」

 いきなり、いかにも気の強そうな女子がズカズカと僕に向かって歩いてきた。

「アナタ、新入り?雨宮京子のオマケの子ね?」

「オマケ?」

「まぁ、良いわ。アタシは猿山。福井商業高校の2年。アンタの先輩であり上司」

「あっ、鈴木優です。宜しくお願いします」

 気の強そうな猿山って人は、応援団を一瞥すると美佳ちゃんを見て驚いている。

「瑠香様?」

 急に美佳ちゃんに深々とお辞儀をした。

美佳ちゃんは「ほい?」と首を傾げた。

そして「他人の空似?」と呟いた。

「ほら。アンタはお客様じゃないんだから、直ぐに働きなさい」

良く解らないけど強制労働に加わった。

1時間くらいで会場設営が終わり、ミィーテイングに入る。

内容は、今日の技術発表の段取りだった。

ミィーテイングが終わると、南場さんと京子ちゃんが現れた。

京子ちゃんもメイド服姿。

思わず見とれてしまった。

猿山さんが「アンタ、男ってホント?嘘だよね。何処から見てもガチで女じゃん」

京子ちゃんがクスクス笑っている。

「うふふっ。ついてますよ。アタシ見ちゃったから」と言う。

「京子と鈴木はどういう関係なの?」

「相思相愛です」

 猿山さんが京子ちゃんに何かを聞こうとしたタイミングで、南場さんが「おーい。ランチョンミィーティング。時間が勿体ないから喰いながら映像見てくれ」

リアルな3D画像で”RRMSの自動運転によるコンパクトなまちつくり”というタイトルが表示された。

 ズンズンと重低音のBGMが流れる。

 可愛いらしいアニメ声優みたいな声でナレーションが入る。

「みなさん。本日はご来場戴きありがとうございます。私達インスタント・ハッピー・カンパニー研究所がお送りする”群馬県の新しい公共交通を活かしたまちつくり”のご提案について暫くの間、ご静聴をお願い致します」

 そんな音声から始まり、群馬県の交通事情、地域課題、前橋市が行っている交通計画、群馬県が行っているMaaSの説明を終えると、RRMS導入の事業計画、軌道法適用区間、道路法適用区間、RRMS軌道・道路併用区間の説明、工法、マーケティング、地域の乗りたくなる交通へのマイカー依存者からの行動変容とかの動画が15分間流された。

 動画を終えると、南場さんが「さすがは雨宮京子だ。痒い処に手が届く」と、この動画が京子ちゃんが関与している事を明かした。

 僕は、サンドイッチと醒めたコーヒーを前に、レベルの違いに驚愕した。

 そして、隣に居た猿山さんのパソコンには見たことの無い画面が表示されていた。

「なんですか?それ?」

「地理情報システムに入れる国土地理院のデータだけど。それが何か?」

「凄いですね」

「はぁ?コレをこれから鈴木も覚えてもらうんだけど?」

 聞いたら、技術屋ばかりの南場チームで、いままで交通政策とまちづくりの分野を猿山さんが一人でしていたらしい。

 「せっかく雨宮と鈴木が来たんだから、やって貰わないとねぇ」

 僕の後ろの客席で、呑気にコーラをゴクゴクと飲んでいる美佳ちゃん。

 とんでもないハイレベルな場所に僕は入ってしまったようだ。


ー 発表会 ー


 前橋プラザ元気21。

 中央公民館や行政関連施設、大学やスーパーなどの複合施設。

 イベント・展示会等の催事などを開催することができる。

 一階の入り口前には、赤い車体にRRMSと大きな白文字が入った自動運転バスが停車している。

 日野ポンチョというコミュニティバスに使われる電気バスの改造。

 まだ研究中で、課題は榛名山の急勾配を登坂するだけのパワー、そしてバッテリーの容量が不足するとインスタント・ハッピー・カンパニー研究所のメイド服を着た女の子が説明をしている。

 さっき僕達が乗車した前橋駅と中央前橋駅を結ぶ自動運転バスはディーゼル車だけど、RRMS用は電気式でバッテリーから動力を得る。このためカメラや自動運転に用いる機器は大差は無いけど、車内は後部座席の一部が急速充電器の電圧測定用の機器がパソコンと繋がって居たり、運転席背後のモニターには電池のマークがあり「充電中」「放電中」という表示が交互に出ている。

 前橋プラザ元気21にぎわいホール。

 このホールは、開放的でドアも無い。

 その気になれば、招かれていない人達も、プレゼンテーションを見る事は出来る。

 僕は、違和感を感じた。

 通常は、この手の発表会は最先端技術で特定の招待者や傍聴希望者には知り得た情報を漏らさない限定された人達で行われるのが一般的。

 その上、参加者はSNSで議事内容を拡散禁止、録音、カメラ撮影が禁止など徹底的に守秘義務を課せるものだ。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の場合、何故オープンなのかは不明。

 多くの人に知って貰うという作戦かも知れない。

 受付は、事前に招待された関係者以外は、委託した電子チケットサービスの会社にエントリーして、参加資格の審査を受ければ参加できる。

 受付には、行政やバス事業者だけではなく、誰もが聞いた事のある大手商社、若手の社員を引き連れたベンチャー系企業、大学の研究ゼミなど。

 難しい質疑を、受付脇でインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の女子高生達に投げかけている。

 それを、困った顔もせずに嬉しそうに「ご質問。ありがとうございます。それはですね……」と的確に回答するのも凄い。

 僕も受付を手伝う事になった。

 群馬県の関係者、前橋市、高崎市、伊勢崎市、みどり市、桐生市、沼田市、渋川市、沼川市など様々な名刺を持った人達が受付をすませる。

データ通信企業 建設会社の幹部、あとは信号、線路、電気、工事関係の会社の人、バス会社、鉄道会社、そして市民団体、大学の関係者などで用意した椅子は全て埋まり、数人の立ち席が出た。

僕は「凄い人数ですね」と驚きを猿山さんに伝えた。

 猿山さんの話だと、今日は小規模な方だと言う。

 パイプ椅子が並び、不思議と最前列と通路側から埋まる。

 普通の会議と違い、最先端技術を人より前に出て良い席で第一線で活躍する技術者を見たがる。

 主に有名な大手企業や行政関係者は後ろの目立たない席や、途中休憩でこっそりと帰る場合が多い。対象的にベンチャー企業の技術者達は率先して最前列から埋める両極端な印象がある。

 開演までの時間は、スライドの調整を兼ねた、簡単なRRMSのダイジェストの動画や、スケジュール、登壇者のスライドがエンドレスで軽快なBGMと共に映写されている。

「定刻になりましたので、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所プレゼンツ。RRMS発表会を開幕します」と宣言。

 桜庭支社長が、挨拶をした後に先ほどの動画を15分流した。

 そのあとに来賓の挨拶。

 群馬県知事は、衰退する群馬県の公共交通に歯止めをかけ、ぐんMaaSというアプリとRRMS開発を上手くリンクできれば、新しい交通網切り札として期待は持てると挨拶をしてくれた。

 前橋市長も、「交通に関して様々な挑戦をしている。一方では上毛電鉄を維持するという事も、新しいテクノロジーの中で探っている。これからの高齢者や障がい者に移動課題が中心になる時代においても重要。いま上毛電鉄も電気コスト面、中央前橋駅の新しいにぎわい創出においてまちつくりを含めて上毛電鉄の維持に苦労をしている。RRMSもテクノロジーの一案として、今日の発表会を楽しみにしていた。有意義な時間をお願いしたい」

 厳しいながらも、現実の行政、乗客減少で補助金や施策など苦労をしている行政の首長としての挨拶を貰った。


 そのあと、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の各セクションの技術発表があった。

 南場チームは女子だけのチームだけど、他のチームは男子が居たり、男女共同プロジェクトだったりと、インスタントハッピーカンパニーは才能させあれば男子も女子も一切の差別は無い。研究が深夜に及べば男子も女子も同じ部屋で仮眠したり着替えもするという。

 研究に没頭するあまり、羞恥心よりも一分一秒でも完成を目指す技術者集団であり同じ目的を持つ仲間。性別は関係無い。

 だから、僕は男子だけどメイド服という扱いは、RRMSチームの中では当然な待遇らしい。羞恥心より手を動かせ頭を動かせ、データを集めて解析してナンボの世界。

 別部署の男子達のチームが、僕には理解出来ない難しい話をしている。

「なんの話をしてるんですか?」と僕は猿山さんに聞いた。

「インスタントハッピーカンパニーは定期的に、自分のチームの発表をしないと実績として評価されないのよ。たまに、似て非なる研究発表を混ぜられることもあるの。たぶんRRMSとは関係ない発表よ」

 京子ちゃんは「まったく関係ない話ではないですよ。医療や福祉もMaaSという観点でみれば交通を軸に展開できる必要不可欠な分野だから。重要な発表ですよ」

ムッとした猿山さんは黙り込んだ。

 約十分くらいのプレゼンが続く。

 次世代モビリティを如何に日本の地域課題を解決する鍵になるかという論文発表みたいな形で、スライドで発表される。

 市場とかマーケティングとか言っているので経済的な事を分析しているチームなのかな?とか様々な研究発表が続く。

 彼らは、データ分析から今後の次世代交通は個人がマイカーを所有する現在から移行して、今後複数人でシェアリングする移動手段に移行する事を前提としてRRMSという単なる自動運転のLRT(次世代路面電車)やBRT(バス高速度輸送)の主要部にファースト・ラストワンマイル 用小型モビリティに接続するモビリティハブ(乗り換えステーション)を構築すると言っていた。

 インスタントハッピーカンパニー。

 僕は、この天才高校生集団という名前は好きでは無い。

 即席な幸せって何だろう?

