見出し画像

サンサンクド待て明くる朝

桜咲く頃、時は夜も真っ只中。
誰もいないはずの部屋から声が聞こえる。

「そういや明日は娘御が嫁ぐんだってね」
「昨今は洋風の婚儀が流行りですからね、えぇ。我々ももう長いこ
と仕舞われて、今度も使われないもんだとばっかり」
「いや嬉しいね」
「うれしいね」

話していたのは盃と銚子。
屠蘇台の上でカタカタ、カタカタ。
盃たちの笑い声は物音となり部屋に響く。

「おい盃たち、あんまり揺れるな」
「こいつは失礼。盃台くんよ」

大杯がそう言うと中杯小杯もごめんごめんと続ける。

「あまり揺れて落ちたら事ですからね」
「欠けでもされたらもっと困る。嬉しいのはわかるがな」
「それは確かに」
「たしかにたしかに」
「でも致し方ないであろ?」
「よくこの神社で遊んでいたあの娘御が」
「巫女手伝いにも来てくれていたあの娘御が」
「ここでごけっこん!」

大中小と重ねられた盃たちは声を揃え、
こんなに嬉しいことはない!
と、またその身を震わせてきゃいきゃいいう。
久しぶりのお役目が思い入れのある娘の結婚。
浮かれているのだ。その気持ちは盃台も銚子もよくわかる。
むしろ一緒にはしゃぎたい。
だがしかし、ここで壊れでもされたら明日の婚儀に支障が出る。
彼らは我慢していた。

「そういえばお屠蘇の酒はあすこの蔵のものかしらね」

お願いだから落ち着いてくれ、
そう言わんばかりの雰囲気を出す盃台。
見かねた銚子が話題を変えようと酒の話をし始めた。

「そういえばお屠蘇の酒はあすこの蔵のものかしらね」
「そうだいつものあの蔵だ。坊が朝一で届くと言っていた」

盃台が銚子の問いに続けた。その声は少しばかり弾んでいる。
盃たちは一瞬止まると、
明日使われるであろう酒に思いを馳せた。

「そいつはいいや」
「あの酒はまっこと力が湧く」
「いい酒だものね」
「何十年前の話をしているんだ。あんたらは」
「五十年ほど前でしょうかね」

そう、最後にこの神社で神前式が行われたのは
もう五十年も前。
その間杯たちは使われたことはない。
当然今の蔵の酒の質など分かる訳はないはずだ。

「によいでわかる」
「香りでわかる」
「そうさね、我々注がれずともわかるのさ」

えっへんと言わんばかりに跳ねる杯たち。
カタカタと音を立てて危なげなく盃台の上に着地した。

「おめさんらぁ、そろそろ坊たちが起きるぞぅ」

一言も発しなかった屠蘇台が夜明けの時刻をのんびりと告げる。
どうやらそれはいつものことのようだ。
彼らはもうそんな頃合いかと居住まいを正し始める。

「もうすぐだな」
「盛大に、えぇ盛大に祝福いたしましょうね」
「ふたりにいっぱい寿楽!ことほぐことほぐ」
「我は慈愛を贈ろ」
「そしたら我は富でも授けようか」

明け方、木々の縁が東雲色に染まる頃、
陽の光に照らされて輝く朱金の一揃え。
最後にカタリ、と音をたてて静まり返る。
彼らのお役目まであと二刻程。

記事に目を通していただいき、ありがとうございます。♡押してして頂くだけでも嬉しいです。気が向いてサポート頂けた場合はちょっと良いコーヒー代に致します。