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俺のはいつも、兄ちゃんのお下がり。

薄手の長袖のシャツ一枚がちょうどいい気温だった。
朝晩は少し肌寒くも感じたが、昼間は少し歩けば体が温まり、袖を捲りたくなるほどのいい天気。

今朝も相変わらずバタバタしていた。小学五年生の息子が、出勤時刻5分前に今週の時間割を出してきた。持ち物の欄を見て、私はガックリと肩を落とす。

裁縫道具。

昨日言って欲しかった。小学五年生になると裁縫道具が必要になる。学校から購入申し込みの封筒が届いていたのは少し前のこと。息子は学校で欲しい裁縫道具の目星をつけていたらしく、帰ってきて早々「これが欲しい」と指を指した。

「買わんよ」
私は首をふるふると振った。

だって、学校が案内している裁縫道具は、ほとんどが4千円近くもする。家にはお兄ちゃんのほとんど使っていない裁縫道具がある。買う必要ないやろ、と私は思った。そして次男にそう伝えた。当然息子は「えー」とがっかりして口を尖らせる。「そのお金があったらサッカーの道具買えるやろ。どうせ学校でしか使わんのやけん、勿体無いって」と私は息子を説得した。

一応、お下がりに納得してはいたものの、今朝慌てて用意した裁縫道具に記名された名前は全て兄のものだった。週末に時間割を確認しておけば、名前を書き換えられたけれど、流石に家を出る5分前ではどうにもならない。

「あんたが早よ、時間割ださんけんたい。このまま持っていき」

私はその辺にあった袋を手に取ると、雑に裁縫道具を押し込んで息子に持たせた。玄関で靴を履きながら息子は何やらぶつぶつ言っている。

「いっつも俺の、兄ちゃんのお下がりやん」

お下がりではないものもあるけれど、一つでもお下がりがあると、全てが兄のお下がりに思えてくるのかもしれない。

「もったいないもん。諦めて」

私はそう言うと続けざまに「いってらっしゃい。気をつけていきーよ」と息子を見送った。


今日はサッカーの練習がある日だった。息子は砂まみれになって帰ってきた。帰って早々、私は息子に「裁縫道具使った?」と尋ねた。嫌な思いをしなかったかなと少しだけ心配になっていたからだ。

みんな新品なのに、俺のはお下がりだから恥ずかしい、なんてことなかったかなって。

「今日は針に糸を通しただけ。道具は持って帰ってきたよ!お母さん、まち針10本でいいのに、16本も入れとるもん!入れすぎやけん、先生に減らしてきーって言われた」
息子はケタケタと笑いながら、楽しそうに授業の様子を教えてくれた。


なんか、ほっとした。






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