でも、やってる事は凄い事だと思う。

 単なる、デタラメな天才高校生集団ではない。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の人達は、自分の世界を持っている。

 科学的根拠をもって、理論武装が出来る。

「RRMSという自動運転の次世代交通システムを地域課題克服に貢献できる」と、参加している大人達を信じ込ませる高度な手法を展開している。

 実際に、行政の人達も有識者達は、最初は高校生レベルの発表会を鼻で笑い、彼らの発表にも所詮は高校生の研究発表会程度の認識で参加していたのは態度で解っていた。

 それが、今では誰もが真剣に耳を傾けている。


 そして、南場チームは、行政が欲しがる内容をストレートに代弁した。

 地域の人口減少、少子高齢化、マイカーに代わる公共交通機関が存在していないため免許返納が出来ない高齢者に対してRRMSが如何に有効かをデータで発表した。

 地域課題は、群馬県内の行政関係者、有識者は危機感を感じ、解決策を模索している。

具体的な解決策が無いという中、RRMSは群馬県内で電車やバスの利用率が悪い部分の調査として「乗り継ぎが悪い」「待ち時間・便数が少ない」「そもそも電車やバスの利用方法が解らない」「マイカーを手放してまで不便な公共交通に移行するだけの魅力もメリットも無い」などアンケート結果を基に、利用者視点での改善策を数点提示していた。


 僕は、見学みたいな感じで特段の仕事は与えられなかった。

 先ほど、猿山さんが見ていたのはGISという地理情報システムという奴で、地形の高制度GPS技術で災害時にドローンを自動制御で運行して荷物や緊急物資を孤立した災害地域に運ぶシステムの説明用だったらしい。RRMSの自動運転バスで運べる地点まで客貨混載で運び、バスが行けない場所まで臨時ドローンポートと呼ばれる場所から災害孤立地域へドローンで輸送できるそうだ。


 RRMSという技術だけでは、単なる自動運転で路面電車や路線バスを走らせるだけの”凄いでしょ”という自慢で終わるので、あくまでも地域活性化やソサエティ5.0に沿って地域行政が飛びつきそうな課題もチャレンジしているとか南場さんは説明していた。


 正直、僕は全く理解できないけど、行政の人達は感心していたので、きっと凄い事なんだと思う。

 結構、僕は落ち込んで居た。

 この女子高生達は、次元が違い過ぎる。

 此処で僕は、本当にやっていけるか心配になってきた。


 休憩を挟んでの後半。

 パネルディスカッションでは、ありがちな主催者側の用意した目玉商品である京子ちゃんが聞き手になって登壇者をリードした。

 それは、誰も一番有名な雨宮教授の愛娘がインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に入った事を知らしめる策であり、このプロジェクトが高校生のお遊びで無い事を知らしめる重要な役割を担っていた。

 そして、このふざけたメイド服が制服である意味を南場さんは教えてくれた。

 南場さんの話だと「大人が勝手に名付けた”天才高校生集団っていう看板”が一番怖いんだよ。相手が警戒するとか、自分達がガキに舐められないようにマウントを取ろうとしてくる。あえて相手に馬鹿にされるような服装。警戒されず、かつ相手の見下した本来の隠した感情を引き出す。重要な服なんだよ」と言っていた。

 京子ちゃんが仕切るパネルディスカッション。

群馬県知事は他の所要で退席をしていたので、群馬県交通イノベーション推進課、、前橋市長が登壇。そして大学の代表として前橋工科大学の先生と学生数人が登壇している。

 群馬県では路線バスの共働運行の話から、群馬版上下分離方式の話、先日の佐々山電鉄事故での今後の対応が語られ、前橋市長は上毛電鉄の再生、デマンドバスの事、前橋市中心商店街の取り組みが語られた。

前橋工科大学からは、バス運行情報システムの話や共働運行によるバス運行管理の話、自動運転の小型モビリティの話が出た。


 質疑応答では、埼玉土木短期大学の長瀞准教授という関西のオカンみたいな女性が挙手をした。

モビリティマネジメントの模擬授業を群馬の佐々山電鉄沿線の小学生や中学校で取り組みたいが可能かという質問。

 モビリティマネジメントとは、個人に対しての行動変容を求める方法で、まず過度にマイカーに頼り過ぎない説明から始める。環境問題だけでなく地域課題を含めて個人として何を変えれば目的に近づけるかを考えて貰う。次に目的に近づけるために、どうしたら行動を変えて貰えるかアドバイスをしながら行動プラン表に記入して貰い実行をしてもらう。その後も数回のコミュニケーションを通して行動を変えて貰いマイカーに頼り過ぎない賢い移動を実践して貰う。

 ただ、名前だけモビリティマネジメントと称して学校や企業、行政で電車やバスの体験乗車をして実行したと若干誤った認識している場合もある。

 本格的なモビリティマネジメントを実行するには、正しく内容理解した人材集めと学校でも教員の理解、地域、企業でも長期戦になるので行政担当者の理解、アンケートや行動変容に至るまでの地道なコミュニケーションなど資金面、専門担当者の力量が成功の必須条件になる。

 

 最初は、誰もが此処でいう質問ではないと思って会場はざわついたけど、京子ちゃんは質問の趣旨を直ぐに理解して、「うふふ。さすがは長瀞先生です。モビリティマネジメントの専門家。えーと、言いたいことは”自動運転システムの技術ばかりが先行して肝心な乗客をマイカーから、賢く行動変容させる術を講じていない”と仰りたい?」と回答した。

 再び長瀞准教授は挙手をして「あははっホント京子ちゃんは解ってるわね。無人の自動運転のバスが、人のいないゴーストタウンの街を走るだけの世界。本気でRRMSとやらを実行するならモビリティマネジメントを実施して行動変容を併用させた方が良いんじゃないのってツッコミを入れたかったんだ」と着席した。

この世界には、特に大学関係者には自分の信念、自分の研究、それらには考え方の違いがあって、こういう場で喧々諤々の討論や異論を、あえて衝突させようと波風を立てたがる先生の参加も意外と多い。

 でも、今回は対論はなかった。

 質疑応答では、回答者の手腕が見せ所になる。

 僕は、こういう世界に飛び込んでしまったんだと後悔した。


 閉会すると、さっき質問した長瀞先生は京子ちゃんと何か話をしている。

大人の世界では懇親会が行われる時間。高校生組織の為、会場の特設ブースで名刺交換会が実施されているだけだった。

 僕は、前橋市長と前橋工科大学の先生と話をした。

「鈴木君。いま佐々山町に居るの?前橋に居た時にインスタントハッピーカンパニーに入ってくれればRRMSって奴ね。上毛電鉄とか前橋市内の路線バスの運行とかにも仮説を立てて貰えたのになぁ」

 近くに居た南場さんが駆け寄ってきた。

 名刺を差し出し「初めまして南場と申します。RRMSの研究リーダーです。興味深いお話ですね。ウチの鈴木に担当させましょうか?」と商談に持ち込もうとするあたりが、リーダーを任されているだけあり抜かりはないようだ。

 前橋工科大学の先生と学生を連れて展示用のRRMSのバスを使い説明まで始めている。

 そして十分くらいして戻ってくると、南場さんは僕に説いた。

「鈴木。京子のオマケどころか、いい仕事してくれるね。RRMSは小湯線の実証実験だけで終わらせない。前橋市みたいに実際に上毛電鉄で使えるか検討したいとかさぁ。そういう実際に使えるか興味を持ってくれる行政や大学は最も重要な相手だ」

 ニコニコして僕の肩を叩いた。

 よくわからないけど褒められた。

でも、直ぐに別の企業が現れた。

「インスタントハッピーカンパニーの子?新人?」と名刺を出された。

 犬山商事という知らない企業だった。

直ぐに、桜庭支社長が来て追い払った。

「そのうちね。嫌でも経験するさ。ずる賢い大人僕達が、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所という天才高校生集団のネームバリューに集ってくる。”意味の解らない研究”とか”専門用語の羅列”とか批判する癖に、無断で名前を利用される。あの犬山商事は鉄道会社に自分達がインスタントハッピーカンパニーとタイアップしていると詐称して仕事を受注していたのよ。ウチに苦情が来て信用がガタ落ち。一切ウチとは取引も無いのよ」

「それでいいんですか?」

 あとで犬山商事を検索したら、確かにインスタントハッピーカンパニーの名称は記載されていないけど、誤解を生む表記は見受けられた。

 実際に、中国や韓国でもインスタントハッピーカンパニーに類似した子供で商売する企業が存在するので、現実社会で成功事例を真似したり、詐欺まがいな商法は存在してしまうのも仕方が無いらしい。

 それに、僕は潜入捜査をしてるだけなので、研究の為に電車を脱線させて多くの人を傷つけ、地域を混乱に陥れているインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に、そこまで肩入れをする事は無い。

     

      ♢

 片付けが終わり、会場を後にする。

 長谷川君と西村さんは、近いうちに群馬に引っ越してくるそうだけど、今日は此処で別れた。

 僕と美佳ちゃん、愛理は会場の前にバス停があるけど、あえて遠回りして歩く事にした。

 前橋市の広瀬川沿い。

遊歩道がある。いわゆる回遊という奴で、街を歩く楽しさも、結果的にはマイカーだけに頼らない公共交通を使った健康増進と市内の街のにぎわいに繋がると思う。

「へぇ。川沿いの遊歩道かぁ」と愛理は感動しているし、美佳ちゃんは「前橋に来るときは、いつもママのクルマの助手席だからなぁ。前橋にも良い場所があるんだ」と意外そうな顔した。

 たぶん、美佳ちゃんの言う保護者の送迎という子供の頃から、マイカー移動が当たり前という日常生活にインプットされた生活様式の変容が、今日の長瀞先生の言いたい部分だったかも知れないと、今になって気が付いた。

