ブエノチキンとその後
「これ、どうぞ」
ガサガサと大きな紙袋を手渡された。
「なになに?」
私は紙袋の中を漁る。紙袋の中からはカチコチに凍った丸鶏が出てきた。
「なにこれ! すごい!」
私は感嘆の声をあげる。
「お誕生日プレゼントです。めちゃくちゃ美味しんで、食べてみてください」
私は感謝の言葉を述べ、紙袋を受け取った。
「冷凍庫に入るかなぁ? めちゃくちゃ大っきいね」平静を装ったつもりだったが、たぶん顔はニヤついていたと思う。丸鶏を誕生日プレゼントに貰うなんて初めてだった。なんだか面白いし美味しそうだと思った。私は帰宅後、いそいそと冷凍庫の隙間にブエノチキンを押し込んだ。
いつ食べようか、なんてことを考えながら、冷蔵庫に貼っているカレンダーを私はじっと見つめた。「めちゃくちゃ美味しいよ!」と言われていたので、美味しくお酒と一緒に楽しめる日を虎視眈々と狙う。
そして、とある日。
私はブエノチキンを解凍することにした。
「食べるぞ!」
と意気込んでブエノチキンを冷凍庫から取り出した。一緒にもらっていたチラシで解凍方法を確認する。私はそこで、重大なミスをしていたことに気づく。
え?! 思い立ったその日に食べれんのかい!
「ねえ、母さん。俺、お母さんの秘密を握ってしまったんだけど」
「なんのこと? お母さん、秘密なんてないわよ」
「そんなことないでしょ。俺、母さんの秘密見ちゃったんだから」
「あ! もしかしてあなた、冷蔵庫の中、覗いたのね?」
「へへへ。あの肉片。もしかして、独り占めするつもりだったんじゃないだろうね、母さん。そんなこと問屋がおろしても、豆腐屋が許さないんだからな!」
みたいな展開が起きてしまう可能性を孕んだ、前日からの解凍という手段を取らなければならなかったのか。
私は小指を噛んだ。いや、噛んではいない。
でもまあ、もう口の中はすでにブエノである。
ちなみにブエノチキンは沖縄県の若鶏の丸焼き専門店の丸焼きである。
私はプレゼントしてもらうまで、ブエノチキンの存在を知らなかった。調べてみると、お腹にたっぷりのニンニクが詰められたメチャクチャ美味しい代物とのこと。すでにブエノモードに入っている私に、今更、ノーブエノはありえない。持ち前のテキトーさを遺憾なく発揮し、私は常温で解凍を始めた。
私はしばらくブエノを放置した。お得意の放置プレイである。そっとブエノに右手を添わせ、まだ完全に解凍されていない状態を確認すると、私は大鍋にグラグラと湯を沸かした。そこにパウチされた状態のブエノを投入。冷えブエノがお湯ブエノとなった瞬間であった。熱湯投入時にはまだ完全に解凍しきれていなかったので、指示された長さよりも長めに湯煎にかける。完全にほっかほかとなり、冷え性もなんのそのブエノとなったのを確認し、私は袋からブエノを取り出して、ブエノ丸裸の刑に処した。
リビングでゲームをしていた次男に声をかける。
めんどくさそうに台所にやってきた次男が、皿に乗った丸ごとブエノを見て大興奮した。「お前が切り刻むが良い」と私は彼に声をかけ、ナイフとフォークを手渡した。
そして、ざっくりど真ん中から腹を割った。
「ブエノよ。腹を割って話そうではないか。嫌なのか? そうなのか? 腹を割る気はないのだな? わかったよ。仕方ない。ではハサミで切ってやろう」
思いの外うまく切れず、結局キッチンバサミで適当に切り分けた。そして、各々好きな部位を皿に乗せて食べる。
非常に柔らかく、胸肉の部分もしっとりしていて美味しい!
肉汁にニンニクの旨みと鳥の旨みがしっかりと出ているので、タレも不要。溢れた肉汁をかけながら食べた。私たちは美味しい美味しい、米にも酒にもよく合うねぇと言いながら、ブエノチキンをペロリと平らげた。
四人で食べるとペロリだったが、うまく取りきれなかった骨の周りの肉が残っていて、なんだか捨てるのが勿体無い。かぶりついて食べるというのもありだが、この骨でスープをとると美味しいと書いてあったので、残ったブエノは鍋に投入し、グラグラと煮ブエノにした。
翌日、煮ブエノスープを匙で一口掬ってみたが、ニンニクのパンチが効いていて、肉の旨みがしっかり出ており、非常に美味しい。どうやって食べるかな〜と思いながら、骨の周りについた肉をこそぎ落とし、スープに戻した。骨は処ブエノとした。
旨みたっぷりのスープにスライスした玉ねぎを入れる。ことことと煮て、玉ねぎが柔らかくなったことを確認して、カレールーを投入した。ブエノカレーである。カレーは足し算だと思っているので、ケチャップやウスターソースを入れて好みの味のカレーにした。
ブエノカレー。こちらも非常に美味しく、ペロリといただいた。
ちなみにこのブエノチキンをプレゼントしてくれたのは、25万のオンナである。25万のオンナの話は以下の記事を読んで頂きたい。簡単に説明すると、架空請求のメールにカード情報を入力してしまい、行ったこともないメキシコのペソで25万円相当の金額を使ったことにされ、支払いを求められているオンナの話である。
つい先日、私は25万のオンナに「あ、報告忘れてました!」と声をかけられた。
「え? なんの?」と返事をすると、彼女は嬉しそうにこう言った。
「ノーペソになりました!」と。
「マジで? ノーペソになったん?」
私が尋ねると、カード会社から支払額が確定したとの連絡が来たとのこと。内容を確認したところ、25万円の請求が綺麗さっぱり消えていたとのことだった。
「よかったね〜」
私は自分のことのように嬉しくなった。
そして、彼女は続けて言う。
「それがですね〜」
「どうした」
私は尋ねる。
「25万支払うつもりになってたから、なんか得した気分になっちゃって、余計なものガンガン買っちゃうんですよ。不思議ですよね」
ああ。わかる気がする。
払う必要のない25万だったはずだが、一度払うつもりでいたがために、ただ払わなくていい最初の状態に戻っただけなのに得した気分になる感覚。
「それ、全然得してないよ」
私は思わず突っ込んだが、とりあえず詐欺被害に遭わなくてよかったなぁと思った。そして、ブエノチキンは美味しかった。
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