ザーッと心地よい堰から水が流れ落ちる音を聞いて、気分的に涼しい気持ちになる。

 チリンチリン。自転車の乾いたベルの音。

 僕と美佳ちゃん、愛理の脇を自転車が追い越していく。高校の制服を着た女子高生が追い抜くと、突然キュッと停止した。

「鈴木君?」

 僕は驚いた。

 飯田さんだった。

 可愛いセーラー服風の制服。前橋市内の有名な私立の制服だ。

「えっ!鈴木君だよね?」

「飯田さん?」

「なんでメイド服なの?」

僕は、此処までの経緯を話した。

もちろん、喋って良い範囲のみだ。

「へぇ、凄いね。予知通り。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所に入ったんだぁ」

「京子ちゃんのバーターだけどね」

「違うよ。バーターでも実力が無いと入れないよぉ」

「それで、飯田さんは?」

「あー。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所を見に行ったら終わってた」

 ガックリしている飯田さん。

 「天才達の発表。そういうのを見て感化して頑張る活力にしたかったのに」

 美佳ちゃんは、「もしかして。予知夢の子?」と僕に聞いてきた。

「うん」と答える。

 「佐藤美佳です。このたびは予知夢で命拾いしました。ありがとうございます」

 飯田さんは「あー。佐藤さんね。うんうん。助かったみたいだけど右腕は事故の所為?」

「あー。そうです。まぁ命が助かっただけ儲けもんです」と笑った。

 愛理は「優ちゃんさぁ。前にも聞いたけど、飯田さんと混浴しなければ予知夢が作動しない訳よね。優ちゃんは入ったの?」

 僕は頷いた。

「愛理とは嫌がってたくせに」と不貞腐れる。

 飯田さんは「水着を付けていたし、温水プールみたいな物よ」と愛理に説明した。


 飯田さんから、改めてインスタントハッピーカンパニーの桜庭支社長にスカウトのアピールをして欲しいと請願された。




ー ヘンテコな市松人形  ー


 発表会の翌日。佐々山町の自宅

雑談程度に考えていた美佳ちゃんの携帯電話に、謎の電話が掛かってくる話は、実は継続していた。

奴は、確実に移動して美佳ちゃんに近づいてきていた。

美佳ちゃんは、午後3時頃に遊びに来た。

「さっき電話が来てな。例のロボ。最初は桐生市に居るって言われてな。一昨日は伊勢崎市。昨日は前橋市。そして今日は沼川市に居るらしいぞ」

 僕が「ガチで近づいてきてるよ」と怖がると、愛理は怪訝な顔をした。

「さっきの電話は渋沢温泉に居るって」

愛理は「ちょっと。本当に呼び寄せたの」

カルピスウォーターを飲みながら、蚊取り線香を焚いてチリンと風鈴が鳴った。

美佳ちゃんの携帯電話も鳴りだした。

「ほいっ!美佳です」

『もしもし、アタシ。地獄沢に移動中よ』

「ほいっ。優の家に居るよ。来て良いよ」

『そう。あと3分で到着するわ』

 僕にも、その不気味な音声が漏れ聞こえた。

 僕は「美佳ちゃん、それ絶対に都市伝説の恐怖のギャッピちゃんだよ!」

「あー。最後に”いまアナタの家の前”とか”アナタの後ろ”って奴だろ。違うよ」

 暫くして、美佳ちゃんの携帯電話が鳴る。

「ほい、美佳です」

美佳ちゃんは携帯電話をきると「玄関前に居るって」と笑った。

 僕は、ゾッとした。

僕は「美佳ちゃん。それ尋常じゃない速度で移動してない?」

美佳ちゃんは「着いちまったんだから受け取りに行くか!」と立ち上がる。

そういうと、美佳ちゃんは何故か乾電池式の充電器を持って階段を降りていった。

 ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。

ギョェー。

暫くして、玄関の方で悲鳴があがる。

「美佳ちゃん!」

僕と愛理は、慌てて階段を降りて玄関に向かった。関先では、美佳ちゃんが立っていた。

地面に金髪のクルクルヘアー。洒落たドレスを着た市松人形が倒れていた。

その人形の、お尻から充電コードが伸びていて、市松人形はピクピクと痙攣をしていた。

大きさは身長が30センチくらいの人形。

美佳ちゃんは玄関の外履きサンダルで人形を蹴った。

市松人形はムクッと立ち上がった。

「殺す気かっ!」

 市松人形は、物凄い形相で美佳ちゃんを睨むと怒鳴った。

「ほう。元気なロボだ。充電しなくても動くのか?名前は?」

「ギャッピ市松だ」

「ガッツ石松?」

「ギャッピ市松だ!」

「さてと伝票は何処?」美佳ちゃんは探すけど周囲には無い。 

「伝票?そんなモンは無い。浮遊してきたからな」

 市松人形は、自分でコードを抜くと

「ったく。いきなり人のケツに充電器をブッ刺しやがって。死ぬかと思っただろ!」

 美佳ちゃんは、残念そうな顔をして

「なんだ。ロボじゃなくて呪い人形か。要らない。おかえりください」とドアを閉めた。



ー  佐々山町駅前・煉瓦亭 ー


あのへんな人形は、結局は美佳ちゃんに憑りついた。

 通常は、一晩くらい相手を怖がらせて一ドル札を置いて、次のターゲットを探すギャッピ市松だが、美佳ちゃんに充電器を差されたのが相当嫌だったらしく、美佳ちゃんを怖がらせて泣かせるまで意地でも帰らないらしい。

 この市松人形は昼間でも活動でき、堂々と人前でターゲットの背後に浮遊する。

 意外と、世間は驚かない。

 美佳ちゃんのママは、ギャッピ市松を見ても「ようやく美佳も、普通の女の子みたいに人形とかに興味を持つようになったのね」と喜んでいるらしい。

 美佳ちゃんの周辺でも驚く処か、精巧な玩具程度の認識で、誰も呪い人形という認識は持たないようだった。

 最初は、ギャッピ市松を追い返そうとしていた美佳ちゃんも、暫くは置いておくとギャッピ市松を受け入れている。

 

美佳ちゃんと愛理、僕は、転入してきた西村さんと長谷川くんの歓迎会を兼ねて、佐々山駅前の洒落たケーキ屋に居た。

 あの怪しい西洋風の市松人形も、当然のように美佳ちゃんの背後で浮遊している。

 美佳ちゃんは、事故で右腕に怪我をしていて首から右手を吊っているので自転車ではなく代行バスで佐々山駅前まで来た。

 今日の美佳ちゃんは、ワンピースを着て居る。

 利き腕が使えないのでズボンよりスカートやワンピースの方が着脱が楽らしい。


煉瓦亭は、駅前に、数店舗しか無い店の一軒を改装し煉瓦風の洒落た店にした。

店内は、入るとケーキのショーケースに色とりどりのケーキが鮮やかなに並びパティシエの夫婦で奥さんが対応する。

奥の菓子工房では、夫がケーキ作りをして、喫茶フロアは中学生の娘さんがウェイトレスをしている。

「へぇ。あらためてお洒落な店ねぇ」と西村さんは驚いていた。

「東京の一家が、佐々山町のIターン事業で転居して店を構えたんだって」と美佳ちゃんが説明すると、愛理が補足して

「佐々山町は、果物の栽培と直売が盛んでね。フルーツ街道って別名があるほどなの」

「アタシ。ピーチポンブが好きっ」と美佳ちゃんは、紅茶とケーキセットで一点だけミニケーキが選択できるメニューページをみている。

「あー。ピーチねぇなぁ。イチゴショートで良いかっ」と残念そうにしていた。

 ウェイトレスの中学生の女の子が来て「おきまりですか?」と尋ねてきた。

  愛理の話だと、此処の娘の神部みのりという娘は群馬の生活に慣れずに登校拒否をしているそうだ。

 でも、彼女は店の手伝いをする。

 暫くして、ワゴンに載せてケーキと紅茶、コーヒーを運んできた。

 コーヒーや紅茶を持ってくるときに横目でチラチラとみている。

 そして美佳ちゃんが抱いている市松人形を見て、ハッとした顔をした。

「あのっ。お姉さんは魔法少女ですか?それ使い魔?」という。

 ギャッピ市松もヘンテコな人形だけど、この女子中学生の思考はライトノベルの異世界物の考え方だ。

愛理は「違うわよぉ。ギャッピちゃんは……怪奇人形さんなのっ」とキッパリと言い切った。

美佳ちゃんは「違う!そんな非科学的な話があるわけ無い!ロボだよ!ロボ」 

どちらにしても、正解は無いけど。

 ウェイトレスの中学生は、困った顔で母親の方へ歩いて行った。

今度は、母親が来て

「佐々山電鉄応援団の皆さん?」

「ほい。そうですけど」と美佳ちゃんが答える。

「ウチの娘。みのりも仲間に入れて貰えないかしら?」

「ほい?」

「学校も中々行けなくてね。せめて地域の役に立つ事とか。高校生のお兄さんやお姉さんと一緒なら少しは人間関係とか、お話したり、悩みを打ち明けたりとか出来る子になって貰えればってね。ご迷惑かしらね」

 それは、僕が中学校時代に味わった苦い思い出。

 愛理は、何も言わずに僕を見て微笑んだ。

 美佳ちゃんは「何処かで聞いた話だな」と、やはり僕を見てニヤッと笑った。

 6人目のメンバーが誕生して、一体の自称天才交通政策の専門家人形がサポートに入ってくれる事になった。

 

軽井沢研究所の研修


インスタント・ハッピー・カンパニー研究所(軽井沢ラボ) 

地獄沢の家を出るときから、僕はインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の南場チームの制服であるメイド服を着ていた。

 カチューシャにエプロンドレス、紺のワンピース。


 迎えのタクシーが来た。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所は長野県の軽井沢にある。

 とりあえず集合は、長野新幹線の軽井沢駅なので僕はタクシーで、一番近い安中榛名駅に向かう事になる。

 最近のタクシーは、黒塗りのクラウンではなくプリウスタイプが来る。

 運転士が「鈴木様。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所のご依頼でお迎えに参りました」と告げる。

 愛理は「うん。頑張ってね」と手を振る。

 叔父には、「優、日本政府からの依頼。国防にあたる重要な任務としての責務を全うしてこい」と肩を叩かれた。

 叔母さんまで「優ちゃん。やっぱりスカート短くない?」と、まるで娘を心配するみたいな事を言っていた。

 動き出してから、タクシーの運転士が不思議そうな顔をしているのをミラー越しでも解った。

「お客さん。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の子?」

「はい」

「さっきもね。同じメイドさんの服を着た女の子を乗せたからね。えーと雨宮さんだっけな?凄い美少女」

「京子ちゃん」

「ウチのタクシー。一応はインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の特約だから。安中榛名駅で降りたよ」

「何処から乗りました?」

「渋沢温泉の奥にある。えーと。そうそう。小江戸温泉物語だ。そうそう。なんかの調べ物だってね」

「なんで?そんな処から?」

 良く解らないけど新幹線の駅に到着した。

 新幹線の駅だけど、一時間に一本……二時間の一本という運行間隔。

赤字が理由で廃止になる小湯線でも一時間に一本は確保されていたけど新幹線で二時間に一本は厳しい。

 全ての予定を新幹線に乗るために合わせないと目的地に行けない。

 それでも、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所が、たった一区間でも新幹線特急券と乗車券を送ってきてくれたので有りがたく乗車。

 10分くらいで到着してしまった。

 他の車両から数人の高校生が降りた。

 駅前に、真っ赤なRRMSと白いロゴの入った日野ポンチョが停車している。

 流石に、自動運転では無く運転士さんが運転するらしいけど、展示してあった電気式の車両だった。

 先ほどの高校生達が乗ってきた。スーツだったり白衣、作業着などチームにより制服が違う意味を理解した。

 バスの発車前に、パタパタと僕と同じメイド服の女子が走ってきた。

 京子ちゃんだった。

 「わぁ、すいません。遅れちゃいました」とペコリと車内の人とバスの運転士に頭を下げた。

 白衣の男子が「おっ。雨宮京子だ」と写メを撮る。

京子ちゃんは、ニコッと微笑んでピースサインを出して対応している。

 電気自動車らしく、キューンと軽やかな音を出してバスは発車した。

 軽井沢と言っても、普通の人が想という街並みという街並みとは違った。

 人里離れた殆ど群馬県だか長野県だか解らない場所。

 山中にある巨大な研究施設。

 本棟が1棟、研究棟が3棟。

 良く解らない実験のプロトタイプやら、ドローンの着陸ポートが車窓から見えた。

 その中でも、乗車しているRRMSバスと同じタイプのポンチョが二台。

 その奥に、LRTの先頭部分だけのモックアップが台枠の上に鎮座していた。

 京子ちゃんが「あのLRTは、面倒なんですよね。日本の車両メーカーが製造してアメリカのドシキモ社へ一度輸出して、またインスタント・ハッピー・カンパニー研究所が逆輸入して日本に戻するそうです」

「随分と無駄な事を」

「アタシが、そうさせたんですよ。南場チームは技術者集団では優秀です。でも最初はRRMSは標準軌で設計されていたんですよ。一四三五mmです。日本の場合は新幹線と一部の私鉄を覗けば、殆どが狭軌ですから一〇六mmです」

「あー。なるほど」

「世界各国の鉄道技師の卵である天才高校生達が英知を絞って開発したけどぉ。RRMSを日本で展開するとなると線路幅が異なる車両は使えません。RRMSはフリーゲージでは無い固定車輪。履き替える事も無理。頭でっかちな失敗作なんです」

「ほぉー」

「大人の事情で、アメリカのドシキモ本社の顔を立て為の逆輸入と言うわけです」

 僕だけなく、聞き耳を立てていた白衣の高校生が「マジで中坊かよ」と声をだして驚いていた。

新人研修として京子ちゃんと三日間、軽井沢ラボと呼ばれる施設を受ける事になった。

 正直、僕とインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の高校生達はレベルが段差なのは解りきっていた。

 研究所では、僕も京子ちゃんもメイド服姿で行動する。

 選ばれし高校生しか入れない研究所。

 様々な研究や機密データもあるので、各チームの制服は本部に登録しているため、研究所内では指定された着衣以外で立ち入れない。

「別に優さんは可愛いから女子用の方が似合ってるし。今日からアタシと優さんは三日間同じ部屋で寝泊まりするのよ」

「えーっ。マジ?」

「マジですよぉ。別にアタシは優さんの大事な物は既に見てますし、あとはアタシのを見せればお互い様ですからね」

「えっ」

「遅かれ早かれ、アタシと優さんは結ばれるんです。アタシのお父さんもお母さんも公認。誰に遠慮がいりますか?」

 京子ちゃんは僕の顔をみて「うふふっ」と小悪魔的な不敵な笑いをした。

 まだ、美佳ちゃんみたいな女子の方が気が楽だと思った。 施設に入るとゲートがあって、その手前に受付と、応接セットが数室パーテーションで区切ってあるスペースが見えた。

 研究所の管理者の女性が「此処までは一般企業、訪問者、テレビ局の取材撮影を許可できるエリアです。この先は各自のチームの制服を着てないと警備員が来ます。えーと、あのゲートみたいなのを潜ると選ばれし高校生だけの世界になります」

 僕も京子ちゃんも誓約書を書かされてから、ゲートを通った。

 廊下は、コンクリートの打ちっぱなしで配管も天井から吊ってある無機質な状態。

 少し歩くたびにセクション違いのエリアでは、顔認証のセンサーが置いてある。

 すれ違うインスタントハッピーカンパニーの研究員も挨拶は省略で、ペコっと少しだけ頭を下げる程度で無駄話をしない。

 僕が不思議そうな顔をすると案内の女性は「此処は学校でもなければ、仲良しクラブでもありません。職場です。だからチームワークや職場の仲間という意識は持って頂きますが、友達関係、恋愛は求めないでくださいね」と独り言みたいに言った。

 研究所は、30近くある各分野の専門チームが複合施設内で研究や衣食住を共にする。

 研究費は、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所に申請すれば全て肩代わりしてくれるし飲食も無料。

 京子ちゃんは別室に向かい、僕は南場さんの居る棟に向かう。

 一番離れた棟の一番端っこの部屋が南場チームの研究所。

 南場チームは技術部門と、交通政策部門に分かれていて、猿山さん以外は技術部門。

 僕と京子ちゃんが来たので三人だ。

 唯一、雨宮教授の勉強会に招かれた当時中学生。現在は高校二年生の猿山さん。

「おっ。鈴木来たな。ホント女子だな」

 挨拶をすると直ぐに業務が任された。

「鈴木っ。前に渡した宿題はしてきた?」

「あっ。はい」

 慌てて資料を鞄からだして、学校の宿題みたいなA4版のプリントを2枚渡した。

「見せて」

「はい」

 宿題は、RRMSというLRTとBRTの線路を埋め込んだバス専用道路を使った次世代交通網を如何に、日本の公共交通に馴染ませ、行政や市民から合意形成がとれるかという課題だった。

 僕は、RRMSを走らせる都市の規模、中心市街地の人口密集・密度状態、移動者の空間分布、RRMSにおけるLRTモードとBRTモードの分担率と乗車時の混雑度、パークアンドライドを利用する駐車スペースと駐車場の有償無償化についてを記載した。

「うーん。一般論ね。此処は天才の巣窟。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所よ。残念だけど一捻り欲しい処ね」

「ダメですか?」

「ダメじゃ無いけどさぁ。アタシ的には重要な事は何か忘れてない?特に群馬県とか宇都宮で」

「えーと?確か宇都宮はLRT計画の際に、県知事が交代する度に計画の存廃が白紙になったり再計画になったりとか?えーと既存交通のバスや羽賀地区の工場地帯に向けた企業従業員の送迎バス、あとは市民合意?」

「あー。もう良いよ。そうじゃなくて。RRMSを全国展開するには、その地域独特の都市条件が違うわけよ。一般論じゃなくてさぁ。いわゆる同じ解決策や、同じ考え方が出来ない訳よ。なら鈴木ならどう着陸地点を決める?そこをアタシは求めてる訳なのよっ」

「うーん」と僕は腕組みをして考えた。

「えーと、マイカーよりも便利で魅力があるプロジェクトでないと、仮に高品質でハイレベルなRRMSであってもマイカーからRRMS乗り換えて貰える交通利用の行動変容が求められない?」

「正解。あと重要なのは”マイカーを締め出すのではなく共栄共存”。RRMSはマイカー族も敵になってはいけない」

 僕は、先日の前橋市での発表会で、モビリティマネジメントの権威である埼玉土木短大の長瀞准教授の事を調べた。

 賢い選択。モビリティマネジメントで公共交通だけを語ると、必ずマイカー依存の人達は意固地になり逆に電車やバスに警戒感、敵対心を持って逆に利用してくれない場合がある。

 だから”賢い選択”として上手にマイカーと公共交通を共栄共存させバランス良く使いこなすという説明を心がけているという過去の論文を読んだ。

「モビリティマネジメント推進には講師や教員の力量。知識と手法の理解が条件」

 モビリティマネジメントの基本を知らない人が、間違った解釈をしたモビリティマネジメントを推進されると逆に迷惑になる。正しい知識を持った人材の育成。

 猿山さんは、僕にそういった。

「長瀞准教授の論文ですよね」と僕は口にしてしまった。

猿山さんは「その人の名前を出さないで!」と突然怒り出した。

 あとで聞いた話だと、長瀞准教授は優秀だけど口が悪くて、猿山さんの事をモンキーマウンテンとか呼んでいるらしい。

だから猿山さんは嫌って居るそうだ。

 宿題は、100点満点中の65点で赤点では無いというレベルだ。


 猿山さんは「鈴木の担当は、公共交通のピンチを沿線住民に正しく伝えて、自分達が当事者として何をすべきかを考えて貰う。それに取り組んでもらう」


 自発的な行動変容。

簡単そうで難しい課題だ。

 RRMSという次世代交通システム。

一般的に、未だに自動運転を信用していない人達も居る。無関心な人に上手に伝える。

 それは、RRMSに限らず佐々山電鉄の復活、そして運行再開後の持続可能にも使えるのではないかと考えた。

 潜入捜査というよりも、インスタントハッピーカンパニーで何かを学べるチャンスとすら思えてきた。


    ♢


 昼食後に、所長に呼ばれた。

 所長は、如何にも研究者という風貌で、インテリっぽい男性だった。

 部屋の中は、本棚に書籍、机には資料。

 唯一、綺麗なのはデスクトップのパソコンの置いてある小さなデスク周辺だけは綺麗に整頓されている。

 理由は、パソコンのカメラに撮影される範囲だけは片付いている典型的な技術者にありがちなリモート会議用の定番の対策らしい。

「ここはね。優秀なら男子も女子も差別も隔ては無い」

 僕は「はい」と答えた。

「ただね。凡人が何の根拠もなく自分の無能、無理解を棚に上げて、ウチの優秀な人材を潰す行為は絶対に許さない」

 意味が解らなかった。

「凡人は、自分が理解できない新しい知識や難しい話否定から始める。それは人間は自分の尊厳やプライドを守る為の防御だよ。でも相手が心を開いて学びたい、新しい知識を自分の糧にしたいと思えるように導くのがインスタントハッピーカンパニーだ。心を開かない、見下されていると思った段階で自分の話術を恥じるべきだ」

 そういうと続けて「中にはインスタントハッピーカンパニーのネームバリューだけを狙って無理解なまま、他者を騙し自分の出世や金儲けに利用する輩も居る」

 いわゆる発表会の時に現れた犬山商事みたいな、全く無縁なのに詐欺まがいな事をして誰かを騙して金儲けだけでなく、低俗な間違った情報や技術を取引先に提供して、インスタントハッピーカンパニーの信頼を失墜させている事への警戒らしい。

 最後に所長は「此処では、時々だが自ら辞めていく人間もいる」という。

 所長は「例えばだ。中学校の時に小さな地域の学校で優秀、神童とチヤホヤされて進学校に入学したら自分より優秀な生徒ばかり。学年最下位で落ちこぼれのレッテルを貼られ、先生から進級できないと注意され、クラスメートから勉強の出来ない奴として見下される。いままで自分が優秀と評価された人間が、一転して自分が弱い立場になればって話だよ。努力あるのみだ」

 もう、既にそれは経験していた。

「鈴木くんね。桜庭支社長も期待してるようだけどね。うん。頑張って」

それだけを言われて所長室を退室した。

 無機質なコンクリートと窓、ドアが延々と続くだけの廊下。

 「えーと。B棟の1067号室かぁ」と指示された挨拶の順番が書かれた紙を見直した。

 その次に、RRMSプロジェクトの総括部長という50歳代の男性と面接。

 恰幅の良い男性で三十歳代。

 総括部長の背後にはアニメのフィギュアが並んでいる。

「メイド服なんか着てるから女の子かと思ったよ。京子ちゃんを泣かした交通政策の専門家ねぇ。ふぅーん」

 一瞥するとノートパソコンに目をやり

「まぁ、まず佐々山電鉄応援団ね。鈴木くんは佐々山電鉄さんの経営姿勢を如何に分析しているかね?」

「えーと。僕の主観で良いですか?」

「構わんよ」

「亡くなった亜羅神社長は、昭和的な経営者だったと思います。高井戸常務は、自分の気に入った人は評価しますが嫌いな人は優秀でも仕事を与えずに自分の駒としておいておくだけで満足して何もさせないまま放置します。佐々山電鉄が不正工事をしても誰も何も進言出来ない企業体質なのは、既に群馬県も沿線自治体も承知していたので最後まで公的支援を拒否され続けていました」

「昭和的経営。有能でも無能でも年功序列だからね。部下に優秀な奴が居れば潰すね」

 カタカタとキーボードを打込んでから

「うん。それね。鉄道は衰退企業だから俺が取締役や執行委役員の時だけ安泰なら良いって考えなら大正解だよね。後任の役員は大迷惑だけどね」と苦笑している。

「次の質問ね。地域共存については?」

僕は暫く考えて「佐々山電鉄にはブレインが居ません。佐々山電鉄単独で地域のまちつくりは出来ませんので行政の計画に沿って実行しないとダメだと思います。それを理解して実行できる人材は居たけど、高井戸常務が追い出してしまって……」

「うん。佐々山電鉄に限らずに地方私鉄や路線バスが衰退する理由としてマイカー依存、人口減少もある。特に日本は独自採算性の足枷がある状態だ。最近では運転士不足、高齢者が免許返納したくても代替え交通が未整備なのも問題だな。昭和的な経営なら経営合理化で回避、補助金漬けでの自転車操業も許されると思っている経営陣も居ても不思議じゃない。でも、これからは根本的に地域と共存して行かないと生き残れない。インスタントハッピーカンパニーと佐々電の高井戸常務って奴とは同じ土俵の上で絶対に仕事はできないな」

「はい」

「交通政策に国や行政が補助金や支援をする財源は決して豊かではない。今後は、地域課題に取り組まない交通事業者は淘汰される」

「はい。理解しています。でも地域交通は残さないとダメですよね。経営陣の経営能力によって廃止では困ります」

「幹部が昭和的な経営を選択するなら融資する銀行も行政も馬鹿じゃ無いから審査するだろう。補助をしてくれる国や県、沿線自治体が支援する値する企業・経営者。必然的に株主や地域の利用者も黙っていないだろうね」

「優秀な人材と資金力がある大手企業ですら沿線人口減少と鉄道やバス経営の難しさから、既に自分達が何を目指すかを理解しています。逆に赤字で存廃が心配される赤字ローカル私鉄や第三セクターは既に大学の有識者や専門家、行政からの経営指南を受け邁進しています。困ったのは、危機感の無い佐々山電鉄のような鉄道会社です」

 そういう話をしたあとに「ウチは技術者ばかりでね。交通政策の子が猿山さんだけだったんだよ。助けてあげてね」と言われた。

「今後は補助金の類は、国や県、沿線自治体は窓口になる。これが公共プロジェクトの根幹だ。忘れるなよ」

「はい」

 退室したあとに、ドシキモ社、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所に佐々山電鉄は見捨てられた事に気がついた。

 あまり表には出ない話だけど、群馬版上下分離方式がスタートしたばかりの時は、民間企業である地方私鉄に血税を投入する事が世間で評価されていなかったし疑問視をされていた。全国でも珍しく都道府県の行政関係者が視察にきたり、仕組みについて経済学者から賛否の批評までされていた。

 ある行政では、上下分離方式を受給する企業の幹部を”物乞い”と面と向かって大の大人に吐き捨てたり、従業員に”税金で飯を喰わせて貰っているんだから最低限の生活基準に下げろ”と差別的発言が行政からの人権侵害と問題視されていた。

 それは行政だけでなく、受給する鉄道会社幹部にも問題があった。

 公的支援である上下分離方式を受ける事で、自助努力をしたら補助金が減額されるからと努力をしなくなる傾向もあった。

 現在では問題の多くは解決して、差別的な発言をする行政は居ないし、鉄道会社側の幹部も勉強して努力するようになった。

 なによりも市民の眼が厳しくなった。

 不正工事を行い社会的な罰をうける佐々山電鉄に血税を投入は簡単ではない。

 運行再開に対する財源、運行再開後の補助と、住民の佐々山電鉄を残そうという合意形成的な部分が必要不可欠になる。

 佐々山電鉄応援団として、険しくて厳しい活動になる事に意気消沈した。

 小湯山基地は、軍事企業ドシキモ社に乗っ取られてしまう。


ー その日の夜 ー


 寮は、二人部屋で京子ちゃんと同室になった。

 此処では、男子とか女子という性別よりも技能や才能の切磋琢磨が優先されるらしく、いままで男女同室でも事件は起きた事は無いという。

 寮には、図書館や自習スペースが完備されていて書籍、論文、ネット検索など自由に使える空間がある。

 京子ちゃんと同室でも、本当に寝るだけの空間で睡眠以外は殆ど自習スペースに居る高校生ばかりだ。

 実は、天才と言われる京子ちゃんですら、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所のレベルの高さに翻弄されていた。

「はぁ。難しいったらありゃしない。此処の研究所の連中は学生も管理者も、ぶっ飛びすぎよぉ。身が持たない」

「京子ちゃんにしては弱音吐くなんて」

「桜庭のババア。簡単にアタシや優さんを招き入れるの変だと思ったしぃ。アタシも此処を舐めてかかったのは失敗ね」

「京子ちゃんは何を言われたの?課題が難しいの?」

「フィジカル空間(現実空間)での移動機能とサイバー空間(仮装空間)でのRRRMS走行に伴う共有機能を有するサイバーフィジカルシステムについてレポート出せって言うのよ。アタシの専門外。南場さんが自分の立ち位置を守る為に、自分の得意分野でアタシの無知をメンバーに示す気なのかなぁ?懐が狭いのよねぇ。優さんのほうは?」

 逆に、京子ちゃんは僕に聞いてきた。

「佐々山電鉄の事故とかで、信用回復についてですかね。実際は、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の人達は佐々山電鉄を一旦は経営破綻に追い込んで、完全な状態でインスタント・ハッピー・カンパニー研究所でRRMSと一緒に経営するつもりかも知れないので。インスタントハッピーカンパニーもドシキモ社も鉄道事業免許は取得できないから佐々電を抱え込むのでしょうけど。現在の役員は要らないらしいですね」

「予想よりも、ちゃんとしてる組織よね」

「インスタント・ハッピー・カンパニーを潰す前に、僕たちが潰されそうですね」

「あー。それねぇ」と笑い出した。


ー 研修2日目 ー


 交通経済学の基礎になるミクロ経済学を足早に説明を受けた。

需要と供給のグラフを見たり、ゲーム理論や市場の失敗とか、最後の方は僕は全く解らなかった。

 午後は、本物の経済学者の先生が来て講義を受けた。

 夕方になって、最後の一時間は観光関係の授業で、DMOとか観光ビジネスの総合的な現状と実例を学んだ。

 夜に、京子ちゃんと話をしたけど、僕のは基礎の基礎で、京子ちゃんは中学生なのに大学生レベルの交通政策論を講義されていたらしく、二人して大きな溜息を吐いた。

 口を揃えて「インスタント・ハッピー・カンパニー研究所のレベル。凄すぎ!」とベットにバタンと倒れ込んだ。

 京子ちゃんは、僕の顔を見て「アタシ達だけでなく、此処で何人の高校生達が悔しい涙を流したんだろうね」と言う。

 あの京子ちゃんレベルでさえ叩きのめされる場所。

 

ー 研修。最終日 ー


 最終日は、僕と京子ちゃんは一緒だった。

 この日は、いよいよRRMSの研修に入る。

 技術的な部分はまったく無く、導入に関する事前調査、法令、条例、国の補助、運営などの研修になった。

 講師は「既存プロジェクトについての公募。いわゆるプロポザールについて学習して貰います」

 僕は、プロポザールという言葉自体が初見で、意味が解っていない。

「行政や公共機関などで業務を委託する際に優秀な提案者を選定する方式です。事業実施方針、事業実施体制、技術力、事業実績、地域貢献度などで判断されます。インスタントハッピーカンパニーとしてもRRMSを高く評価して貰う為には、猿山さんと鈴木君、京子ちゃんにも書類の書き方を覚えて貰ます」

 最後で実技的な奴が来た。

「まず、相手の選定側の求めているのは公平性、透明性、、質の高い技術です」

 京子ちゃんが挙手をした。

「コンペと何が違うんですか?」

「うーん。やってる事は同じなのですが、厳密に言うとコンペは“提案”のアピールですけど、プロポザールは提案する企業の人材、技術や実績など総合的な判断とかに重点があるという部分ですかねぇ」

 僕は、よく理解していない。

京子ちゃんが、また挙手をした。

「公募型ですか?環境配慮型ですか?」

講師の先生は、少し困った顔をして

「小湯線国家戦略特区は公募型と環境配慮型の両方が該当します。現時点はRRMSをドシキモ社が推進。日本中の自動運転関係者に試験路線のレンタルも行います」

 内閣府、群馬県榛名山周辺再興計画・佐々山電鉄小湯線自動運転国家戦略特区。

 レベル4(完全自動走行)によるLRT・BRTによるRRMS自動走行による、移動サービスに係る鉄道軌道と道路を併用した実証実験を可能とする試験線の構築。

 完全自動走行に係るRRMS以外の、自動運転技術推進、安全性に関するデータ取得、公道で実施出来ない国際条約関係の議論、道路交通法の改正、運転者の義務も併せて実証し、世界に通用する日本の自動運転技術開発に寄与するためプロポザール方式により公募する。

 京子ちゃんは「あー。殆どドシキモ社の都合のいい方向に話が出来ちゃっているなぁ」と苦笑した。

 僕も、ようやく意味が解ってきた。

 世界中の国々や企業が、自動運転技術を競っている。

 残念だけど、デジタル技術や自動運転技術開発、道路交通法とかの課題など日本は、

少し出遅れている。

 自治体とか企業が、〇〇特区申請をしなくても小湯線跡地を国営の実験線として開設すれば、公道に準じた実験やデータ取得も加速する。

 僕や美佳ちゃんが、佐々山電鉄小湯線の復活を頑張っても既に、プロポザールに公募してくる大学、企業、行政などが書類を送ってきている。

「ドシキモ社およびインスタントハッピーカンパニーは主体なのですが、便宜上ですねプロポザール書類を提出します。そこで鈴木君と京子ちゃんも練習で勉強して貰います」

 そういうと「A4判の両面印刷。20ページ。10枚でまとめてください」

 課題は、仮設で榛名山でRRMSの実証実験についてのプロポザールを展開する。

「提案内容は、方針、実施体制、実施方法、一定の知見、独自のツール、ネットワークの展開方法、具体的なアピール提案企画」

 そういうと、プロジェクターに次の画面を投影した。

⑴    モデル地域の公共交通の地域特性

⑵    榛名地域の交通問題の整理

⑶    既存鉄道である佐々山電鉄の必要性

⑷    RRMSの必要性の検討、目標値

⑸    持続可能な経営の提案

⑹    実施にむけた効果的な検証


僕達は、過去の事例を参考に調べた。

 3日間の研修で、経済学の基礎、データ管理、自動運転、MaaS、観光などの基礎は学んだけど、3日間で覚えられるはずもなく、研修も“おおまかな流れの理解”でギリギリ研修終了の及第点を貰えた。


 天才美少女である雨宮京子、そのオマケの僕は、物凄く落ち込んでいた。

「初日に、所長が言っていたけど……こういう事なんだなぁ」

 京子ちゃんですら「インスタントハッピーカンパニーを潰してやるって意気込んだけど。はぁー」とため息を吐いていた。

 研修が終わり、帰り支度をしていると桜庭支社長が来ていた。

「どう?ウチの研修は?」

詰込過ぎで頭がパンクしそうと漏らした。

「そりゃ、そうでしょ。インスタントハッピーカンパニーは、単なる自動運転だけじゃない。渋沢町、佐々山町の街並みも変えていく。誰もが来たがる街にして回遊性、移動性、そして高崎市や前橋市からアクセス可能な榛名山のスローシティを完成させる」と腰に両手を充てて豪語した。

 その日は、僕も京子ちゃんも帰路は疲れ果てて、危うく車内で寝過ごす処だった。


 ぼくが下車する前に、京子ちゃんは

「アタシの求めている何かがインスタントハッピーカンパニーにあるかも」


そう呟いた。


ー 福井県へ視察 ー


 8月の月末。


 駅前には、ロータリー状のバスターミナルに方向別にバスが発着して、その端に福井鉄道のフクラムと呼ばれるLRTが停車している。

 駅前で目立つのは、ハピリンと呼ばれる複合ビル。プラネタリウムがありショッピングや飲食店、会議室などがあるだけでなく、駅前でイベントが開催できる屋根付きの全天候型スペースも完備されている。

 なによりも、駅前で観光客が驚くのは駅前に鎮座する恐竜のオブジェだ。

 時間になると吠えるし、夜間はライトアップをすることもある。

「おー。スゲー。恐竜だらけだぁ」

 美佳ちゃんも、福井駅に到着すると駅前の恐竜のオブジェに驚いている。

「思っていたより都会だなぁ」

 僕達、佐々山電鉄応援団と、群馬県交通イノベーション推進課の権現堂さん、そして渋沢町交通政策課の神園沙耶さんで福井駅に来ていた。自衛官らしさが抜けない長谷川くんと西村さん。

 みのりちゃんは、まだ中学生なので参加はしない。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の制服ではないというのは気楽で良い。

 美佳ちゃんは「優。インスタントハッピーカンパニーの制服を着てれば、新幹線も優だけグランクラスで全額旅費から、宿泊費、経費まで無料だった筈だろ?」

「みんなと一緒に行きたかったんだ」

 今回の視察は、もともとは群馬県と渋沢町の行政だけで行われる予定だった。

 僕たちの旅費の出所は神林さんだ。

 福井県は、駅のベンチにも、駅前にも恐竜だらけで、えちぜん鉄道に乗れば勝山にある恐竜博物館にも行ける。

 昼ご飯を食べるために駅構内の食堂街に入った。

 美佳ちゃんは「アタシ8番ラーメン食べたい」と我が儘を言うけど、えちぜんそばを食べる事になっていたので却下された。

 僕は猿山さんの推薦する駅構内の立ち食いそばを提案した。

 最初は、「立ち食いそば?」と美佳ちゃんは嫌な顔をしたけど、地元の人が言うのだからと入った。

 誰もが、一口食べて「ありゃ?コレ旨いよ」と絶賛。

 美佳ちゃんは「猿山さんグッジョブ」と御満悦だった。

 スケジュール的には、1泊2日の日程。

 一日目は、午後に福井県庁へ向かい権現堂さんと渋沢町の神園さんが会議を行う。

 その間に、僕達は福井県の職員とLRTの体験乗車を行う。夕方の17時にハピリンという場所でROBAの会長さんと事務局の人と逢って話を聞く。

 二日目は、えちぜん鉄道を見学して午後に群馬県に戻るスケジュール。

 美佳ちゃんは、ご飯を食べ終わると、えちぜん鉄道の駅に見学に行ってしまった。

 愛理と、長谷川くん、西村さんは福井駅前にある恐竜の広場で記念撮影を始めている。

 福井県の県庁は、本当に駅に近い。

しかも、城址跡にあって水の張ってある堀に城のように県庁が鎮座している。

 県庁のロビーで来訪を告げると、会議室に案内された。

 福井県交通まちつくり局交通まちづくり課の課長さん、地域鉄道課の課長さんが対応してくれた。

「佐々山電鉄の件。私達は他人事とは思えません。ご存じの通り福井県も過去に半年で2度の列車正面衝突があり運行停止という処分で鉄道の存続の可否、沿線の学生の代行バスでの通学が困難になるという経験、なによりも市民や地域からの鉄道存続への合意形成、自分達の鉄道は自分達で守るという困難な課題を克服しました」

僕は、前にレンタルビデオ屋で借りてきた、えちぜん鉄道のアテンダントさんの映画を見たので事故の件は知っていた。

「皆さん方も今後、佐々山電鉄の存続について様々な困難や問題が浮上すると思いますが、どうか私達の経験を参考にして戴き、良い方向で交通網の維持、存続を図って戴けるよう願っています」と言われた。

 その後、担当の人が資料を基に説明をしてくれた。

 福井県では、平成十二年十二月に京福電鉄がブレーキロッド破損でブレーキが利かない状態の列車が、対向列車が走っている本線に入り正面衝突するという事故が発生。その半年後に交換駅での運転士さんの信号見落としで対向列車と二度目の正面衝突事故を起こし運行停止となった。 

佐々山電鉄と同じでバス代行になる。

 過去の経験から、佐々山電鉄の運行再開にアドバイスを受けた。

 住民、行政、そして佐々山電鉄という三位一体の取り組みが必須で、これを確立しないと運行再開が出来ないと言われた。

まずは、何をすべきかを多くの人に知って貰わないと何も始まらない。

 佐々山電鉄の沿線住民が、本当に佐々山電鉄を必要としているのか。意識調査。

いわゆる存続の合意形成。

 行政の支援。群馬県、佐々山電鉄沿線自治体が佐々山電鉄を残すために運行再開に必要な費用、運転再開後の補助などをだせるか。

 なによりも佐々山電鉄が経営を継続する意思があるか?組織の安全管理体制、二度と事故を起こさないという意思。

 それは、実際に自分達が直面している事だ。

「本当に重要なのは”地域の住民、企業、行政、鉄道やバス事業者が一丸となってマイレールとして支える”。それが無くして税金の垂れ流しで運行を再開したのではダメという事は皆さんもご理解ください」

 そのあとは、行政同志の難しい話が始まり、僕は物凄く興味はあったけど、僕達は、此処から先は福井鉄道とえちぜん鉄道の相互乗り入れの現場見学になる。

 理由は、佐々山電鉄応援団がインスタントハッピーカンパニーと対決するには、RRMSというLRTを知らなければ話にならないという事で、実際にLRTという物に試乗する事になった。

既に玄関に2人の職員さんが待っていてくれた。

そして、街中を抜けて福井城址大名街町駅に向かった。

「此処の駅は乗車するのにコツが必要なんですよ」

 職員さんが説明をすると、美佳ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。

 美佳ちゃんは「よく方向幕を見ないと福井駅に行くのか?田原町に行くのか?”たけふ新”に行くのか?大変なんだ」と言う。

 福井県庁の職員はニコッと笑う。

「詳しい人が居ますね。此処ね。スイッチバックしたり直進したりするんですよ。ホント。初心者は大変」と笑う。

 でも、僕達が乗車するのは急行列車で、直進するタイプで福井鉄道から直通で、えちぜん鉄道の鷲塚針原駅に向かう列車。

 到着した列車は、フクラムと呼ばれる車両だった。

 さすがに、美佳ちゃんは先頭車両の運転席近くに近寄らない。

 途中の仁愛女子高校前駅から乗車してきた女子高生達が、普段見慣れない制服をきている美佳ちゃんと西村さんを不思議そうに見てた。

 僕は、あえて連接部分で乗降の様子を観察する事にした。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所が考えて居るRRMSと殆ど同じタイプの車両なので数枚の写真と動画を撮影した。

 その様子を見ていた県庁の人が「佐々山電鉄応援団の中にもインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の高校生がいると聞きましたが……」と聞かれたので「僕です」と回答した。

「福井市にも、福井商業の女子生徒がインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に行っているんですよ」と言う。

「猿山さんですか?」

「そうそう。猿山さん。いやぁ、世界レベルの天才集団に選ばれるなんてねぇ。彼女、優秀でしょ」

「はい。お世話になっています」

 田原町駅で、乗務員さんが交代するとノロノロと自動車に遠慮しながら走っていた路面電車の姿ではなく、普通に線路をガタンゴトンと凄い速度で走り出す。

 美佳ちゃんは興奮して「広島の電車みたい」と落ち着きが無くなった。

 えちぜん鉄道は普通の電車の高さのホームで、乗り入れてきたLRTは路面電車用の低いホームと同じ駅なのに2つの高さの異なるホームが出現する。

 県庁の職員は「従来の乗り入れの概念では無理だと言われていた事を、福井県はやり遂げました」と言う。

えちぜん鉄道の三国芦原線の終点は三国港駅だけど、LRTの直通区間の終点は鷲塚針原駅。

低床のLRTと高床の電車を同じ線路に走らせて、ホームだけ段差を付ける方法で絶対に不可能と言われていた直通運転を実現させた。

 しかも、二度の正面衝突事故で廃止の危機に立たされた鉄道と、利用者減少で鉄道事業廃止に追い込まれ鉄道事業再構築実施計画の第一号としてスキームに基づき再建し存続している同業他社を繋げた。

 そして、利用者が徐々に増え、着実に実績を積み重ねている。

 県庁の職員さんは「地方鉄道は衰退企業でマイカーに劣り、社会の移動インフラとして不要という概念は、事業性を確保すれば復活は御伽噺ではなくなる事例です」と説明してくれた。満更、LRTとバスを同時に走らせる話は非現実的ではない。

 一往復して、見学の御礼を言うと駅前まで見送って貰えた。

「ROBAの人達と会うんだね。いろいろと学ぶと良いよ。福井県も福井市もカーフリーデー、様々なイベントで相互協力して貰っていてね。皆さんも佐々山電鉄をはじめ群馬の公共交通のために頑張ってください。福井県も応援してますよ」

 福井県庁の会議は続いているらしく、僕達は、福井駅で権現堂さんと神園さんを待つことになった。

 夕方、福井駅の構内のコンコースでは、地元のテレビ局が生放送の中継を始めている。

 どうやら夕方は、駅のコンコースで中継をしているらしく、アシスタントがインタビューに答えてくれる人を探している。

 美佳ちゃんが引っかかった。

 「どこから来たの?」と女子アナに聞かれると美佳ちゃんは「群馬です」と答えた。

 いつもは、地元の高校生ばかりのインタビューに、群馬の女子高生という状況に女子アナはニッと微笑んだ。

「ようこそ福井に。えーと福井県へはどんな用事で?」

「あの、佐々山電鉄応援団という高校生団体です。電車が脱線して運行停止になっちゃって、福井県にヒントを貰いに来ました」

 女子アナは慌てた。県外の能天気な女子高生をつかまえた筈が物凄く重い話。

「えっ。えっ。ちょっと。物凄く大変な話ですね。あー佐々山電鉄。そうですねぇ。大変ですねぇ」

 でも、機転を利かせたテレビ局の中継先から何か指示が来たらしく、女子アナは、スタッフのカンペをみて持ち直した。

 女子アナはアイコンタクトで、了解と合図をした。

 コマーシャルか、スタジオにカメラが戻ったらしく、放送に流れない状態になった。

「あのっ。これから撮影許可って取れる?」

 名刺を出されて、趣旨を説明された。

 いわゆる、福井のテレビ局としても群馬県での不正工事による脱線事故、業務改善命令で運行停止になった佐々山電鉄の報道は流れている。過去に同じような経験をしている事で、番組スタッフとして視聴率に繋がるネタとして確保したいらしい。

 美佳ちゃんが困っていると、群馬県交通イノベーション推進課の権現堂主幹と渋沢町の神園さんが戻ってきた。

権現堂さんが、ROBAの人と相談しないとテレビ撮影は承諾出来ないと断る話になる処で、神園さんが「ちょっと待ってください」とストップをかけた。

「確か、当時の福井県、県議会、えちぜん鉄道沿線の行政や市町村議会で、マスコミの協力体制や報道で救われた面もあるって聞いたことがありますよ。ROBAの人達にも打診はした方が良いかもしれません」と電話をかけ始めた。

さすがに、今日の会議でマスコミを入れえるのは保留になったけど、神園さんの意見通り、多くの人に正しい知識や情報を流す面ではマスコミと仲良くするのは策としては良い判断だと言われたらしい。

 それは福井県のマスコミだけでなく、群馬県のマスコミも同じ。

 逆に雑誌とかで事実と異なる解釈を世間に流されるよりは、情報管理のルートは相互にあった方が良いのは間違いない。

 とりあえず名刺交換をして連絡先を伝えた。

 僕達は、駅前にあるハピリンという施設の会議室に向かった。









ー ハピリンの会議室 ー


 午後五時に、ROBAの会長さんと事務局の人にあった。

 もう一人、大学の先生も参加する事になった。

 名刺交換のあと、のりのりマップというバスマップを貰い、資料を数枚戴いた。

 まずROBAという組織は、自動車の保有台数が全国トップクラスで、また福井県の交通網がクルマ中心の街になっていく中、福井市内を走る路面電車は邪魔とか公共交通は不便だから要らない、県庁所在地なのにバスターミナルが複雑で使い難いなど地域社会の誤解や諸問題を、多くの市民と一緒に解決したいという趣旨から始まったという。

 でも多くの人は、その後に発生した京福電車正面衝突事故で運行停止になって困っている市民のために発足した組織だと思って居る人が多い。

福井県には、ROBA以外にも、えちぜん鉄道を応援する市民団体や行政がリーダーになって支援する組織など複数があり連携して、イベントやサポート支援をしている。

「活動内容ですけど、カーフリーデー、のりのりマップというバスマップの発行、各交通活性化まちつくりに関する会議・協議会の参加、アイデア集の提言、今は行政が主体でしておりますがモビリティマネジメントも実施していました。それと、重要なのは他の組織との連携ですねぇ。常に公共交通に関して新しい情報や知識、他の事例を情報として自分達の地域に活かして、そして相手にも伝え教えてあげる」

実際に、多くの会議や集会、行政や有識者との橋渡し、市民団体の連合など多くの実績があるからこそ評価されている。

 連携とは他の交通を考える団体、大学教授、有識者、、交通事業者、市民団体など。

 資料を見ながら説明を受けた。

  いわば市民団体でありながら、全国から交通政策やLRTの視察、相談を受けたりしている。

 まず会長さんの「”何の前触れも無く、突然電車が走らなくなった”という部分では、私達の経験が役に立つかもしれませんね」という話から始まった。

 続いて事務局の人が「マイナスの社会実験。当時も、皆さん達と同じ高校生達が電車の代わりに走る代行バスで苦労したんです。道路渋滞で定時に走らないんですよ。電車2両分のお客さんを運ぶのに3台から4台のバスが必要になります。徐々に代行バスから家の方の運転でマイカー送迎になり余計に道路渋滞が悪化。地域交通が崩壊寸前で、このままではダメだと地域全体が動き出す。鉄道を再評価したワケです」

 美佳ちゃんが「うー。来週から学校の始業式です。リアルにアタシ達がソレを経験する訳ですよね。今ですら大変なのに」と頭を抱えた。

 会長さんが「佐々山電鉄沿線に市民団体って心当たりは?」と権現堂さんに聞いた。

「残念ながら、この子達の佐々山電鉄応援団だけなんです」

「そうですか。高校生の組織だけだと市民の合意形成とかコーディネーター的な役割が弱くないですかね?」

「えー。そこは確かに」

「応援団の高校生には申し訳ないですけど。現実的に有識者の学術的な参画、政治的、行政、なによりも市民の意思取りまとめとか難しいのかも知れませんよね」

 神園さんが「佐々山電鉄の小湯線という支線が廃止届けを来月に国交大臣に提出する予定でしたが、今回の事故で本線まで運行停止。不正工事で小学生が20人近く負傷している状況と、渋沢温泉の温泉組合長が関連死で亡くなっていますので住民の佐々電への敵意があり、市民合意には困難な面もあります」

「そうですね簡単な話では無いですね。佐々山電鉄以外で鉄道事業の受け皿になる企業の参加をするような話ってありますか?」と事務局の人が言う。

「佐々山電鉄と並走する路線バスで国越バスが走っていますが……」

会長さんが「福井大学と福井工業大学の先生が、佐々山電鉄でLRTとBRTの自動運転の噂を聞いたというのですけど?」

「インスタント・ハッピー・カンパニーですかね?RRMSっていう計画で、群馬県には正式な打診は無いですが佐々山電には下話はあったようです。此処に居る鈴木くんもインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の子なんですけど。守秘義務があるみたいで」と権現堂さんが答えた。

「雨宮先生の娘さん。京子さん。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所に入ったそうですけど。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所でRRMSとかいうLRT・BRTの研究の話は何処まで進んでいますか?概要だけでもねぇ」

 僕は「実は先日、研修を受けたばかりで詳細は知らないんです」と正直に答えた。

 その後、えちぜん鉄道での市民サポーターズ、ボランティア等の住民共働の取り組みの話になった。

様々な施策に関しての結果や評価をする為に、経営実績、安全対策、費用便益比分析、アンケート結果などを定期的に調査して課題抽出を行って経緯を聞いた。

 佐々山電鉄に限らず、沿線住民の理解なくして今後の公共交通は運営出来ない。

 そして、アイデア集という冊子を貰った。

 福井県では、北陸新幹線の敦賀延伸で、北陸本線が第三セクター鉄道になる。同時に、えちぜん鉄道、福井鉄道にも影響が出てくる。会員が知恵を絞り、専門的な根拠からアイデアを出して福井県の交通を便利に、そしてより良くするアイデアが記載された冊子。

 僕は、佐々山電鉄にもアイデアを出し合う拠点、組織、情報発信する仕組みが必要だと痛感した。

 結局、この2時間の会議では現状だけしか伝えられず、今後も連絡を取り合い、情報共有する事で話し合いは終わった。

 その日は、会食をして駅前のビジネスホテルに宿泊した。


ー  翌日  ー


 午前中は、えちぜん鉄道の福井駅から福井口駅まで向かい、えちぜん鉄道の本社で話を伺い、午後は、せっかく福井県に来たのだからと永平寺を観光して帰る事になって居る。

 まず、えちぜん鉄道の車庫を見学して、その後に本社の会議室を借りて、えちぜん鉄道のサポーターズクラブの関係者、京福電鉄運休時から、えちぜん鉄道として運行再開するまでの経緯を知る人達から話を聞かせて頂くことになっている。

 机の上には、人数分の資料が置いてあった。

 えちぜん鉄道の本社の課長さんとアテンダントさんが冒頭あいさつをした後に、着席して、複数のえちぜん鉄道サポート会を代表して女性の会長さんが挨拶をした。

「住民の皆様で、頑張って残した鉄道です。私たちが乗って残すと約束をして走っている鉄道なんです」

 そう切り出すと、資料の説明が始まった。

「まず、A4判の本編の資料。次に会報誌、サポーターズクラブの会員限定の加盟店の冊子ですね」と言い僕達は確認をした。

 説明は、本編の資料を基にはじまり、福井県のマイカー保有率が高い話、マイカーがあれば鉄道やバスは不要論が根強く、沿線の人達も危機意識はあった。

佐々山電鉄と同じで、事故で運休になる前から路線の一部区間廃止の話があり廃止反対運動や鉄道やバスを利用する人の間では活動や廃止反対運動が行われていた。

事故後、事業改善命令が発令されたが、運行再開には億単位の施設修繕の経費が掛かり、また京福電鉄の鉄道事業から撤退する方向で話が進み運行再開の見込みは無い状況。

バス代行で運行停止のまま廃止という現実を目の当たりにして、沿線の人達の生活や、沿線の学生たちは高校も大学も福井市内の学校に集中して依存していた為、代行バスでの移動は慢性的な道路渋滞などの影響で遅刻が多くなった。

まして、冬場は雪が多く寒空の下で代行バスを待ったりするため、保護者がマイカーで個々に生徒を乗せて移動するようになると余計に道路渋滞は悪化したそうだ。

やはり、鉄道が必要であると誰もが、鉄道の運行再開を願うようになる。

しかし、県議会の多くは廃止ありきの方向で話が進んでいたので、単に請願や署名活動だけでは声が届かない状況だった。

鉄道の再開が、本当に住民が必要とするなら社会資本としての鉄道存続を考えて貰えるのではないかという議論から、沿線住民だけでなく、他の地域でも同じ存廃運動を抱えている人達からもパワーを貰う話でスタートした。

常に、起きる誤解として「行政がする事で市民がすることではない」「マイカーを利用する人からすれば、一部の鉄道やバス利用者の為に税金からの補助を出すのは間違いである」という誤解や無理解を如何に処理するかが最初の課題になった。

まずは、関係者、住民が議論できる情報発信が必要で、賛否に偏りのない正確な情報、イメージによる議論を抑えて感情論にならないように論理的な情報を知らせた。

問題の深刻さ、既にマイカーだけを利用する人も、鉄道が走らない事で道路渋滞が慢性化している状態で当事者意識が高まっていたことで自身の身に降りかかっている当事者意識はあったのも幸いしていた。

 住民としての役割責任、学習して情報を共有する地域全体の連携と存続運動が開始された。

 市民だけでなく、他の交通問題を抱える地域や支援する団体からのノウハウ提供。

 子供達が鉄道の存続を願う作文や市民の要望を掻いた紙を入れたバトンを使った鉄道線路に沿ったバトンリレー、決起集会、首長会議、議会での陳情、自分達の鉄道として、運行再開後も乗って残そうというレベルでは無く、常に生活の一部としての社会資本として活用できる鉄道を市民がアイデアを出して当事者として運行を支えるという約束の基で再開が果たせた。

 会長さんの話は、リアルに現在の僕達が置かれている状況だ。

 この先、佐々山電鉄の運行再開に対して反対する人達、反対する議員さんとかと激しい論争がある事を示唆している。

 不正工事を起こした佐々山電鉄に、億単位の税金を費やして残して欲しいという願いは簡単な話ではない。

 あらためて、自分達の今後するべきことが困難を極めるかを物語っていた。

 「決意と覚悟が必要になります。皆さんにそれがありますか?」と言われると簡単に「はい」とは返答できない空気だった。

「ほいっ」

美佳ちゃんは元気よく返事をした。

重い空気の中、お気楽に返事をした美佳ちゃん。

 でも、サポーターズクラブの会長さんはニコッと微笑んだ。

 美佳ちゃんは「何もしないで佐々電が廃止になるなら、少しでも可能性があれば困難な事でも進むしかない」と力強く語った。

 美佳ちゃんは、時々だけど正論をいう。

そして美佳ちゃんは僕に「優。アタシについてこい。そして知恵を貸してくれ」と  僕に微笑んだ。僕も覚悟を決めた。


 その後、永平寺に向かうのだけど、これも単なる観光ではなく自動運転の実証実験や地域間のモビリティの施策などを見学したのちに、永平寺見学をした。


 新幹線で高崎に到着した時は、既に薄暗くなっていた。

神園さんが運転する渋沢町の公用車の中では、皆は疲れて寝ている。

美佳ちゃんは、珍しく真顔で何かを考えている。

 あのお気楽で能天気な美佳ちゃんにエンジンが掛かったようだ。










 ―  沼川無料カフェの運営 ―


 福井県の視察から三日後に、僕達は神林さんに沼川市内の佐々山電鉄沼川駅前商店街に呼び出されていた。

 沼川本町駅前の商店街は、殆どがシャッター街で閑散としている。

 ただ、朝と夕方だけは群馬県立沼川女子高の生徒と、沼川工業高校の生徒が通学路として人通りがあるだけだ。

 その通りの突き当りに、沼川本町駅があって、僕達が呼び出されたのは駅に突き当たって左折した線路脇の側道

 その線路側に洒落た二階建ての建物がある。

 蔦の茂った洋風の建物は、廃業した喫茶店の跡地。

 そう初月の事故が発生する前は単に古びた喫茶店の廃店舗だったが、僕達の目の前にはリノベーションされた沼川市役所の商工課が管理する綺麗な建物になっていた。

 神林さんが言うのには、便宜上では沼川市の商工課の出先機関という名目らしいけど、日本政府が僕達に用意した活動拠点らしい。

 沼川無料カフェと木製の看板が入口脇の植え込みに掲げてある。

 中に入ると、入り口には受付を兼ねた行政の商工課の相談ブースがありデスクトップのパソコンが置いてある。

 一階は、休憩が出来るテーブルとイス。

カップ式のジュースの大きな自販機が目立つ場所にあって、自販機の脇に“アイデア投函箱”という箱がある。

 沼川無料カフェという名前は、学生や市民が此処で、佐々電だけでなく路線バス、街つくりアンケートや要望をアイデア投函箱に入れると無料でジュースが飲める。

 二階は、会議室。

喫茶店当時から、線路際の大きな窓から佐々電の沼川本町駅の構内が見える場所だった。

今は、夏草に覆われた如何にも廃線跡みたいな構内にパンタグラフを畳んだ山吹色の電車が車庫に見えるだけだ。

また、山吹色の電車が此処を走る事を目指して、僕達奮闘しなければならない。

僕は思わず無意識に「覚悟か」と呟いてしまった。

 美佳ちゃんも「そうだな。これから困難や苦難が待ち構えているんだよな」と言う。

 神林さんは、僕達を真新しいテーブルに招き、まだ稼働していない自販機ではなく長谷川君が近くのコンビニで買ってきた冷たいジュースを配りながら話を始めた。

「小湯線は、残念ながら今月末で佐々山電鉄から国交大臣に廃止届が提出される」

 それは仕方が無い事だと僕は思った。

神林さんは「そして九月に、小湯線はインスタントハッピーカンパニーの元締めであるアメリカドシキモ社の日本支社が、自動運転開発特区の申請をして特例で受理される」と言った。

「特例?」僕も美佳ちゃんも聞き返した。

 特例というのは、残念だけど日本は世界的に自動運転の技術が遅れている。

 まして、予想外に早い地方の少子高齢化と人口減少、地方鉄道や路線バスの運営問題など地域の移動インフラに緊急性のある課題が多く、早急に解決したい問題が多いわりに具体的な解決策が見いだせていない。

 日本政府も、インスタントハッピーカンパニーやドシキモ社は排除したくても、RRMSの技術は欲しいらしく、渋々だが特例という法的処置や、様々な優遇処置を受けられる特別待遇の計画にGOを出した。

 神林は「更に困った事が起きている」と顔をしかめた。

 

 「京子ちゃんが寝返った」


 僕も美佳ちゃんも、最初は意味が解らなかった。

 暫くして意味が解ると僕と美佳ちゃんは声揃えて「えっ」と言った。

 神林さんは「京子ちゃんはインスタントハッピーカンパニー側につくそうだ」と言った。

             (つづく)

 (参考文献)


はばたけ群馬・県土整備プラン

(発行時旧称・群馬県県土整備部)

モビリティマネジメントの手引き

          (土木学会)


(表紙イラスト)

 ねこたデザイン様


(印刷所)

西岡総合印刷株式会社 様


(発行者)

 ささはらみちなり・ペンネーム


(ご注意)

名称使用について、フィクションであり実際の団体及び計画等は、一部を除きフィクションです。

 福井県新幹線・交通まちづくり局交通まちづくり課様、ふくい路面電車とまちづくりの会様、えちぜん鉄道様、前橋工科大学様、群馬県交通イノベーション推進課様、前橋市様には名称使用許諾を受けています。


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